1. HOME
  2. 刊行物
  3. 金融ITフォーカス
  4. カテゴリから探す
  5. バンキング
  6. エクスペリエンス・テクノロジーによるチャネル戦略

エクスペリエンス・テクノロジーによるチャネル戦略

2010年11月号

技術調査部 上級研究員 田中達雄

商品やサービスの機能や性能面で差別化が困難となった成熟市場では、顧客の感情面に訴求する顧客経験価値(カスタマーエクスペリエンス)という考え方が競争優勢性の源泉となりつつある。金融市場も例外ではなく、今後、IT化が進む顧客チャネルにおいては顧客経験価値を高めるエクスペリエンス・テクノロジーの適用が重要となる。

エクスペリエンス・テクノロジーとは

 エクスペリエンス・テクノロジーとは、顧客経験価値を高める技術を総称した言葉であり、野村総合研究所が2007年から使っている造語である(※1)。
 顧客経験価値とは、2000年頃に台頭したマーケティングのコンセプトであり、商品やサービスの機能や性能といった物理的な価値ではなく、商品やサービスを購入したり使用したりする過程の経験といった感情的な価値を訴求することで他社と差別化する考え方である。
 金融機関では、米国の地方銀行(本社:シアトル)アンプクア・バンクが、大手金融機関の商品力や価格と勝負しても勝てないことを認識し、雰囲気の良い店舗、コンシェルジェのような行員による接客などの顧客経験価値戦略を2003年から開始し、5年間で預かり資産を約3倍に増加させたという事例がある。
 顧客経験価値は顧客との接点で生まれるが、現在、顧客接点の多くがIT化されており、企業にとってITチャネルにおける顧客経験価値の向上が大きな課題となり始めている。つまり、エクスペリエンス・テクノロジーの重要性が高まっている。
 エクスペリエンス・テクノロジーには、「エクスペリエンス・デザイン」、「分析・管理系技術」、「ユーザー・インタフェース技術」の3つの技術分野がある。

エクスペリエンス・デザインによる経験中心開発

 顧客経験価値を高めるには、まず、どのような経験を顧客に提供すべきかをデザインする必要がある。しかし、従来のシステム開発では、「機能、データ、プロセス」を中心に開発を行い、経験はその結果として生まれるに過ぎなかった。「ユーザー中心デザイン」など操作性を向上させる考えは生まれたが、それも「機能、データ、プロセス」中心で開発されたものを改善するにとどまった。それに対し、エクスペリエンス・デザインでは、まず「経験」をデザインし、その「経験」を実現するためにはどのような「機能、データ、プロセス」が必要かをデザインしていく点で大きく異なる。
 米国大手金融機関のバンクオブアメリカでは、住宅ローンのキャンペーンを成功させるために、エクスペリエンス・デザインを採用し、見事に成功させている。まず、住宅ローンに興味を持つ顧客は、どんな顧客で、どんな経験を提供するとコールセンターに電話したくなるのかを調査し、ペルソナという仮想の人物像を何種類かモデル化した。次にウェブサイトでは、簡単な質問をして訪問者がどのペルソナに近しいかを判断し、そのペルソナが関心を持ち、コールセンターに電話したくなるような情報を表示する仕組みを実装したのである。

顧客を理解し最適な経験を創出する分析・管理系技術

 分析・管理系技術は、人に代わって顧客を理解し、最適な経験を創出する技術である。特にマーケティングの分野では、大きな変化が起きている。プロダクトドリブンのマーケティングから顧客ドリブンのマーケティングへの変化である。
 従来のマーケティングでは、ある商品やサービスを基点に、それを誰に売るかという視点で分析を行っていた。この場合、顧客データベース上の属性情報(年齢、住所、性別、保有資産など)をセグメンド分析し、購入見込のある顧客だけを絞り込むという方法となる。
 それに対し、顧客ドリブンのマーケティングでは、顧客を絞り込むということはしない。すべての顧客に対し、その顧客が購入しそうな商品やサービスは何かを分析する。顧客ではなく商品やサービスを絞り込むのである。この場合、適切な商品やサービスを適切なタイミングで顧客に薦められるかが問われ、その精度を高めるには、これまでの顧客の属性情報に加え、顧客がどんな商品やサービスを欲しているのか、どんな商品やサービスが好みなのかといった顧客の嗜好・価値観、感情といった情報の分析が必要となる。
 このような新しいマーケティングにいち早く取り組んだ金融機関にオランダのING銀行がある。ING銀行では、従来の顧客属性ベースのマーケティングを見直して、顧客の行動(ウェブでの閲覧履歴や接触履歴など)やライフイベント(就職、結婚、退職など)から適切な商品やサービスを適切なタイミングで導き出す顧客ドリブンのマーケティングに切り替え、1年間で約2300万ドルもの増収を達成している(新しいマーケティングシステムの開発には約500万ドル投資している)。

心地よさを演出するユーザー・インタフェース技術

 ユーザー・インタフェース技術は、顧客との直接の接点である「ユーザー・インタフェース」を形作る技術であり、その良し悪しは最終的に顧客に与える印象に大きな影響を及ぼす。ユーザー・インタフェース技術は、ITへのインプットとITからのアウトプットに大別できる。
 ITへのインプットでは、その操作を簡単にする音声認識や自然言語による会話システムなど現実世界と変わらない自然なユーザー・インタフェースを実現する技術が注目されている。また、GPSや無線LANの電波などを使った位置情報認識技術や画像認識技術を使い、操作そのものを不要にする自動認識技術の実用化も目覚ましい。
 ITからのアウトプットでも3次元技術や嗅覚、触角技術といった現実の世界と変わらない感覚を再現する技術が注目されている。
 ING銀行では、GPSによる位置情報認識技術を使って自社の店舗やATMを自動検索し、拡張現実(画面上に映し出された現実の風景に矢印など仮想の情報を重ね合わせる3次元技術)を使ってナビゲートするiPhoneアプリを提供している。
 今回、エクスペリエンス・テクノロジーを3つの技術分野に分けて解説したが、エクスペリエンス・デザインで価値ある経験をデザインし、それをユーザー・インタフェース技術や分析・管理系技術で実現するといったように、これら3つは密接に関係しており、どれか1つを実行しただけでは顧客経験価値の効果は限定的なものとなってしまうだろう。特に、エクスペリエンス・デザインは両者の基点になっている上、その考え方や方法論・手法をシステム開発の現場に浸透させるには時間も教育も必要となる。他社に先駆け顧客経験価値による他社との差別化や市場優位性を実現するには、いち早く取り組む必要があるだろう。

1) エクスペリエンス・テクノロジーの詳細については、田中達雄『「おもてなし」のIT革命―エクスペリエンス・テクノロジーがビジネスを変える―』東洋経済新報社、2010年6月を参照。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

印刷用PDF

Writer’s Profile

田中達雄

田中達雄Tatsuo Tanaka

金融DXビジネスデザイン部
シニアITアナリスト
専門:CX、FinTechなど

この執筆者の他の記事

田中達雄の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています