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「貯蓄から投資へ」の今日的意義

2018年10月

「貯蓄から投資へ」は、長年にわたり政府の金融分野における成長戦略の柱とされてきたが、家計によるリスク資産への投資が幅広く定着したとは言い難い。「貯蓄から投資へ」の今日的意義とは何か。ファイナンス理論とマクロ経済学の双方の観点から、長年この分野の研究に取り組んでこられた祝迫得夫一橋大学経済研究所教授に語っていただいた。

語り手

一橋大学経済研究所 教授
祝迫 得夫氏

1990年 一橋大学経済学部卒業。97年 ハーバード大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D取得。筑波大学講師、一橋大学経済研究所准教授、財務総合政策研究所総括主任研究官等を経て、2012年1月より現職。2018年6月より日本ファイナンス学会会長。主な著書に『家計・企業の金融行動と日本経済-ミクロの構造変化とマクロへの波及』(日本経済新聞出版社、2012年)

聞き手

株式会社野村総合研究所 金融イノベーション研究部 上級研究員
竹端 克利

2005年 野村総合研究所入社。コンサルティング事業本部を経て、2012年に金融イノベーション研究部主任研究員、17年同上級研究員。専門はマクロ経済分析、資金循環分析、通貨・金融制度。埼玉県・滋賀県・富山県・横浜市の公金管理外部アドバイザーも努める。

家計の貯蓄が経済に果たす役割

竹端:

 家計金融資産1,800兆円の国民経済的意義を考え直すため、NRIでは「家計金融資産とマクロ経済に関する研究会」を開催し、祝迫先生にも議論に参加いただきました。

 研究会では「貯蓄から投資へ」の意義など、家計の金融資産の配分の問題に焦点が置かれましたが、そもそも家計の貯蓄が経済全体にどのような役割を果たしているかについてもいろいろ議論が行われました。

祝迫:

 家計貯蓄の動きについて議論する場合、2つの異なるメカニズムの存在を念頭において考えるべきだと思います。

 一つは、家計自身がライフサイクルを意識して「老後に向けてこれくらい貯めよう」と考えた結果としての貯蓄です。このようなメカニズムは、家計貯蓄の中長期的な動きを考えるにあたっては一番重要です。

 もう一つは、短期的な「所得から消費を差し引いた残り」としての側面です。家計は所得が下がってもすぐには消費水準を調整できないので、貯蓄をバッファーにします。そのため、負の大きな「所得ショック」があると、短期では消費と比べ、貯蓄はより大きく減ると考えられます。

 日本の家計の貯蓄率は1980年代中頃にピークを迎えた後、次第に低下し、特に2000年代の前半に大きく落ち込みました。しかしその後、2000年代後半から2010年代にかけては安定的に推移しています。こうした状況から、日本は少子高齢化時代を迎えて家計の貯蓄率は長期的に少しずつ低下しているものの、2000年代前半の急激な貯蓄 率の低下はその時期の労働所得の大幅低下による短期的な反応によるものであった、と推測できるわけです。

竹端:

 少子高齢化の影響が貯蓄率に出始めたのはいつ頃でしょうか。

祝迫:

 日本の労働力人口の比率は90年代の半ばにピークを迎え、その後は基本的には減少する一方です。従って、長期的な貯蓄率もその頃から減り始めたのだと思います。

竹端:

 家計貯蓄は企業や政府の安定的な資金調達と投資を支えている、という考え方がありますが、その役割は変わってきていますか。

祝迫:

 二点指摘したいと思います。

 第一に、資金循環の観点から見ると、日本では2000年代以降、民間部門の家計と企業はどちらも黒字で貯蓄をする一方、政府部門はずっと財政赤字が続いています。会計上は、家計と企業の貯蓄が政府の赤字をファイナンスしている図式になります。こうした構図の背景には、少子高齢化を迎え医療費や年金債務が膨らみ、政府部門が赤字にならざるを得なかったという事情があります。

 第二に、家計の貯蓄と企業の貯蓄はある程度、代替的である、ということです。2000年代初めに生じたマイナスの労働所得ショックは、90年代末の金融危機を経て、企業が日本の労働慣行に手を入れざるを得なくなったことが背景にあります。それまでは40代・50代のコアの働き手には手をつけず、主に若年世代で雇用調整をしていましたが、金融危機以降はコア世代や特に50代後半以降の労働所得も大きく減ったわけです。このことは、労働所得の減少を通じて、家計から企業に貯蓄の代替が起きたと見ることができます。実際、家計と企業を足した民間部門全体の貯蓄の対GDP比はそれほど減っていません。

竹端:

 そうなると、家計と企業を合わせた民間全体の貯蓄の動向を見ることが大事だと言えそうですね。

「貯蓄から投資へ」の今日的意義とは?

