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SSG報告にみるリスク許容度フレームワークのより優れた慣行

2011年4月号

金融ITイノベーション研究部 上級研究員 川橋仁美

2010年12月にシニア・スーパーバイザーズ・グループ(SSG)が公表した「リスク許容度(Risk Appetite)フレームワークとITインフラの構築状況」報告書でフレームワーク実施におけるより優れた慣行が示された。金融機関には、フレームワーク構築プロセスを重視した実効性ある取り組みが求められる。

 2010年12月23日に日本、米国、英国等の金融監督機関により構成されるシニア・スーパーバイザーズ・グループ(以下、SSG)(※1)から「リスク許容度(Risk Appetite)フレームワークとITインフラの構築状況」報告書が公表された。本邦銀行業界においても、3年ほど前からリスク許容度という言葉がよく聞かれるようになった。同時に欧米で言われているリスク許容度とは何なのかという具体的な問い合わせを受けることも多くなった。そもそも欧米で用いられているリスク許容度という言葉はどのような概念を持つものなのか、そしてそれは経営管理上どのような役割を果たしているのかという問いである。SSG報告書では、リスク許容度を受容できるリスクの水準と定義し、その構成要素として望ましい事業ミックスやバランスシートの構成、リスク選好、受容可能なリスク/リターンのトレードオフ、ボラティリティに対する許容度、資本水準、ストレス損失後の許容度、目標格付、流動性比率などをあげている。一方、リスク許容度フレームワークは、リスク許容度を設定し、組織内に伝達し、順守状況をモニタリングするプロセスと定義されている。今回のSSG報告書では、14のグローバル金融機関を対象にインタビュー調査を実施、その結果を踏まえ、フレームワークの実施におけるより優れた慣行(better practice)を提示している。本稿では、野村総合研究所(以下NRI)が実施した欧米先進行の事例調査の結果を踏まえ、SSG報告のより優れた慣行について概観する(※2)。

SSG報告書に示された4つのより優れた慣行

 今回のSSG報告書では、次の4つの分野についてより優れた慣行を示している(※3)。
 第一に、先進的な金融機関では、リスク許容度フレームワークを戦略的意思決定やリスク・テイクの適正化に活用している。リスク許容度フレームワークは、戦略計画及び予算計画と密接に結びついており、予実管理プロセスにおいてリスク許容度との比較にもとづいて事業撤退・拡大等に関する議論や戦略意思決定が実施されている。一時点のリスク・プロファイルとの比較だけでなく、ストレス・テストを実施し、リスク・プロファイルの将来的な変化と収益力を評価し、意思決定を実施している。
 第二にガバナンスである。先進的な金融機関では、取締役会、CEO/CFO/CRO、事業部門の役割を明確化し、組織内でのチェック・アンド・バランス体制を担保している。具体的には、取締役会はリスク許容度を設定、遵守状況をモニタリングする、CEO/CFO/CROはリスク許容度を踏まえインセンティブや制約を与える、事業部門は与えられた枠内で事業を運営するというものである。
 第三に、グループ全体でのリスク許容度フレームワークの推進である。フレームワークを組織のどのレベルまで適用するかについては、いまだ多くの金融機関が末端の職員へのフレームワークに関する周知をしていない状況にあると述べられている。欧米金融機関がこのように考える背景には、末端の職員へのリスク許容度フレームワークの浸透に最も苦慮しているという現実がある。いわゆる、リスク文化の醸成である。NRIのインタビューに対して、ある金融機関の担当者は、リスク許容度フレームワークの実施についてすべては当該金融機関のリスク文化に帰結するとコメントしていた。日々の業務運営でリスクに晒されているのは現場担当者であり、組織全体のリスク・プロファイルは現場担当者のリスクを見極める力に依存している。このリスクを見極める力が高まらない限り、フレームワークの実効性は担保されない。NRIのインタビュー調査でも、フレームワークの浸透度合いは末端の職員にリスク/リターンの意識が浸透しているか否かに大きく依存していることが明らかとなった。例えば、先進的と目される金融機関の一つでは、フレームワークの浸透度合いが高い理由として、トップ・マネジメントのリスク管理へのコミットメントの強さと共に、日々の業務運営にリスク調整後リターンを把握する経営管理ツールが深く浸透していることをあげていた。
 第四に、リスク許容度フレーム枠内におけるリスク・プロファイルのモニタリングである。先進的な金融機関では、四半期毎にリスク・プロファイルが自社のビジネス慣行、リミット体系、ストレス下における期待収益に合致しているかどうかを、モニタリングを通じて検証している。要諦は、単一の尺度でリスクを評価するのではなく、複数のリスク測定手法を組み合わせてリスク・プロファイルを把握している点にある。測定手法としては、資本水準、流動性比率、ネット金利収入/Earnings at Risk、Value-at-Risk限度枠、リスク集中度、期待損失率、クレジットスプレッドなどがあげられている。これらの測定手法はリスク許容度を業務レベルに落とし込むための重要なツールとして位置付けられており、フレームワークの実効性を担保する要の役割を果たしている。NRIのインタビュー調査によれば、これらの測定手法を、マネジメント・レビューを促すプロセスとリンクさせるために、目標水準、トリガー、限度枠というかたちで内部管理体系に落とし込んでいる。金融機関の担当者は、この落とし込みを実際どのように行うかに最も腐心している。
 なお、SSG報告書では、リスク許容度フレームワークと共に、強固なITインフラストラクチャ、なかでもリスクデータのアグリゲーションの戦略的意思決定における重要性について言及している。

フレームワーク実施上の留意点

 今回のSSG報告書は、先進的な欧米金融機関のリスク許容度フレームワークの運用について具体的な取り組みの事例を紹介したものであり、現在、同様のフレームワークの構築に取り組んでいる邦銀の担当者にとって参考になる内容となっている。しかし、具体的な取り組みの事例が示されたことで、形を真似ることがフレームワークの実効性を担保することに優先してしまうリスクがでてきた点は否定できない。先進的な欧米金融機関では、こうした事例もなく、手探りで取り組みを進めてきた。ある金融機関の担当者からは、リスク許容度フレームワークを実施するプロセスそのものが社内のコミュニケーションを活発化し、既存のリスク管理プロセスを再認識するよい訓練となったとの話があった。リスク許容度フレームワークは、金融危機で認識されたリスク管理の質的な向上を目指したものである。形式を整えるということではなく、プロセスに力点をおいた実効性のある取り組みが望まれる。

 

1) 米国連邦準備制度理事会、ニューヨーク連邦準備銀行、通貨監督庁、証券取引委員会、英国金融サービス機構、ドイツ連邦金融監督庁、フランスプルーデンス管理機構、スイス金融市場監督庁、カナダ金融監督庁、イタリア銀行、スペイン銀行、オランダ銀行と日本の金融庁から構成されるグループ。金融機関におけるリスク管理や情報開示実務に関し、監督当局の観点から意見交換を行っている。
2) 2010年7月、2011年2月実施。
3) SSG報告書によれば、今回提示されたより優れた慣行をすべて含む包括的なフレームワークを構築している金融機関はなく、多くの金融機関はその途上にあるとのことである。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

川橋仁美Hitomi Kawahashi

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:内外金融機関経営、ALM、リスク管理

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