1. HOME
  2. 刊行物
  3. 金融ITフォーカス
  4. カテゴリから探す
  5. 数理の窓
  6. 無知の拡散

無知の拡散

2010年9月号

外園康智

 30人の子供が遊園地に来ている。彼らにはどのアトラクションに乗るかについて事前の計画があり、外に待機している親はその予定を知らされている(ただし全員がそうしているとは限らない)。ところが、子供同士出会うと「あの乗り物は面白い」など意見交換をして、勝手に影響されて当初計画から行動がずれていく。この時に、計画を知らせている子供同士の意見交換の内容は想像がつきやすく、次の行動の予測ができた。ところが、“計画を知らせていない”子供と、計画のある子供が話をすると、どちらとも次の行動が、親からは予測できなくなるのだ。結局、ある一定時間後、子供全員の行動は把握できなくなった。
 この話のアナロジーは、熱力学や情報理論でいうところの“無知の拡散” という現象だ。位置と運動量が観測できていない“無知”の粒子と既知の粒子が衝突(=相互作用)すると、拡散して、それぞれの位置と運動量が把握できなくなるのだ1)。
 この「無知の拡散」の状況は、観測する立場によって異なる。例えば、遊園地の管理者は、混雑度や乗り物の利用回数など、個人を特定しないマクロ情報を観測しており、無知の拡散には関係しない。
 一方、園内の見張り役の先生は、散らばった子供を一か所に集めるために、一定の乗り物に誘導したり、通路をせき止めるなどの仕事(=相互作用)をしている。子供は先生にも影響されるので、外の親から見れば「無知の拡散」が起きるのだが、先生側には情報がたまり、子供の行動把握ができるのだ。この役割の先生は、かの有名な「マックスウェルの悪魔」2)とも呼ばれる。
 これは、一つの物理系に含まれる“情報量”一定の法則と関係がある。大雑把な言い方をすると、A君とB君が意見交換をして両者の情報が分からなくなっても、A君の情報さえつかめば、B君の行き先は分かるということで、“相互情報”を含めた全体の情報量は保たれている。
 金融の世界でも、透明性が低いヘッジファンドや証券化商品を購入すると、投資家の負った本当のリスクが分からなくなることがある。リスクに関する無知の拡散だ。当局でも、全体の統計情報は分かっても、誰が最終リスクテイカーなのかまでは把握できない。このため、金融商品にタグをつけて、トラッキングするなどのアイデアがある。リスク管理にもマックスウェルの悪魔が必要なのだ。
 遊園地で一日遊ぶと、誰と誰は仲よしだとか、誰がどんな乗り物が好きなのかという情報と共に、たくさんの思い出も残るだろう。

(外園 康智)

1) エントロピー増大則ともいう。
2) マックスウェルの悪魔とは、分子の動きを観察することで、エントロピー増大則に反する行動ができる存在。

※組織名、職名は掲載当時のものです。

印刷用PDF

Writer’s Profile

外園康智Yasunori Hokazono

金融デジタル企画一部
上級研究員

この執筆者の他の記事

外園康智の他の記事一覧