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モスクワは今何時?

2012年6月号

金島一平

 ハバロフスクの駅に着くと、暮れかけた日の光が空一面を紅く染め、ネオ・ロシア様式の重厚な駅舎を一層際立たせている。時刻は20時30分。列車の出発21時までにはまだ余裕がある。
 しかし、ほっとしたのも束の間、重い扉を押し開けて駅舎に入り発車案内板を見上げると、なんと13時台や14時台の列車がずらりと表示されているではないか。ダイヤが乱れているのかと当惑し係員に確認すると、通常通りの運行だという。
 良く聞けば、シベリア横断鉄道は全土でモスクワ時間を基準として運行されており、駅の時刻はモスクワ時間を表示しているとのこと。極東のハバロフスクはモスクワと7時間の時差があり、表示時刻に7時間を足さなければならなかったのだ。ホームへの通路を抜けると、目的の列車はすでに1番線で出発を待っていた。
 ロシアは果てしなく広い。東のカムチャツカ地方から西の飛び地カリーニングラード州まで実に東西一万キロに及ぶ国土を持ち、最大時差は9時間にもなる。ほとんどが長距離列車で複数の時間帯をまたがった運行となるシベリア横断鉄道では、航空機のように出発地時刻と到着地時刻さえ意識すれば良いという訳にはいかない。運行管理を容易にし、職員の混乱を避けるため、時刻体系を全土で統一しているのだ。その効果もあってか、運行ダイヤは極めて正確だ。乗車した列車は定刻に1分も遅れることなく終着駅に到着した。
 ロケーションに関わらず単一の標準時を基準とする考え方は、現在の取引所取引においても主流となっている。証券会社やヘッジファンドをはじめとするプロの機関投資家は少しでも利益を上げようと、しのぎを削って取引の高速化、低レイテンシ(遅延)化を追求している。クロスボーダーでの取引が当たり前となった現在では、原子時計に基づいた世界共通の標準時である協定世界時(UTC)と自社の取引システムとの同期を誤差なく行い、レイテンシを正確に検知することが、最適な発注戦略の策定、基盤チューニング、速い回線の切り替えなど、高速取引を確実に行うための最重要課題となっている。
 ところで、今回取り上げたシベリア横断鉄道の時刻体系、運行管理上は最適だが、乗客にとって便利かと問われるとちょっと怪しい。同室に乗り合わせたウラジオストク出身の青年は、「確かに慣れないと混乱するよ、モスクワなんて行きもしないのに、なんであっちに合わせないといけないのかなあ」と漏らしていた。ロシアの広さを実感できるので、海外からの旅行客にとっては面白いのだが。

(金島 一平)

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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金島一平Ippei Kanashima

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