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フラッシュ・クラッシュから一年

2011年5月号

大崎貞和

米国の株式市場を揺るがせたフラッシュ・クラッシュから一年が過ぎた。株価乱高下のメカニズムが明らかとなり、新たな規制の導入が進んでいる。日本市場では同様の事態は起こり得ないが、米国市場の厚みと懐の深さを再認識すべきだろう。

株価乱高下のメカニズム

 米国の株式市場を揺るがせた2010年5月6日のフラッシュ・クラッシュから一年が過ぎた。この間、商品先物取引委員会(CFTC)と証券取引委員会(SEC)の合同調査委員会が二度にわたる報告書を公表し、株価乱高下のメカニズムが明らかにされた。また、今年2月には、両委員会の合同諮問機関が、フラッシュ・クラッシュの経験を踏まえた市場規制の見直し策に関する提言を行った。
 結論から言えば、フラッシュ・クラッシュは、あるミューチュアル・ファンド(投資信託)運用会社が株価指数先物市場で出した約41億ドル相当という超大口注文が引き起こしたマーケット・インパクトが、先物価格を急落させ、買い手のポジション調整や裁定取引に伴う売りが現物価格の急落にもつながったという比較的単純な現象であった(図表参照)。
 ただ、ふだん市場に流動性を供給しているHFT(高頻度取引)のトレーダーが暴落に対応して発注を手控えたことや一部のマーケット・メーカーが形式的に気配提示義務を充足するために提示していた実勢からかけ離れた「スタブ・クォート」との約定が相次いだことが、市場の混乱と326銘柄2万件以上に上る約定取消しという異例の事態につながったのである。
 また、事態を見極め、企業業績等に大きな変化がないことを確認したトレーダーが早期に取引に復帰したことで、短時間での相場回復が実現した。

当局の対応と諮問機関の提言

 フラッシュ・クラッシュ後、市場監督当局は、主要銘柄に関する個別銘柄ベースのサーキット・ブレーカー(価格急落時の取引停止措置)や「スタブ・クォート」を排除するための気配値規制の導入、約定取消し基準の明確化など、制度上の対応を次々に打ち出した。
 加えて、諮問機関による2月の提言には、個別銘柄ベースのサーキット・ブレーカーの適用対象拡大、市場全体のサーキット・ブレーカーの発動基準をダウ平均からS&P500株価指数に改めることなどが盛り込まれた。
 また、暴落の要因となった超大口注文が、価格や執行時間を指定せず、直近1分間の出来高の9%相当分を約定させるという取引プログラムで処理されたことを問題視する観点から、大口注文の発注方法に関する規制導入の検討も提言されている。
 一方、提言は、HFTやそれを用いて様々な注文執行市場の中から最適な執行の場を選び出すといった取引手法そのものを否定しているわけではないが、最近の取引システム上でのメッセージ・トラフィックの増加が取引監視のコストを押し上げているとの問題意識を示している。そして、取引高の多い時間帯に高めの取引手数料を課すピークロード・プライシングの導入や大量の注文取消しに対する課金制度の導入などを提案している。
 以上のような当局の規制措置や諮問機関による提言内容は、概ね妥当なものと言える。但し、ピークロード・プライシングや注文取消しに対する課金制度は、市場の流動性と価格発見機能を低下させるリスクもあり、慎重な検討が求められるだろう。

日本市場への示唆

 日本の株式市場には値幅制限が存在するので、フラッシュ・クラッシュのような事態は起こり得ないとの指摘がある。これは決して間違ってはいない。また、日本市場には、一部の私設取引システム(PTS)を除けばマーケット・メーカーは存在しないので、「スタブ・クォート」とのマッチングで非合理な価格が形成される危険もない。
 しかし、だから日本の株式市場が米国市場よりも優れているとは到底言えない。値幅制限は、市場参加者がパニックに陥っているわけでもなく、取引が全く正常に行われていても、一定の幅を超えた価格変動を認めない。公正な価格形成と円滑な流通を妨げるという重大な副作用を伴う制度である。「スタブ・クォート」を示すマーケット・メーカーが存在しないことで、成り行き注文が異常な価格で約定することは防止されるが、安定的な流動性が供給されず、適正な価格水準が示されにくいという側面もある。
 そもそも日本市場の流動性水準では、1件で41億ドルという超大口注文を処理することは不可能で、そんな発注は誤発注でもなければあり得ない。フラッシュ・クラッシュという事件を通じて、米国株式市場の厚みと懐の深さを再認識すべきであろう。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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注目ワード : HFT(高頻度売買)

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