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長期の経営戦略実現に向けた米国運用会社のBPO活用事例

2010年10月号

NRIアメリカ 上級研究員 金子泰敏

ミドル・バックオフィスのコスト比率が高い日本の運用会社にとって、変動費化を実現するBPOは重要な選択肢と考えられる。ある米国運用会社はコストの変動費化と同時に、将来の事業成長を重視した結果として、ミドル・バックオフィス業務の大半をアウトソースすることを選択した。

2010年上半期、資産運用業への厳しい評価

 2009年、株式市場の回復にともない資産運用会社の運用資産残高(AUM)は回復した。しかし、一転して2010年上半期(1-6月)の業績は踊り場を迎えている。資産運用業界に対する市場の評価は厳しく、欧米の上場運用会社のこの期の株価は平均で18%下落し、株式市場全体の平均の-8%を大きく下回っている(※1)。このことは、資産運用業全体に対する成長戦略への懐疑的な見方の裏付けとみることができるのではないか。
 運用業界の成長のためには、投資商品、顧客や販売チャネル、地域の拡大等に向け、個社のプロアクティブな事業戦略がより重要となっていることは言うまでもないが、同時にこうしたビジネス拡大を実現するITオペレーション戦略もその重要性が増していると考える。その戦術ともいえる業務アウトソース(BPO:Business Process Outsourcing)の活用は一つの選択肢となりうる。たとえば、近年、運用会社はアジア・新興国市場での事業拡大に注力しているが、アジアのある大手ファンドサービサーでは、今年に入りアウトソースサービスへの引き合いが増えているとの話も聞かれる。
 このように事業拡大と、それを実現するITオペレーション戦略は表裏一体であるが、長期的な成長の観点から、フロント業務のみを残し、ミドル・バックオフィス業務をアウトソース、つまり、人・システム・ファシリティーをサービサーに移管(リフトアウト)することで軽装備化し、事業拡大を実現しようとしているある米国の運用会社(以下、A社)の判断は、今後選択肢を検討する際の一つの参考となるのではなかろうか。

某米国運用会社の業務アウトソース活用の判断

 A社は米国東海岸に本社を持つ大手の伝統的運用会社である。投信、年金等の機関投資家向けのほか、保険関連の運用を行い、2010年6月末の資産運用残高は1,000億ドルを超える。
 米国では、ファンド計理等のバックオフィス業務をアウトソースすることは従前から広く行われてきたが、2000年以降、ミドルオフィス業務までその活用範囲が拡大してきている(※2)。こうした業界の動向と並行するように、A社では2004年よりBPO活用の検討を進め、リフトアウトを伴う約2年の移行期間を経て、2009年にミドル・バックオフィス業務のフルアウトソースを完了した。フルアウトソースの導入には懸念点も多々ある。A社ではどのように考え対応したのか、業務移行を判断した関係者のコメントから、4つのポイントについてまとめた。

①ビジネス拡大への対応:ITやオペレーションをアウトソースすると、業務が画一的に規定され、ビジネス拡大の足枷になるのではないかと懸念する運用会社は多い。これに対してA社は、サービサーの能力を活用することで、業務拡大の可能性が広がると考えている。実際、業務移行後に、同社として新規の事業分野となるオルタナティブ投資やオフショアファンド活用による業務拡大に成功している。オペレーションをインソース化する場合、ITに関するソフト・ハードだけでなく人材の採用・育成を含めた自社での投資が必要となるが、事前に適切な投資量を見積もることは難しい。A社ではサービサーから必要なときに必要な量の業務サービスを受けられる可能性を重視している。
②コスト:一般にアウトソースへのコスト削減の期待は大きい。米国運用業界でミドルオフィス業務のアウトソースが拡大しはじめた2000年代前半は、年間の運営コストがいくら減らせるかといった短期の尺度でBPO活用の是非を問う場合が多かったようだ。しかし、近年ではより長期的視点に移っているとの指摘がある(※3)。
 A社の判断もその一例といえる。足下のコスト削減よりむしろ将来のコストの使い方、優先順位を見直して、アウトソースを決断している。このコストには、アカウンティングシステム等のソフトウエアのライセンス費用やエンハンス費用、ハードウエア費用など、また業務スタッフの人件費、採用や育成の費用も含まれる。運用会社として、営業も含めたフロント機能に、より投資したいということである。
 同時に、A社では固定費が「予測可能な変動費」になることも事業の柔軟性を確保する最も重要なポイントと指摘している。今後の事業方針を策定する経営として、費用の予測性を重視することはある意味で当然である。
③内部統制・業務リスク:BPO活用のメリットとして内部統制の向上を上げる声は多い。A社では、業務委託を導入する際に、約200本ものSLA(Service Level Agreement)に具体的な業務を詳細に定義することで、業務内容と範囲を明確化した。アウトソースの大きなメリットは、記載されたサービスレベルが維持されているか、その監督責任をとることで、代わりにサービサーが行う業務で生じるリスクから隔離されることである。そのためのモニタリング機能の設計は業務移行の際にもっとも注力した項目だったとのことである。内部統制の強化は長期の事業リスクの軽減を意味することは改めて言うまでもない。
④雇用:リフトアウトにより、A社からは約200名のスタッフがサービサーに異動した。異動後も全員の雇用とそのポジションが維持されることは当初からの移行条件だったとのことである。A社では、企業文化やポートフォリオマネージャーのニーズを理解するミドル・バックオフィスのスタッフが継続して業務を行うことが重要と判断したとのことだ。このことからも、A社の運用の継続性・成長性を重視する姿勢がうかがえる。
 人材市場の流動性が高い米国では、BPOに伴う人員削減は比較的容易と思いがちだが、資産運用のように、運用の継続性を支える企業文化や、特定分野の業務知識を重視する業界では、特に長期雇用を大事にする傾向がある。これは日本にも通じることである。

 日米の運用会社のコスト構造を比べると、日本ではミドル・バックオフィスのコストの比率が高い。欧米の運用会社においてコスト比率の高いフロントオフィスのスタッフに成功報酬を導入し変動費化しているように、日本の運用会社でミドル・バックオフィスを変動費化する意義は大きい。この観点からは、日本でこそBPOは検討されるべき戦術といえる。

1) Jefferies,“ Turning Tides, First Half 2010 M&A Activity in the Asset Management Industry”,2010年8月
2) 金子泰敏、「欧米運用会社のミドルオフィス業務の変化とBPOサービス活用の拡大」(金融ITフォーカス2009年12月号)
3) Investit,“ Outsourcing Mid-Term Report, A time for reflection”, 2006年1月

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

金子泰敏

金子泰敏Yasutoshi Kaneko

金融デジタル企画一部
上級研究員
専門:金融機関ビジネス調査

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