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アジア債券市場のインフラ整備

2010年10月号

金融ITイノベーション研究部 上級研究員 片山謙

アジア債券市場について情報共有や信用保証の仕組みが整備されつつある。さらなる発展のためには、公表された専門家グループの検討成果をふまえ、各国の制度や市場慣行の調和、市場インフラの整備が求められよう。

 アジア新興諸国において、現地通貨建ての債券市場が拡大している(※1)。BIS統計によれば、日本を除くアジア主要国(※2)における国内債券(居住者により発行された自国通貨建て債券)の残高は、2004年12月の2.2兆ドルから09年12月の5.2兆ドルへ倍増した(※3)。
 国内債券市場における非政府部門(金融機関や企業)の調達拡大も注目される。その残高は、上記と同期間で0.8兆ドルから2.1兆ドルと拡大した。とりわけ、中国および韓国の企業による発行の急増が際立った(※4)。
 一方で、各国の上場株式の時価総額との比較感では、中国や韓国を除くアジア諸国の金融機関や企業が発行する国内債券(社債)の残高は大きくなく、資金調達手段を多様化する余地がある(図表)。

アジア債券市場育成イニシアティブ

 アジアでは、多くの国が97年、98年の通貨危機により、経済に甚大なダメージを受けた。金融機関や企業が、短期かつ外貨建ての資金に大きく依存していたことで、通貨安が資本逃避を呼び、それが更なる通貨安を引き起こして流動性が極端に枯渇するという事態に陥った。
 その反省から、域内貯蓄の域内還流を促し、長期・安定的な資金調達手段を整備する取り組みの一環として、ASEAN+3諸国(※5)がアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)を2003年に開始した。
 ABMIは各国国債市場の流動性を改善し、さらには社債市場の育成につなげる域内協力を促進するため、4つのタスクフォース(TF)を設置して活動を展開した。各TFの役割は、TF1が現地通貨建て債券の発行促進、TF2が現地通貨建て債券への需要喚起、TF3が規制の枠組みの改善、TF4が債券市場のインフラ改善である。
 TF1やTF2の具体的な活動成果としては、アジアの債券市場に係る情報(※6)を集約して体系的に開示するAsianBondsOnlineウェブサイトが設置され、継続的に運用されていることや、現地通貨建て債券を信用保証する仕組みとして、ASEAN+3各国やアジア開発銀行が出資する「信用保証・投資ファシリティ(CGIF)」の設立が合意されたことがあげられる。
 上記の継続的な情報提供に代表されるような地域全体の取り組みが、現地通貨建て債券の取引に対する投資家の安心感を高め、市場の成長に寄与したことは想像に難くない。さらに、CGIFの活用により、中堅企業やインフラ・サービス事業者の債券発行促進が期待される。

クロスボーダー取引の円滑化に向けた検討

 しかし、アジア債券市場の発展には、流通市場におけるさらなる流動性の向上が必須である。アジア新興国は一カ国あたりの市場規模が小さく、流動性向上にはクロスボーダー取引の円滑化による投資家層の拡大が前提となるが、欧米市場に比べてクロスボーダー取引の処理に係るコストが高く、流通市場における投資家リターンを毀損しているのではないかと見られてきた。
 上記の問題意識から、ABMIのTF4では、債券市場関連インフラの専門家グループ(Group of Experts:GoE)を集めて問題を定性・定量両面から検討し、その研究成果を2010年4月に公表した。GoEの報告によれば、クロスボーダー取引に係るグローバル・カストディ費用およびサブ(ローカル)カストディ費用は、実際、一般的に米国やドイツより高く、国によっては2倍以上となることが明らかとなった。
 カストディ銀行側にも言い分があろう。カストディはIT投資が大きい設備産業であり、取引高が小さければ、それだけ固定費負担が重い。また、各国の規制や税制に対応する要員配置や、各国市場参加者の電子化が不十分あるいは標準が異なることへの手間、オペレーショナル・リスクが高いことへの見返りも要る。一カ国で巨大な市場を形成する米国や、クロスボーダー取引の証券決済機関(International CSD)が発達する欧州と比べて、通貨規制に代表される障害(バリア)など、市場が細分化されているアジアはコスト構造上不利である。
 GoE報告では、これらの問題を浮き彫りにした上で、解決に向けた方策を2つの側面から提言した。
 第一に、地域をまたぐ証券決済機能を実現する構想である。方策としては、欧州を範として、新たに汎アジア的な国際証券決済機関(アジアICSD)を設立する案と、既存の各国にある証券決済機関を連携して、投資家居住国の決済機関に指図すれば証券発行国の決済機関で処理できるようにする(CSD連携)案の2つである。
 第二に、クロスボーダー投資に係る障害の整理である。多様な立場の市場関係者(※7)へのアンケートやヒアリングから、規制の障害(※8)や決済処理の障害を明らかにした。決済処理の障害の代表例としては、メッセージング標準や証券コードが統一されていないことを指摘している。統一には、まず、業務手順からの標準化が必要となる。また、漢字などアジア特有の文字への対応も求められる。

ASEAN+3債券市場フォーラムの設置へ

 上記のTF4:GoE報告や、TF3(規制の枠組みの改善)の活動成果を受け、ASEAN+3財務大臣会議は2010年5月に、ASEAN+3債券市場フォーラム(ABMF)の設定を承認した。ABMFには、域内外の専門家や当局の参加が予定されている。アジアのクロスボーダー取引が欧米に比肩する効率性を実現するためには、制度や市場慣行をいち早く調和し、インフラを整備して、地域全体のスケール・メリットを獲得することが求められよう。

1) アジア現地通貨建て債券市場拡大の背景や、アジア通貨危機を教訓とした取り組み全般については、金融ITフォーカス2010年2月号「今後の発展が期待されるアジア債券市場」に詳しい。
2) BIS統計のアジア主要国である中国、台湾、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国、タイ、それにオフショア・センターの香港とシンガポール。
3) 世界の新興国及び香港・シンガポールの国内債券残高は8.2兆ドルであり、アジア新興国の占める割合は6割に上る。なお、世界全体の国内債券残高は64.2兆ドル、国際債券(外貨建て/非居住発行者等)は27.0兆ドル。
4) 金融緩和を受けた不動産ブームの影響も推察される。
5) ASEAN諸国および日本、韓国、中国の3カ国。
6) 国債イールド・カーブや発行高、取引高等の推移や、市場構造の解説、市場動向の定期的なサマリなど。
7) 機関投資家や証券会社、商業銀行、グローバル・カストディ銀行、サブ・カストディ銀行、証券決済機関等。
8) 外国人投資家割当、外国人投資家登録、外為規制、資金管理、税制、口座管理規制、規制および法的な枠組み。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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片山謙

片山謙Ken Katayama

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