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退職後所得保障制度設計における定量的分析の重要性

2010年10月号

金融ITイノベーション研究部 研究員 大栗竜治

現在と30年後の退職者について、データに基づき、退職後の主要な収入源である公的年金および退職金の額を推計したところ、低所得者と高所得者でさらに格差が広がることが分かった。退職後所得保障の政策の立案では、このような定量的な分析に基づいた議論が必要であろう

 退職後の生活の糧となる収入として考えられる項目は大きく分けて3つある。一つ目は公的年金、二つ目は企業年金や一時金も含めた退職金、三つ目は退職までに蓄えた自助努力による貯蓄である。これら三つの退職後の収入はいずれも現役時代の収入と強い相関関係があるため、近年現役世代の賃金が減少していることを考えれば、現在の現役世代は、いま退職を迎える世代に比べて退職後の収入が減少することが予想される。
 これは現在の現役世代の退職後収入に大きな影響を及ぼすと考えられるが、その減少度合いがどの程度なのかといった定量的な分析は行われていない。本稿では主に全国消費実態調査(以下、全消と呼ぶ)(※1)を基として、3つの退職後収入のうち比較的推計が容易である公的年金と退職金の将来変化を推計し、定量的なデータ分析とそれに基づく議論の重要性を述べる。

収入階級ごとにみる公的年金の減少度合

 まず、公的年金の将来変化について見てみよう。今回は、現在退職を迎えたばかりである1949年生まれと、30年後に退職を迎えるであろう1979年生まれが世帯主である二人以上の世帯について、世帯における公的年金受給額の差を比較する。その推計結果を表したのが図表1である。夫婦二人が公的年金を受給し始める67歳(※2)時点での公的年金受給額の差を収入階級(※3)ごとに示した。
 公的年金は、加入者が毎年決まった金額を受給する基礎年金と現役時代の収入の多さに応じて年金額が決まる報酬比例年金から構成されている。ここでは基礎年金受給額は厚生労働省の見通しを踏襲し、報酬比例年金の受給額については将来の平均的な賃金上昇率を1.5%(※4)として推計している。ただし、過去二回分の全消から算出した収入階級ごとの賃金上昇率の実績に基づき、収入階級が高くなるほど賃金上昇率が高くなるように格差付けし、実態に近づけている。この方法で格差付けした収入階級ごとの賃金上昇率は、収入階級Ⅰ~Ⅲでは1.1%、Ⅳ~Ⅶでは1.4%、Ⅷ~Ⅹでは2.0%程度となる。なお、将来の年金額は物価上昇率(※5)で現在価値に割り戻している。
 図表1によると、30年後の公的年金の年間受給額はすべての収入階級において減少しているが、減少額は収入が低い世帯ほど大きくなっている。減少率でみると格差はより広がっており、高収入世帯が3~4%であるのに対し、低収入世帯ではその倍の6~8%となる。このような格差は、収入が低い世帯ほど公的年金全体の受給額に占める基礎年金の割合が高くなることに起因する。報酬比例年金はすべての収入階級で7千円から3万円程度増加しているのに対し、基礎年金は収入階級に関わらず11万円ほど減少するためである。
 この推計結果から今後、平均賃金上昇率が1.5%という楽観的な経済成長シナリオを用いたとしても、一世帯あたりの公的年金全体の受給額は減少し、その影響は収入が低い世帯ほど大きくなるということが言える。

退職金の将来推計

 公的年金の受給額が減少するとなれば、退職金はそれを埋め合わせをする手段として極めて重要になる。では、その退職金は将来どのように変化するのであろうか。日本では、退職金の金額を退職直前の賃金の何倍かに設定することが多い(※6)。そこで今回は、退職金制度・支給実態調査と就労条件総合調査から算出した退職直前の賃金と退職金の比率と、全消を基にした収入階級ごとの賃金推計値を利用して退職金を推計した。
 図表2は1949年生まれと1979年生まれが受け取る退職金の推計値の差額と変化率を収入階級ごとに示したものである。なお、ここで言う退職金とは退職一時金のほか、生涯で受け取る企業年金の現在価値を含んでいる。
 これを見ても収入階級間の格差が広がる様子が分かる。収入階級がⅣ以上の世帯は将来の退職金が現在の金額を上回ることになり、かつ増加額は収入が多いほど大きくなる傾向がある。これとは対照的に、収入階級がⅢ以下の世帯では現在よりも退職金額が少なくなっているのである。

退職後所得保障の政策立案における定量的分析の必要性

 今回の推計の結果を低所得者層(収入階級Ⅰ~Ⅲ)の世帯について見てみると、公的年金は年額で10万円程度、退職金は50万円程度減少する。一方、高収入世帯(収入階級Ⅷ~Ⅹ)では公的年金の減少を補うに余りある退職金の増加が見込まれる。これは、将来退職世代において収入格差が現在より広がることを示している。しかも、今回の推計対象は二人以上の世帯で、この中に非正規労働者である世帯主はほとんど存在していない(※7)。足もとで非正規労働者が増加しているという現状を考えれば、今後、収入階級間の格差はますます広がることになり、収入が低い世帯の生活は相対的により厳しくなるだろう。
 本稿で実施した簡単な分析は退職後所得保障に関する政策を考案するための議論にそのまま利用できるほどの精緻さはない。しかし定量的な分析を実施したことで、定性的な議論のみでは得られなかった、格差の度合いという重要な知見が得られた。
 近年、退職後所得を保障するための様々な政策的議論が行われているが、それらはどれも定性的な議論に終始している感が否めない。現実をより反映した政策を考案するためにも定量的な分析に基づく議論は欠かせないだろう。

1) 全消とは総務省が5年おきに全国6万世帯を対象に行う調査で、世帯主の年齢や収入階級といった世帯の属性ごとに家計の収支及び資産の現状をまとめたものである。
2) 公的年金のうち、報酬比例年金の受給開始年齢は現在段階的に引き上げ中であるが、ゆくゆくは65歳開始となる。基礎年金は現在すでに65歳からに固定されている。なお、夫婦の年齢差は、人口問題研究所が発表する過去20年間分のおおよその平均値は2.5歳であるが、今回は簡単のため、2歳差としている。
3) 全消では、世帯主の年代ごとに、サンプルとなる世帯を所得額順に並べ、世帯数が10等分になるように区切った、収入階級という区分を設けている。年代ごとに所得水準が異なるため、どの階級の所得がいくらぐらいという具体的数値は言えない。
4) 賃金上昇の将来シナリオは、足もとの状況が直ちに改善することは見込めないと考え、直近5年間は過去5年間の平均賃金上昇率が続き、6年目以降は平均名目賃金上昇率が1.5%とした。なお、近年の賃金上昇率はマイナスであるから、1.5%という設定は現状からすればかなり楽観的な経済成長シナリオと言える。
5) 物価上昇率の将来シナリオは、直近5年間は過去5年間の平均上昇率が続き、6年目以降は毎年1%の上昇率が続くと仮定した。
6) 退職金制度・支給実態調査と就労条件総合調査から過去20年間にわたり退職時所定内賃金と退職金(退職一時金と生涯で受け取る企業年金額の現在価値の合計)の相関関係をみると、両者の相関関係は0.8程度となり、強い相関関係が認められる。
7) H19年就業構造基本調査によれば、現役世代の世帯主に占める非正規労働者の割合はおよそ6%と極めて少ない。したがって今回の推計対象は正規労働者に対する推計とみて差し支えないと思われる。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

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Writer’s Profile

大栗竜治

大栗竜治Tatsuji Ohguri

金融デジタル企画二部
研究員
専門:個人金融資産、社会保障制度