1. HOME
  2. 刊行物
  3. 金融ITフォーカス
  4. カテゴリから探す
  5. 海外トピック
  6. 市場を反映していない欧州の株価指数

市場を反映していない欧州の株価指数

2010年11月号

NRIヨーロッパ シニアコンサルタント 鈴木健太郎

欧州の株価指数は分断された市場で執行されている取引の一部しか反映されておらず、ベンチマークとして問題が多い。市場参加者にこの歪みを是正する動機は希薄であり、最良執行の義務化など規制面での整備が待たれる。

市場全体の取引価格を反映しない欧州株価指数

 株価指数は、年金基金などの最終投資家が自分のポートフォリオのパフォーマンス測定や、運用委託先の運用マネジャー・投資商品の良し悪しを測る際の指標などとして使われることが多い。適切な指数の条件として、株式市場で取引される価格を代表していることが挙げられるが、欧州ではこの株価指数が市場での取引価格の一部しか反映していないという実態はあまり知られていない。
 例えば、英国の主要な株価指数であるFTSE指数は、ロンドン証券取引所(LSE)での執行価格しか反映していない。同指数を構成する銘柄の株式がLSEを通して取引されている売買代金は、欧州のその他取引所での取引も含めたすべての売買代金の約50%前後にまで縮小している(図表)。つまりLSEでの取引価格だけ見ていたのでは、市場の価格は半分しか見ていないことになる(※1)。
 程度の差こそあれ、フランスやドイツでも同様の状況である(※2)。市場全体を正確に反映する指標が不可欠な最終投資家にとって、この指標の歪みは大きな問題である。

最良執行に対する米国と欧州の考え方の違い

 この歪みが起きた要因としては、2007年のMiFID(※3)の施行以降、欧州において市場の分断( M a r k e tFragmentation)が起きたことが最も大きいと思われる。今日、欧州では代替市場のMTF(※4)を含め25もの取引所が設立されており、それら代替市場での取引が合計金額でみると主要取引所を脅かすレベルにまで拡大している。市場が統一され、全米最良執行価格や、この最良価格で執行された取引を反映した株価指数が常時公表されている米国とは対照的である。
 この差は最良執行に対する米国と欧州との考え方の違いに起因していると思われる。米国では、1975年の証券市場制度改革以降、SECが取引価格や数量などの取引情報を集中化するNMS(※5)の構築を進め、2005年のReg NMS(※6)によって最良価格での執行を義務付けた。ポストトレードのデータもDTCCを通して常に配信され、すべての執行価格が指数に反映されるようになっている。一方、欧州のMiFIDでは、運用会社並びに証券会社は最良執行について“合理的な努力を払う”という原理(プリンシプル)が謳われているのみで、具体的な方法は二者間の合意に委ねられている。また、多くの国と市場が存在する欧州においては、米国のような統一された市場インフラの整備や、各国の規制当局間の調整が容易ではない。

運用会社・証券会社には期待できない状況の是正

 株価指数が取引価格を反映していないことは最終投資家にとって問題であるが、それらの資金を委託される運用会社にとってはどうだろうか。株価指数が主要取引所の執行価格に限定されていれば、仮にある銘柄を代替市場でより良い価格で執行できた場合、運用会社はそれを追加のパフォーマンス(アルファ)として認識できる。“勝ちやすい指数”を求める宿命にある運用会社が現状を変えることは考えにくいと言える。
 中小証券やリテール証券にとっても現状を変える動機は薄い。株価指数が代替市場の価格を反映するようになると、これら代替市場にアクセスを持たなければならなくなり、追加コストが掛かるからだ。また、大手証券や一部のヘッジファンドはこのような指数の歪みを裁定取引によって収益化している。このように各参加者の利害が投資家保護の観点と整合してない現状では、運用会社や証券会社がこの歪みを是正する動きはあまり期待できないのかもしれない。

最良執行の義務化によって解決しようとする欧州

 欧州の規制当局もこの状態を放置しているわけではない。各国の政府が協力して、市場の透明性の向上の観点から最良執行を義務化する試みが進んでいる。例えば、今年7月のCESR(※7)のプレスリリース(※8)には“執行前、執行後の十分な価格透明性を達成するため、規制当局であるESMA(※9)主導で非営利団体が規制により義務化された欧州の統一価格テープ(※10)を提供すること”が勧告されている。現在欧州では、BloombergやThomson Reutersが独自の方法でEBBO(European Best Bid Offer)(※11)を算出し、自社端末上で提供している。しかし、これらベンダーEBBOは計算方法、データソース、タイミングなどがまちまち、といった問題がある。CESRの勧告は、EBBOを規制当局主導で統一する試みであり、これによって市場の価格透明性が保証され、株価指数がベンチマークとして米国のように精度の高いものになることが期待される。

日本株においても指数の精度が問題になる可能性

 このように、市場が分断した欧州においても米国のように最終投資家の観点に立った価格透明性の向上が進められている。現在、主要取引所のシェアがほぼ100%に近い日本では、このような欧州の話は自分たちには無関係なように聞こえるかもしれない。しかし、今年1月にアローヘッドが導入され、7月にはPTS経由の取引も日本証券クリアリング機構(JSCC)を通して清算できる仕組みが開始されている。今後PTSによる取引ボリュームがある程度拡大する可能性は皆無ではない。また、Chi-Eastのように、複数市場に跨り汎アジアの主要銘柄を扱う取引所も設立されている。これら代替市場での取引が増える可能性も考慮すると、アジアにおける市場の分断が起きる可能性もあるのではないか。その場合、欧州のように、複数の政府が協力して統一的な市場インフラを構築する必要性が出てくるかもしれない。欧州の今日の状況は、今後のアジアの市場の姿を予想し解決策を考える上で、示唆に富んでいると言える。

1) 図表の例は、FTSE100だが、英国投信の指標としてよく使われるFTSE All Share指数などもLSEからのデータのみしか反映していない。
2) 例えばフランスのベンチマークであるCAC指数に使われる主要取引所Euronext Parisは市場全体の約60%の取引、ドイツのDAX指数に使われるDeutsche Borseは市場全体の約70%の取引である。
3) The Markets in Financial Instruments Directive(金融商品市場指令)の略。
4) Multilateral Trading Facilitiesの略、日本のPTSに相当。
5) National Market System(全米市場システム)の略。
6) Regulation National Market System(全米市場システム改革法案)の略。
7) Committee of European Securities Regulatorsの略。欧州各国の規制当局で構成される委員会で、各国の規制を統一的にする調整や、欧州委員会への規制に関するアドバイス、実際の規制の施行などを行う。
8) CESRプレスリリース 10-926、2010年7月29日、http://www.cesr.eu/popup2.php?id=7009
9) European Securities and Markets Authority の略。これまでは欧州当局に対してガイドラインの設定しかできなかったCESRに、法的拘束力のある技術的な基準を定める権限を付与することを目的として設立された。2011年1月よりCESRの下部機関として、欧州各国の規制当局に対して制度施行に関する技術的な基準の設定を開始する。
10) mandatory single European consolidated tapeの訳
11) 欧州の全て取引所の中での最良気配値。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

印刷用PDF

このページを見た人はこんなページも見ています