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AIJ問題:年金ファンドが抱える表層の課題と深層の課題

2012年5月号

金融ITイノベーション研究部 上席研究員

AIJ投資顧問が詐欺的な手法により、年金ファンドの巨額の資金を喪失させた。年金ファンドがこのような問題を避けるには、一定レベル以上の資産運用に関する専門性を有するスタッフの採用が不可欠である。合同運用による規模拡大、理事会への外部識者登用を許可する法改正等が必要ではないか。

 今回のAIJ投資顧問が引き起こした問題は、表面上は詐欺事件と言えるだろう。従って今回のような問題を回避するには、詐欺を避けるための条件を考えることが必要である。一方で、詐欺を避けるといった表層の問題ではなく、年金運営体制を強化するという根本的な課題解決にも取り組まなければならない。本稿では、まず今回のような詐欺事件を避けるための条件について述べ、その後で、運営体制強化のための試案を説明する。年金基金制度の課題などの制度面には立ち入らず、主として資産運用面での改善点の論点を整理しておくものである。

詐欺事件を避けるためのチェックポイント

 ヘッジファンドを含む多くの外国籍ファンドに投資する場合、重要なチェックポイントが2点ある。運用内容とファンド構造の理解である。運用内容のチェックで最も重要なのは、リターン源泉の把握である。投資対象そのものが持つリターン源泉(ベータ)、さらに運用会社のスキルセットの高さによって追加される超過リターン(アルファ)、それぞれの理解が投資には必要である。ベータはどのような環境の下でプラスの値を取ることが多いのか、またアルファが生み出される原理原則を理解する能力が求められる。
 リターン源泉が理解できたとして、次のポイントはその運用が正しい組織構造で運営されているかどうかである(※1)。採用するファンドが会社型の場合、ファンドの取締役会がどのようなメンバーで構成されているか(専門性があり、なおかつ運用会社の関係者でない第三者が入っているかどうか)、リスク管理は運用部門と独立した部署が行っているか、アドミニストレーターは運用会社と関係のない第三者の専門機関が採用されているか、などが主なチェックポイントとなる。
 詐欺事件の多くは、これらのチェックポイントの確認が不十分であった事例と考えられる。今回のAIJの場合、そもそも第1のポイントである運用内容について理解できた人はほとんどいないはずである。筆者も2007年に年金コンサルタントとして、ある年金ファンドからの依頼を受けAIJから運用内容の説明を受けた経験がある。当時は、オプション戦略でリターンを稼ぐことしか説明されず、アルファがどのように生み出されているのかを理解することはできなかった(※2)。理解できないものには投資しない、という受託者責任を負う者としての良識に従っていれば第一のチェックポイントで投資は避けられたとも言えるだろう。
 二番目のチェックポイントはどうか。ファンドのスキームを詳細に見ると、多くの機能について第三者のチェックが入らず、お手盛りで行われていたことは明かである。また、年金ファンドの許可なく運用マネジャーの裁量で自由に投資できる部分(※3)があったことも明らかになっている。しかし、当時の開示資料でこれらの諸点が明確に判断できたかどうかは定かでない。また関係者全員が悪意を持って当事者を騙すつもりになれば、年金ファンドとしては手の打ちようがない。

年金ファンドが抱える深層の課題

 詐欺に遭うことを100%避けることは不可能だとしても、ファンド内容のチェックは必須であり、それには一定レベル以上の専門性が欠かせない。第1のリターン源泉の把握に運用経験が不可欠とは思わないが、一定以上の金融に関する知識は必要だろう。ガバナンス構造の外形的な理解は、一般常識があれば可能である。しかし、実際にその責任を果たすに足るスキルが各機関に備わっているかどうかを見分けるには、ある程度以上の経験と知識が必要になる。こうした専門性がなければ年金ファンドの職責を果たすことは困難である。年金ファンドが抱える深層の課題は、この専門性を備えた運営体制を取れないケースが少なくないことである。
 では、どのように専門性を確保するのか。ポイントとなるのは、年金ファンドのどの組織にそのような専門性を備えた人を置くべきかという点と、そのような人を採用するための条件の整備である。ここでは、年金プラン運営で独立した年金基金を設定する必要のあるスキーム(※4)を前提に考えてみたい。
 年金ファンドの組織は大まかに言って監督権限を有する理事会(※5)と実務を担当する年金ファンドスタッフから構成される。本来は、理事会と年金ファンドスタッフの両方にそのようなスキルを持つ人を置き、監督・執行両面で十分な専門性が発揮されるべきだろう。
 まず理事会は年金プランのスポンサーと加入者・受給者の代表から構成することが法律で決まっており、外部の専門家を理事会に入れることは不可能である。しかし企業内に資産運用管理をする部署があることは金融機関を除けばまれであり、企業内で上記のスキルを備えた人を一定数揃えることは現実的ではない。法改正を行い、専門性を備えた外部識者を理事会に登用することを許可することが必要だろう。年金コンサルタントなどのサポートを得る手段も代替案として考えられるが、年金運営に重い責任と権限を負う理事会の中でそのような専門性を担保しなければ、適正な年金運営ができないと考えるべきである。
 一方、年金ファンドスタッフは実際の資産運用管理を行う実務担当者である。チェック機能を効かせるためにも、一定レベル以上の専門性を持つ者を複数採用することが必要だろう。だが彼らの採用にはそれなりのコストが掛かる。ここで大きな壁となるのが年金ファンドの規模である。数百億円規模の年金ファンドがこのような専門性を持つスタッフを採用するには、規模が小さすぎ現実的ではない。最低でも一千億円以上の規模がなければ、職責を果たすに足る専門性を持つスタッフを採用することは難しいのではないか。現在の企業年金ファンドで1千億円以上の資産規模を持つのは、数の上で全体の7%(※6)にすぎない。規模拡大には、資産運用を合同で行うといった、年金ファンドの統合が必要ではないだろうか。
 しかし、理事会メンバーへの外部識者の登用、合同運用などによる規模の確保は簡単に実行できることではない。理事会やスタッフに専門性を持つ人を採用することが困難であれば、大胆に年金資産管理業務を全面的に外部委託することも検討すべきである。オランダの年金ファンドの事例では、理事会と年金ファンドに十分な人的資源を割けない場合、理事会が決めたリスク水準の下で、動的な資産配分比率の変更や運用マネジャーを選定する役割を外部の専門機関(※7)に委託しているケースも出てきている。日本でも参考にすべき事例ではないか。

1) いわゆるガバナンス構造の確認を行うことである。
2) ちなみにファンドの構造に関する説明は受けなかった。
3) ヘッジファンドの用語では、「サイドポケット条項」と呼ばれている。
4) 日本では厚生年金基金と、基金型確定給付企業年金が該当する。規約型確定給付企業年金は、企業内部で年金制度運営が可能であるため、今回の分析対象からは外して考える。
5) 厚生年金基金や基金型確定給付企業年金では、代議員会と呼ばれ、スポンサーと受給者・加入者からそれぞれ半数が選任されて構成される場合が多い。年金ファンドのスタッフの業務監督責任を負うとともに、資産配分比率の決定などの意思決定を行う権限を有する場合が多い。
6) 企業年金連合会が実施したアンケート調査によると、回答した確定給付企業年金と厚生年金基金1142のうち、1千億円以上の年金ファンドは81である(2011年3月末現在)。
7) 欧州では、フィデューシュアリー・マネジャーと呼ばれている。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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