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アジアにおいてプライムブローカーに求められる能力

2011年11月号

金融ITイノベーション研究部 副主任研究員 井上まり

アジアのヘッジファンド市場に回復の兆しが見える中、プライムブローカーは調査能力、新規公開株および中国株の調達能力、業務処理能力を総合的に提供することが求められている。そのため大手による寡占化が見られる。

緩やかに存在感を増すアジアのヘッジファンド市場

 日本をのぞくアジアのヘッジファンド運用資産残高(※1)は、金融危機の影響で、2007年12月の1,524億ドルをピークに、一気に落ち込んだ。しかし、2009年を底に緩やかな回復基調に転じ、2011年7月には1,192億ドルまで戻している。
 アジアで伸びに転じた理由として、欧米の機関投資家によるオルタナティブ投資の拡大が挙げられる。米国の調査機関によると、2010年には米国の大手年金基金の6割が、ヘッジファンドへの投資を行っている(※2)。こうした欧米機関投資家によるヘッジファンド投資の波は、アジアにまで波及している。
 先駆的な投資を行うCalPERS(※3)は、既に2005年からアジアのヘッジファンドに投資を行っているが、最近では中小規模の米国年金基金もアジアのヘッジファンドに投資する動きが見られる。例えば、Arizona Public Safety Personnel Retirement System(運用資産70億ドル)は、2011年8月、香港を運用拠点とするヘッジファンド(※4)に5,000万ドルを投資している。また、New Jersey State Investment Council(運用資産750億ドル)はオルタナティブ投資への配分を19%から26%まで拡大しており、なかでも特に中国やインドにフォーカスしたヘッジファンドへのアロケーションを検討している。
 また、欧米の大手ヘッジファンドも、アジア拠点の強化に着手し始めている。2007年にD. E. Shawは、欧米ヘッジファンド大手としては初めて香港に拠点を構えた。2010年になると、Davidson Kempner Capital ManagementやMoore Capital Management、GLG Partnersなどの大手ヘッジファンドも、アジアオフィスの設立やローカルスタッフの増員を行い、アジアでのプレゼンスを確立している。

調査能力、新規公開株、中国株、業務処理能力が重要

 アジアのヘッジファンドでは、証券の買いと売りを同時に行う「ロングショート戦略」や、買収や合併などを予想する「イベントドリブン戦略」など、株式中心の投資戦略を採用するファンドが運用資産全体の6割以上を占めている。また、北米のヘッジファンドが超短期の保有を株式の運用スタイルにしているのに対し、アジアでは多くが3~4ヵ月程度と相対的に長めの保有となっている。では、こうした運用スタイルを主流とするアジアのヘッジファンドは、どのようなプライムブローカー(※5)(証券会社、投資銀行)へ、注文の執行などのサービスを委託するのであろうか。
 NRIが行ったインタビューによると、アジアのヘッジファンドがブローカーを選択する際の主な基準は、①調査能力、②新規公開株の調達能力、③中国株へのアクセス、④業務処理能力、である。
 最初の調査能力であるが、欧米のヘッジファンドは、運用においてファンダメンタルズよりも、短期的な株価の動きを捉えた戦略を重視する。一方、成長性を刈り取れるアジア市場においては、ヘッジファンドは銘柄選択の意思決定を支援するリサーチを求める。とくに近年は、香港やシンガポールなど既開発国・地域だけでなく、インドやインドネシアなどエマージング国のリサーチのニーズが強い。
 業務処理能力も、市場基盤が整備途上にあるアジアならではの選択基準であろう。アジアでは、SSIコード(※6)の体系が各市場まちまちで煩雑なため、執行ブローカーが誤ったデータを送信し注文が正しく決済されないことがある。またエマージング国では、コーポレートアクション(資本移動や株式配当)情報の精確な更新が難しいことがあり、誤った情報を送って運用に支障をきたすこともある。このため、約定照合や決済照合・指図などのオペレーションを確実に実行することが高く評価されるのである。

総合的なニーズを満たす上位4社による寡占状態

 ヘッジファンド全体の運用規模が大きく、高頻度の取引や、相対的に高いレバレッジを特徴にする北米では、プライムブローカーもそれぞれの得意分野で差別化する「ブティック型」が多い。執行ブローカーとして特化するところもあれば、貸株の利子収入で収益化するところもある。
 一方アジアでは、前節で述べたヘッジファンドのニーズを満たす「総合サービス型」に、執行からミドル・バックオフィス業務までのサービスが委託される。こうしたサービスを包括的に提供できるプライムブローカーは大手に限られる。実際、UBS、Goldman Sachs、Morgan Stanley、Deutsche Bankの4社で市場全体の73%(※7)を占めている(北米では、上位4社で55%(※7))。
 かつては、アジアではUBS、Goldman Sachs、Morgan Stanleyの3社が市場全体の約7割を占めていたが、2010年に入ってから、Deutsche Bankが上位グループ入りを果たした。金融危機以降、カウンターパーティ・リスクへの懸念から、多くのヘッジファンドが運用資産を1社だけではなく、複数のプライムブローカーに預けるようになってきており、Deutsche Bankは2社目、3社目として選ばれることで、シェアの拡大に成功したのである。早期参入によって顧客基盤を確立しているGoldman Sachsは、新規顧客については運用資産が1億ドル以上のファンドのみを対象顧客とする戦略にシフトしている一方で、UBSとMorganStanleyは小規模ファンドであっても新規獲得を目指していると指摘される。
 委託先プライムブローカーの複数化の動きはほぼ完了したと思われ、今後しばらくは大手4社による寡占状態の継続が予想される。

1) アジアを運用拠点とするファンドおよびアジアを投資対象とするファンドを対象とする(出所)Eurekahedge
2)( 出所)Government Accountabi l i ty Of f ice“ DEFINED BENEFIT PENSION PLANS, Plans
Face Challenges When Investing in Hedge Funds and Private Equity”July 2010
3) カリフォルニア州職員退職年金基金。
4) Pacific Alliance Group が運営するSpecial Situations Fundのこと。
5) プライムブローカーとは、ヘッジファンドに対して証券保管サービスや決済代行サービスなどの包括的なサービスを提供する会社。
6) Standard Settlement Instruction:取引相手に通知する決済指図
7) 2010年12月時点のデータ(出所)Eurekahedge

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

井上まり

井上まりMari Inoue

金融デジタル企画一部
主任コンサルタント
専門:金融市場

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