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ストレステストではかるリスク文化の醸成

2011年3月号

ERMプロジェクト部 コンサルタント 中田貴之

ストレステストにおいて重要な点は、シナリオの蓋然性を高める工夫をすることだけではなく、関係者間の議論を通じて危機下における具体的な対応策を定め、明文化・共有化することである。

 先の金融危機をふまえ、国内外の金融機関・規制当局にてストレステストを積極的に活用しようという動きが見られる(※1)。本邦においても、統計的なリスク計測手法の限界を認識し、フォワード・ルッキングなシナリオに基づくストレステストを実施する必要があるとの検査方針(※2)が金融庁より打ち出されている。統計的なリスク計測手法の限界とは、VaRが過去データのみを拠り所として市場の将来予測を行っているために過去起こり得なかった事象の蓋然性を低く見積もっていることであると筆者は考える。そのため、仮想的な状況を想定したシナリオの利用が、ストレステスト実施において重要視されてきている。

ストレスシナリオの蓋然性

 一般的な市場リスクや流動性リスクなど、いかなるリスクを対象とするストレステストも、仮想的なシナリオはその定義上無限に考えられる。しかしながら、あまりに悲観的なシナリオでは「起こり得ない状況を想定することは無駄である」と経営層の理解を得られない場合がある(※3)。逆にありきたりなシナリオではストレステストの必要性が感じられなくなる。蓋然性と想像力の狭間で、“起こりそうな”仮想ストレスシナリオをいかに作成するかということが、ストレステスト担当者共通の課題の一つであると推察される。 その一つの解決策として、まずリスク要因の変動の幅を考え、「例えばこのような変動が生じた場合、この商品は極端に損失を被ることとなるが、この変動の幅をもたらすような経済マクロ指標の変動や根源的な事象にはどのようなものが考えられるか」と根源的な事象へ遡るような方法が考えられる。リスク要因の変動の幅を考える際、複数のリスクカテゴリーにわたる場合にはリスクカテゴリー間の相互の関係性を考慮する必要がある。その際、ヒストリカルデータからリスクカテゴリー間の関係性を抽出するだけでは関係性が変化した場合のリスクを捉えきれない点には注意する必要がある。リスクカテゴリー間の関係性も一つのリスク要因として考慮し、その関係性について関係者間で議論を行うべきであろう。

対応策の協議をより重視すべき

 このようにストレスシナリオの蓋然性は一つの重要な要素である一方、日本銀行の金融システムレポートでも指摘されているように蓋然性ばかり過度に追い求めすぎてしまうことはあまり有意義ではない(※4)。誤解を恐れずに言えば、ストレステストはいわば避難訓練のようなものである。市場リスクに関するストレステストを例にすると、大地震が起こりうる確率について検討を深める(“起こりそうな”仮想ストレスシナリオの作成に腐心する)よりも寧むしろ、実際に大地震が起こったと想定して、誰が緊急事態であることを判断し避難の指示を出すのか(判断基準と責任者の明確化)、どのような避難経路を辿れば良いのか(ポジションクローズ等の判断)、非常階段は十分な広さがあるのか(市場流動性の確保)、ヘルメットは人数分用意されているのか(資金流動性の確保)といった点に想像を巡らせ、実際に実施・議論してみることの方がより有用である。
 避難訓練のおかげで地震が来た時はまず机の下に隠れ、指定の避難経路を辿って地上まで出るといったような決まりごとがあるように、明確なルールメイキングをしておくことで不測の事態においても損失を最小限に食い止めることができる。先の金融危機下では、対応策が明確となっておらず、現場の意思決定者の力量に依存してしまう局面が散見された。その教訓を活かし、ストレステストのプロセスの中で、現場の各担当者間や経営層とリスク管理統括部間といった縦横の関係者間の議論を通じ、危機下においての対応策等についてコンセンサスを得、明文化し、共有することが、各金融機関の健全性強化に資するストレステストに与えられた最も重要な役割であると考える。
 対応策は以下のような論点に分解できる。

● 事前準備
(例) リスクアペタイトの明確化、迅速な情報共有(レポーティング)の仕組構築 等
● 施策実施のトリガー条件
(例) X商品ポートフォリオのヒストリカルVaR値○円以上、JGB 10年金利△%超、機械受注統計民需受注額○月対比△%減 等
● トリガー条件判定の責任者
(例) CRO、リスク統括マネージャー 等
● 取るべき施策の具体的手順
(例) ポジション○%、○億円縮小、金利リスクヘッジのため10年スワップのペイを△億円増額 等
● 各手順の責任者
(例) リスク統括マネージャー、フロントトレーダー 等

 このうち、最も大事な点は、取るべき施策の具体的な手順と責任者をできる限り明瞭に整理しておくことである。施策はある一つのストレスシナリオに依存したものではなく、複数のストレステストを踏まえたある程度汎用化した策とすることでより実用性の増すものとなる。
 また、上記のように施策を細かに検討する中で、あまりに現実離れした蓋然性の低い状態が発見され、ストレスシナリオの脆弱性を検知することができる。それをシナリオ作成にフィードバックすることで、前述の蓋然性と想像力の問題の解消につながり、さらにそれに対して施策の検討をすることで対応策が実効的なものになるという正のサイクルが生み出される。

ストレステストのプロセスを通じリスク文化の醸成を

 対応策作成の議論に際し、フロント部門の経験を活用し現実的で有効な策とするためにも、リスクマネージャーにはストレステストの実施においてファシリテーターとしての役割を果たすことも求められている。部署間の円滑なコミュニケーションの一助として、ファシリテーター役に外部コンサルを活用するのも一つの策であろう。
 関係者間での議論のプロセスを通じ、リスクが顕在化した際にいかにして損失を最小限に食い止めるか、すなわち不確実性にどう対処するかというリスクに対する基本的なマインドを組織に浸透させ、リスク文化を醸成することこそがストレステスト実施の本質である。

1) 2009年5月、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)は「健全なストレステスト実務及びその監督のための諸原則」を、2010年8月、欧州銀行監督委員会(CEBS)は「ストレステストのガイドライン」を公表している。
2) 2010年8月27日 金融庁「平成22検査事務年度検査基本方針」
3)「 健全なストレステスト実務及びその監督のための諸原則」には次のように記されている。『銀行はまた、過去に経験のないイベントを補足することを意図して、仮想ストレステストを実施している。…(中略)…。極端あるいは創造的とされたシナリオはしばしば、取締役会及び上級管理職から起こり得ないシナリオとみなされていた。』
4)「 金融システムレポート」(2007年3月、日本銀行)には次のように記されている。『マクロ・ストレステストを行ううえでは、思考実験として、発生する可能性は低いものの、いったん生じると金融システムに極端な負荷をもたらし、金融システムが抱えるリスクを浮き彫りにするシナリオを設定することが重要である。したがって、マクロ・ストレステストは、先行きの金融・経済情勢について蓋然性の高いシナリオに沿って、金融システムに対する影響を予測するものでは必ずしもない。』

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

中田貴之

中田貴之Takayuki Nakata

資産運用グローバル事業部
上級コンサルタント

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