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活用され始めた緊急差止命令制度

2011年11月号

未来創発センター 主席研究員 大崎貞和

金融商品取引法上の緊急差止命令制度は、証取法制定以来60年以上にわたって死文化していたが、昨年から活用が始まった。未公開株の詐欺的販売などを抑止する手段として用いられているが、実効性の確保が課題である。

使われなかった差止命令制度

 日本では金融商品取引法(以下「金商法」という)が証券市場規制の基本法となっている。同法の前身は、第二次世界大戦後、1930年代の米国で整備された法令をお手本にしながら制定された証券取引法である。このため、現在の金商法には、米国の制度をいわば直輸入したような規定が少なくない。
 外国の法制度に学び、その優れた点を取り入れるのは望ましいことだ。そもそも明治維新後の日本の近代化は、外国法の継受なしには成し遂げられなかっただろう。しかし、時には外国から輸入した法制度が、想定通りには機能しないこともある。その一つの典型例と言えるのが、金商法の緊急差止命令制度(同法第192条)である。
 この制度は、緊急の必要があり、かつ、公益及び投資家保護のため必要かつ適当と認められる場合に、裁判所が、行政当局の申立てに基づいて、金商法やその関連法令に違反する行為を禁止・停止する命令を出すというものである。母国である米国では、裁判所による差止命令(インジャンクション)が幅広く活用されており、証券法の分野でも、証券取引委員会(SEC)の申立に基づいて毎年200件以上も発令されている。
 ところが日本では、証券取引法制定以来、昨年11月まで60年以上の間、緊急差止命令は一度も発令されたことがなかったのである。その理由として、英米法で独自の発展を遂げたインジャンクション制度が、基本的な仕組みがドイツやフランスと同じ大陸法系の考え方で構築されてきた日本の司法制度になじみにくいといったことが指摘されてきた。

法改正を経て活用へ

 例えば、英米法では、インジャンクションに従わない者に対しては、裁判所侮辱罪に該当するとして比較的簡便な手続で刑事制裁を科されることがあり、命令の実効性を高めているとされる。金商法にも差止命令に従わない者に対する刑事罰が規定されているが、通常の裁判手続が求められるので機動性を欠く。また、米国のSECは、頻繁に将来の違法行為を差し止めるためのインジャンクションを請求するが、日本法では、将来の行為の差し止めは認められにくい。
 とはいえ、金商法による規制の実効性を確保する上では、緊急差止命令は当局の強力な武器となり得るはずである。そこで2008年以降、命令の申立てにかかる権限を証券取引等監視委員会(以下「監視委員会」という)に委任する規定や命令に違反した者が法人の代表者等である場合の法人に対する両罰規定を整備する法改正が行われた。
 その上で、2010年11月、監視委員会が、株式会社大経とその役員に対する史上初の緊急差止命令の申立てを行った。同社は、金融商品取引業者としての登録を受けないまま、取引所非上場会社の発行する未公開株やそうした株を取得できる新株予約権を投資家向けに販売していた。同月には、問題の未公開株の発行会社に対しても、公募の届出を行わないまま株式への投資勧誘を行うことを禁じる命令を出すよう申立てがなされた。
 その後も監視委員会は、複数回の申立てを行っており、いずれも比較的短期間で、裁判所による緊急差止命令が発令されている(図表)。

課題は実効性の確保

 近年、「近いうちに上場する予定で、上場すれば大きく値上がりして必ず儲かる」といった甘い言葉で、未公開株や非上場会社の発行する社債を投資経験の乏しい個人に売り付ける詐欺的商法が社会的な問題となっている。これまでに緊急差止命令の申立て・発令が行われた事案は、いずれも金融商品取引業者としての登録を受けない無登録営業や有価証券届出書を提出しないまま行われる無届け募集に係わるもので、「未公開株商法」による被害を防止するための手段として活用されていることがうかがわれる。
 無登録業者が投資勧誘を行うことは、それ自体違法であり、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金またはその併科という罰則も設けられている。しかし、無登録業者に刑事罰を課そうとしても、監視委員会による刑事告発とそれを受けた検察当局による起訴、裁判という手続きが必要で、証拠固めにも時間を要する。未公開株の勧誘などでは、その間に投資家の被害が拡大するという事態になりかねない。緊急差止命令には、より機動性の高いエンフォースメント手段としての意義があると言えるだろう。
 詐欺的商法では、民事訴訟を通じた被害者の損害回復も重要だが、差止命令が発令されたという事実は、勧誘の違法性を示す重要な証拠となり得る。
 もっとも、詐欺的商法に係わる者は、最初から法令遵守の意識を欠いている場合が多い。前述のように、緊急差止命令を無視して勧誘を続ける者が現れた場合には、改めて刑事手続きを開始する必要がある。今のところそうしたケースは生じていないようだが、命令の実効性確保が課題であることに変わりはないだろう。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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