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環境変化にダイナミックに対応する年金ファンドの組織課題

2011年12月号

金融ITイノベーション研究部 上席研究員

金融危機を契機に、環境変化などに応じて動的に資産配分比率などを変化させる運用戦略が世界の年金ファンドで試みられている。この運用戦略を成功させるには、それを実行する年金ファンドのスタッフのスキルセットや運用チームへの権限の持たせ方など、組織設計上の課題を解決する必要がある。

 金融危機によって、世界の年金ファンドの多くは大きく資産額を毀損し、運用戦略の見直しを余儀なくされた。これまでの運用戦略は、“過去のデータなどを参考に期待リターン・リスク・相関係数を試算、それらが長期的に安定していることを期待して「政策資産配分比率」を決定、その比率を守ることで想定したリスクの範囲内で期待リターンを達成する”という枠組みであった。その前提には「予測誤差が想定の範囲内に留まる」という期待があるが、実際は想定外の事象が数多く生じている。従来型の運用戦略は、長期安定的に年金給付を賄うという年金ファンド本来の目的を遂行するにあたって盤石なものとは見なされなくなってきている。このような状況認識の下、2011年10月に米国ワシントンDCで開催されたトロント大学ICPM年金フォーラム(※1)では、環境変化に応じて、どのように運用戦略を立て直していくべきかについて議論が行われた。

伝統的+戦略と絶対リターン戦略

 フォーラムでは、以下のような仮想的なファンドを想定して議論が行われた。
① 6兆円の運用資産を有するファンドは将来の国民の年金給付に備えるものとして設立。今後20年間資金流出はなく、長期運用が可能。目標リターンは実質3%(※2)。実質3%成長を達成したと仮定した場合の資産額に対するファンドの時価の比率(ここでは健全性指数と呼ぶ)が60%を下回らないように運営。
② 政策資産配分比率は株式40%、債券35%、オルタナティブ25%、定期的に政策資産配分比率に戻すリバランスを行うと共に、3年に1度ALM(資産負債管理)を行い、政策資産配分比率を再決定。金融危機までは健全性指数は112%を下回ることがなかったが、金融危機によりリターンが大幅に悪化、健全性指数は75%に低下。

 資産規模は異なるものの、日本の年金ファンドの多くも、このファンドと同じような運用方法を採用している。そして積立不足に苦しみ(※3)、厳しい環境下でどのように資産額を回復させるかに頭を悩ませているはずである。
 ここで示された代替案は、「伝統的+戦略」と、「絶対リターン戦略」の2つである。「伝統的+戦略」は、健全性指数を60%以上に保つことを制約条件にして、これまでと同様の手順でALM分析を行い、効率的フロンティア(※4)の中から最適な資産配分比率を政策資産配分比率として選択する方法である。下方リスクを意識しつつも、これまでの方法をほぼ踏襲した方法であることから、「伝統的+」という名前が付けられている。一方、「絶対リターン戦略」は実質リターン3%という目標に従って、資産クラスやエクスポージャーなどに制限を加えず、ヘッジファンドマネジャーや投資銀行のプロップトレーダー(※5)のように、厳格なリスク管理のもとに絶対リターンを達成していくアプローチである。
 実質3%以上のリターンを安定的に稼ぐという本来の運用目的に照らせば、絶対リターン戦略が望ましいように思えるが、実際にその戦略を実施するスキルセットがファンドのスタッフもしくは採用する運用マネジャーに存在するのかを見極めることが難しいという実施上の困難さが伴う。そのために、現状の運用戦略に課題はあるものの、「伝統的+戦略」というほぼ現状の戦略に沿った方法を代替案として提示しているわけである。

戦略の内容よりも組織設計が重要

 いずれの運用戦略を採用するかについて参加者の間で議論が行われたが、ここでは意見が分かれた。参加者の多くは資産額が1兆円以上の大規模な年金ファンドの経営者や運用スタッフだが、前述した絶対リターン戦略を実行するためのスキルセットなどに懸念があり、次善の策として「伝統的+戦略」にとどめる現実的な判断をした参加者がほぼ半数を占めたのである。
 一方、絶対リターン戦略実行には、以下のような条件が整う必要があるとの認識で参加者の意見は共通した。
① 運用チームが理事会(や代議員会)から運用の権限委譲を受けること
② ファンドの運用チームを率いるCEOおよびCIOの強いリーダーシップが不可欠
③ 各資産クラスの運用戦略間の調整が不可欠であり、チームとして運用する能力が高くなければならない
④ 年金ファンドのスキルセットを見極めた上での内部運用か外部委託を決定する明確な判断基準の設定
 このような組織設計上の課題を克服し、絶対リターン戦略を実行するしか、年金ファンドが生き残る術はないとの強い意見も数人から表明された。例えば英国のRailpen年金ファンドのCEOは、「環境変化によって今や昔の方法に戻ることなどできない。変化に対応したダイナミックな資産配分変更しか年金ファンドが生き残る術はない。資産保全が何にもまして年金ファンドの運用にとって大切である」と強調し、絶対リターン戦略への転換が年金ファンドの生き残りに不可欠としている。

日本の年金ファンドにとっての課題

 何らかの運用改革が必要なことは明らかだが、改革を実行する上での道筋が見えないのが、多くの日本の年金ファンドが抱える共通の課題であろう。ここで議論されたポイントが、運用戦略の技術面ではなく、組織設計に集中していた点は興味深い。苦しい環境に立たされた現状では、ともすると年金ファンドの内部で短期的な見通しに基づき資産配分比率を見直したり、何か新しい運用手法に飛びつきたくなるが、むしろ運用改善につながるのは、運用組織の設計改善だと強調されているのである。
 少数の例外を除けば規模が小さく、専門性の高い運用スタッフを採用することが困難な日本の年金ファンドに当てはめて考えてみると、「理事会(や代議員会)から年金ファンドの運用スタッフが運用に関わる権限委譲を受けた上で、外部の運用会社を活用することを考え、パートナーシップを組む運用会社と共同で新しい運用の枠組みを作っていくこと」が重要なのではないか。年金スポンサーの拠出負担能力や制度変更の可能性も加味しながら、資産運用での最大許容損失額を明確にした上で、現実的な年金ファンドの運用戦略が何かを探っていく努力が年金ファンド、運用会社双方に求められるのではないか。

1) ICPM はInternational Center for PensionManagementの略で、トロント大学ロットマン大学院に設立された研究機関。年2回、32のリサーチパートナーが集まり、年金運営の課題について議論するフォーラムを開催している。
2) 実質3%とは、インフレ率+3%の名目リターンを意味する。
3) 日本の企業年金の積立比率(支払うべき負債に対する年金資産の割合)はおよそ75 ~ 80%の間と推定され
る(2011年3月末現在)。
4) 効率的フロンティアとは、決められたリスク(またはリターン)の下で最も期待リターンが高くなる(リスクが
低くなる)ポートフォリオ群を指す。
5) 正式には、proprietary trader といい、銀行の自己資金を使って運用を行うトレーダーを指す。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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