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バーゼル銀行監督委員会によるトレーディング勘定の抜本的見直し

2012年8月号

グローバルソリューション事業部 副主任コンサルタント 太田賢吾

先般の金融危機を踏まえ、バーゼル銀行監督委員会からトレーディング勘定の抜本的見直しが公
表された。リスク計測モデルの見直しやトレーディング勘定の再定義など、その見直しは広範に渡
り、あらゆるレベルの金融機関が注目すべき内容となっている。

 バーゼル銀行監督委員会(以下、バーゼル委)は 2012年5月に市中協議文書「トレーディング勘定の抜本的見直し」を公表した。金融機関が保有する勘定には与貸を中心とする銀行勘定と短期売買を中心とするトレーディング勘定1)があるが、先般の金融危機では、トレーディング勘定において想定をはるかに上回る損失が多くの金融機関で発生した。それは当局から承認を受け、内部モデルによる先進的なリスク管理を行っていたはずの金融機関においても例外ではなかった。トレーディング勘定については、危機への当面の対応として、 2009年にバーゼル2.52)による市場リスク管理の強化が提案された。 今回の市中協議文書は、トレーディング勘定に係る枠組みを抜本的に見直すため、幅広い範囲の検討が行われている(図表1)。今後これらの内容について、関係者から意見を募り、規則の詳細が決まる予定である。

金融危機を前提とした市場リスク計測モデルへの変更

今回の市中協議文書における目的の一つは、金融危機時に耐え得るレベルを目指し、様々な角度から市場リスク計測モデルを見直すことである。ここでは、そのうち影響が大きいと考えられる以下の3点に注目する。 1つ目は、VaRから期待ショートフォール(以下、 ES3))への変更である。バーゼルⅡでは、信頼水準99% のVaR(99%の確率で発生する損失額のうち最も大きい値)を市場リスク量としている。しかし、以前よりVaR は、確率が低いが発生すると非常に大きな損失を出すリスク(テイル・リスク)を十分捕捉できないという弱点が指摘されていた。先般の金融危機では、この弱点が顕在化し、VaR値をはるかに超える損失が発生した。この反省を踏まえ、VaRの代替となるリスク計測モデルとして ESを用いることが検討されている。ESは一定の信頼水準を超えた損失額の期待値4)であり、テイル・リスクの補足に適している。先般の金融危機のように非常に稀な事態においても、精緻にリスクを計測することが可能となるという点がモデル変更の理由である(図表2)。 2つ目は、ストレス時のデータを用いた計測である。現行は直近のデータを用いた計測が主流であるが、それではストレス時の損失を十分吸収できる資本水準が計測できない可能性がある。そこで、ストレス時5)のデータを現在のポートフォリオに当てはめてESを計算し、その値を市場リスク相当額とすることが検討されている。つまり金融危機に直面した場合にどの程度の資本が必要かを、ストレス時のデータを用いて計測する。 3つ目は、市場流動性リスクの捕捉である。現行は、トレーディング勘定の資産はすべて短期間で売却またはヘッジできるという前提の下、保有期間を10日間として計測している。しかし、先の金融危機時は資産の市場流動性が枯渇し、短期間では売りたくても売れない、もしくは当初想定した価格よりも著しく低い価格で売らなければならないという状況が起きた。そこで、バーゼル委は流動性ホライズン6()ストレス時に価格に大きな影響を与えずに、ポジションを解消できる期間)を5つ(10日、1か月、3か月、半年、1年)に分類して、金融資産のリスクを計測することを提案している。さらに、一部の資産については、ストレス時に流動性プレミアムが大きくジャンプするリスクを捕捉するため、追加的資本賦課7)を行うことを検討している。

本市中協議文書による金融機関への影響

仮に今回検討されている見直しが実施された場合は、市場リスクに対する資本賦課はより精緻かつ保守的な水準になるだろう。当面の対応だったバーゼル2.5でさえ、トレーディング勘定に係る所要資本がそれまでと比べ3~4倍程度に増加するという推計結果8)9)が公表されている。今回の抜本的な見直しは、前述のリスク計測に係わる見直しに加え、トレーディング勘定の信用リスクの捕捉の強化、ヘッジと分散効果の勘案に対する制限など対象が広範にわたることから、所要資本への影響はさらに大きくなることが予測される。 一般市場リスクの計測に内部モデル方式を用いている大手金融機関は、より計算賦課が高いESへの計測モデルの変更、ストレス時のデータ蓄積、トレーディング・デスク単位での内部モデル方式の承認、標準的方式による市場リスク計測の義務化10)など、規則変更に伴う負担は大きい。しかし、今回の抜本的な見直しは、大手以外の金融機関に対しても影響が大きい。その理由として、1)標準的方式のモデルの見直し、2)ストレス時のデータで ESを計算した場合と同程度の水準へのリスク・ウェイトの修正、3)銀行勘定とトレーディング勘定の境界の再定義11)12)などが提案されていることが挙げられる。 これまで、トレーディング勘定の資本賦課の見直しは活発にトレーディング取引を行う大手金融機関だけに大きく影響するものだった。しかし今回の市中協議文書は、あらゆるレベルの金融機関にとって、影響を無視できない内容となっている。多くの金融機関にとって、現行のトレーディング勘定の管理方法を見直すきっかけとするべきではないだろうか。

1) 主として銀行勘定では信用リスク、トレーディング勘定では市場リスクを捕捉する。
2) 「バーゼルⅡにおけるマーケット・リスクの枠組みに対する改定」(2009年7月公表)
3) Expected Shortfall
4) 信頼水準99%の場合、ESの値は損失額が大きい方から1%以内に含まれる値の期待値になる。
5) 各金融機関にとっての「ストレス時期」を特定する必要がある。
6) 流動性ホライズンはバーゼル2.5のIRC、CRMの中で提示された概念である。
7) 計測されたリスクによる損失の発生に備え、自己資本を割り当てること。
8) 「トレーディング勘定の定量的影響度調査の分析」(2009年10月公表)
9) 2012年4月にバーゼル委が公表した影響度調査によると、バーゼル2.5の導入により大手金融機関のリスクアセット全(信用リスク、市場リスク、オペレーショなるリスクの合計)に対する資本賦課が6.1%増加した。
10) 標準的方式による値を、内部モデル方式のフロアまたは追加資本賦課として使うことも検討されている。
11) 現在本邦において、トレーディング勘定と銀行勘定の境界は「トレーディングの意図」に基づき、金融機関ごとに定めている。
12) 本市中協議文書では、「トレーディングの証拠に基づく分類」と「会計上の価値評価手法に基づく分類」の2つが検討されている。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

太田賢吾

太田賢吾Kengo Ohta

NSグローバル推進部
主任コンサルタント
専門:金融機関のリスク管理

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