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欧米銀行ROE経営のパラダイムシフト

2011年12月号

NRIアメリカ 金融サービス調査部門長 吉永高士

米国や欧州でみられる現在のROEの低下は循環的要因を超えた構造的要因によりもたらされている側面が強い。BIS自己資本比率基準引上げを迎えるなかで、これらの銀行では資本コストに見合う収益性を確保すべく事業ポートフォリオ再編や戦略ポジショニングの見直しを迫られている。

循環要因を超えたROEの低迷続く

 米国や欧州などを含む先進国では銀行の株主資本利益率(ROE)の低下と底這い傾向が顕著になっている。米国を例にとると、銀行のROEは80年代末期の3つのL(不動産、途上国債務、レバレッジローン)問題を克服した後、2000年代半ばまでの約15年間は平均13~18%の比較的高いレンジで推移してきたが、2007年以降は10%を割った水準に留まったままである。
 過去にも大規模な不良債権問題等が発生した局面では銀行のROEが著しく低下することはあり、現在の低下傾向においても2008年のリーマンショックに象徴される金融危機とその後の不良資産処理や大規模な損害賠償費用等(※1)が一時的に銀行収益全般の押下げ要因となってきたのは事実である。しかし、今回の水準低下が過去の局面と本質的に異なるのは、銀行が景気回復の遅れという長いトンネルを潜り抜けた暁にでさえ、ROEが単純に歴史的トレンドの水準まで上昇回帰していくとは考えにくいことにある。実際、2010年以降の欧米大手銀行決算でも、不良資産問題が一段落するなかで過去に引き当てられた貸倒引当金の取崩しによる底上げで純利益が一時的にバブル前の最高水準に迫る銀行ですら、ROEが当時の水準には及ばないケースは珍しくない。

ROE水準押し下げの構造要因

 金融危機前に比べ銀行ROEが押し下げられている第一義的な要因は、金融危機以降の増資や公的資金注入により自己資本比率が引き上げられたことにあるが、それが危機の過ぎ去った後に大きく低下していくことは考えにくい。その理由としては、①BIS自己資本比率基準の更なる引上げ(バーゼルⅢ)、②公的資金注入行に対する配当や自社株買いへの制限、③オフバランス化による資産圧縮適用の厳格化などがある。特に、新BIS規制はTier 1自己資本比率のうち資本性の高い株主資本の割合を高めることを求め、株主資本の定義の厳格化や(※2)、株主資本比率最低基準の2015年までの4.5%への引上げ(現行2%)と2.5%のさらなるバファー上乗せなどを規定している。この結果、従来のように優先出資証券などのハイブリッド証券を活用したりバランスシートのレバレッジを高めてROEを押し上げる資本効率化が大きく制約を受け続けることになる。たとえばゴールドマン・サックス(※3)でもバーゼルⅢ適用によりトレーディング事業のROEが6~8%に押し下げられるとの見方もある(※4)。
 以上は分母の株主資本に関するものだが、分子の純利益を左右する収入面でも、構造的なROE押下げ要因がある。例えば、米国では金融規制改革法(ドッド・フランク法)やFRBのレギュレーションE改正などの影響により、これまで米銀の手数料収益拡大を最も強く牽引してきた預金関連手数料からの既存収入が業界全体で年間200億ドル(約1兆5,000億円)規模で消失するプロセスの最中にある(※5)。たとえばバンク・オブ・アメリカやウエルズ・ファーゴではそれぞれ年間20億~30億ドル規模の減収要因となっており、ROEをさらに1%ポイント以上押し下げ続ける可能性がある。

企業価値の毀損と銀行側の対応策

 これらの要因を背景として、欧米先進国の銀行ではすでに、ROE水準は株式投資の採算基準である株主資本コスト(※6)よりおしなべて低い水準で推移する状態が続いている(図表1)。これは、株主が取得リスクに見合うと考える純利益を上げられないまま経営されていることを意味しており、株価純資産倍率(PBR)(※7)が業界平均で1倍前後という歴史的低水準で推移していることと無縁ではない(図表2)。
 こうした状況下、欧米銀行のなかには事業ポートフォリオや地域展開の再編のほか、プライシング構造やコスト構造を見直す動きがすでに始まっている。
 まず事業ポートフォリオの見直しとしては、レバレッジの取得制限や所要資本引当基準の引上げも相俟って、2010年からプライベートエクイティやヘッジファンド、トレーディング事業の縮小・撤退が、大手行を中心に営業譲渡や資産売却などのかたちで進められている(※8)。
 地域展開再編では、イギリスのロイズ銀行が約30カ国のリテール進出国のうち約半数の国から撤退する方針を2011年半ばに明らかにしている。また87カ国に進出するHSBCでも米国を含む一部の国や地域で事業縮小を行う方針を打ち出している。これらの地域的撤退の背景には、資金洗浄対策規制の強化などの動きも作用しているとはいえ、バーゼルⅢなどによる資本採算の悪化が決断を更に強く後押ししているとみられる。
 プライシング構造の見直しとしては、200億ドルもの預金関連手数料収益が消失する米銀で、決済性預金口座の口座維持手数料の引上げ、同手数料無料口座の廃止、デビットカードの月次利用手数料の導入、他行ATM利用手数料の更なる引上げ(※9)などにより、失われた収益の回復を図る動きが広範に広がっている。更に、コスト構造の再構築によるROE向上の一環として、投資銀行部門やトレーディング部門での人件費比率見直しにより資本採算を改善する動きがみられ始めている(※10)。
 かつて、筆者が90年代前半に米国で金融経営調査を開始した当時、有力行は軒並み20~25%の目標ROEを経営目標として掲げていた。統合再編を経て生き残った彼らの多くが現在では15%程度にまで目標を引き下げているにもかかわらず、ほとんどすべてのケースで達成できていない。欧米銀行の株主資本コストはリスクプレミアムとともに総じて上昇気味であり、資本採算のハードルはさらに上がっている。ROE経営のパラダイムシフトが迫る事業構造再編は緒についたばかりにすぎず、先進国全般に銀行モデルの揺らぎは続くとみられる。

1) サブプライムローン証券化資産を購入し損失を被った投資家への補償や住宅ローン債権売却先の政府住宅金融機関(ファニーメイ、フレディマック)らからの債権買戻し、サブプライムローン借り手への不当な勧誘に伴う賠償など。
2) 住宅ローンサービシング権(MSR)の排除など。
3) 金融危機の最中に銀行持株会社に転換。
4) バーンスタイン・リサーチの試算。
5) 当座貸越手数料徴集に際しての明示的な事前同意の獲得義務導入やデビットカード加盟店手数料への上限導入など。
6) 株主資本コストは普通株投資家の引き受けるリスクに見合った要求利回りを市場データなどから推定し計測。
7) 株主に帰する一株当り純資産に対する株価の倍数。
8) バンクオブアメリカやシティグループ、モルガンスタンレーら。
9) JPモルガンチェースやバンクオブアメリカの大手米銀でも、すでに一部の州で他行顧客による自行ATM利用時の手数料を従来の1件3ドルから同5ドルにまで引き上げている。
10) バーンスタイン・リサーチの試算によると、3%程度の人件費圧縮によりゴールドマンサックスのトレーディング事業ROEは株式資本コストを上回る可能性はあるという。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

Yoshinaga

吉永高士Takashi Yoshinaga

NRIアメリカ
金融・IT研究部門長
専門:米国金融経営調査

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