竹端:

 長年政府が掲げてきた「貯蓄から投資へ」という政策目標の今日的な意義について伺いたいと思います。研究会では、家計、企業、金融仲介、それぞれの立場から見た意義を整理しました。特にどのような点に注目すべきでしょうか。

祝迫:

 家計の観点から、私は昔から「日本の家計はリスク資産への投資が少な過ぎる」と言ってきました。ただしそれは、家計に「もっと国内にリスクマネーを供給しましょう」という話ではなく、家計自身のために、海外への投資なども含めて、もっとリスクをとってリターンを追求したほうがいいという趣旨です。

竹端:

 家計自身のために投資を行うべき、という今のご指摘は非常に大事だと思います。

 というのは、「貯蓄から投資へ」というキーワードは時代とともにその意義も変わってきたように感じるからです。かつては、国内企業へのリスクマネーの供給が非常に重要で、それに応えるのは家計の役割だ、といった議論もあったと思います。しかし今となっては、企業部門の資金需要があまりないので、それを踏まえて議論すべきだと感じます。

祝迫:

 資金循環表でみれば、企業部門が過去20年近く黒字だったのは間違いありません。

 従って、企業部門について問題になっているのは、より生産性の高い企業・産業に、素早く効率的に資金を配分するには、どうすれば良いのかという話です。そこから、日本では企業の参入も退出も少な過ぎる、ベンチャービジネスをもっと盛んにしないといけない、という議論が出てくるわけです。

 だからと言って、ベンチャー企業への資金供給を一般の家計に担わせるべきかと言われると、それは違うと思います。米国も含め、世界のどこを見ても、家計が直接そうした資金供給を担っている国はないと思います。

竹端:

 「貯蓄から投資へ」が銀行に与える影響についてはどう考えればよいでしょうか。

 「貯蓄から投資へ」は、一言でいえば、預貯金からそれ以外の資産に振り向ける政策です。銀行からみれば、「預金が減る」ことになります。現状を考えると、銀行にとって預金が減ることはプラスなのでしょうか、マイナスなのでしょうか。

祝迫:

 二つの観点が必要だと思います。一つは、日本の銀行部門は今、オーバーバンキングといわれ、そもそも貸出先がない状況にあるということです。こうした観点からは、預金が減るのも短期的にはある程度プラスだと思います。

 もう一つは、ここ2~3年のいわゆる「フィンテック」の台頭によって、「預貯金を受け入れて、民間企業に貸し出す」という伝統的な銀行のビジネスモデルそのものの存続が危ぶまれているという、中長期的な観点です。従来、銀行の専門的な業務とされてきたかなりの部分がIT化できることがはっきりしてきた結果、預金をどうするかについて論じる以前に、銀行のビジネスモデル自体が大きな転換点を迎えていると思います。

竹端:

 そうすると、個別の銀行の収益性をどう改善するかといった議論だけでなく、銀行システム全体の規模をどう適正化していくかといった大局的な議論がもっと必要になるかもしれませんね。

 もう一つ、「貯蓄から投資へ」に関して、その動きがこれまで家計になかなか定着しなかった背景についても伺いたいと思います。研究会では、住宅取得の負担が大きかった、などいくつかの理由が出されました。

祝迫:

 住宅の問題は、少なくとも2000年代半ばくらいまでは、大変重要だったと思います。しかしその後、世界各国の地価が上昇を続け、日本が停滞した結果、日本の住居費は、世界的に見てそれほど高くなくなりました。ですから住宅の問題はかつてほど重要ではなくなっていると思います。

 ただ、一点挙げるとすれば、米国の住宅ローンはノンリコースなのに、日本は基本的にリコースであることは問題かもしれません。ノンリコースでは、借り手がデフォルトしたら、貸し手は住宅を差し押さえて、それで基本的に終わりです。それに対してリコースでは、年収が幾らか、大企業に勤めているか、といったより詳しい個人情報まで収集してその人の返済能力を評価し、貸すか貸さないか判断するわけです。個人的には、リコースを続ける意味がどこまであるのか疑問に感じていますし、ノンリコースに変われば、金融面でも家計のリスクテーキングが進むかもしれません。

竹端:

 私は、日本の住宅取得に対する政策の手当てはかなり手厚いと感じています。例えば、住宅ローン減税に対する税金の投入額は年間およそ5000億円に及びます。これだけ空き家が社会問題化する中で、引き続き住宅の新規供給を促進するような政策が取られているのは、バランスを欠いているように思います。

祝迫:

 政府が家計の住宅取得を促しているのは日本だけではありません。米国のサブプライム問題も、もとを正せば「誰もが家を買えるようにしよう」という政策があったからです。住宅政策が政治的にも国民の支持を集めやすいという事情は、日本特有のことではないと思います。

竹端:

 そこを敢えて、政治的な要素を差し引いて、最適なストックの在り方とか、財政の問題といった経済的視点に焦点を当てて、「今後も住宅取得に資金を投入し続けるべきか」という議論をするのは大事な気がします。

祝迫:

 そうですね。ただその場合でも、2、30年前と比べて家計ごとの所得や資産の格差が拡大していることを考慮する必要があります。

 例えば、若者はあまり家を買わなくなったと良く言われますが、首都圏で安定した職業に就き所得水準の高い若年層を見ると、彼らの住宅購入意欲は未だにかなり強いです。こういった層に対しても減税は必要なのかという議論はあり得ると思います。逆に、所得は高くない、あるいは安定していないけれども住宅を必要とする層に対してどう支援するかのほうが政策的には重要です。

竹端:

 なるほど。メリハリが大事だということですね。

求められる省庁横断・分野横断的な議論

竹端:

 「貯蓄から投資へ」がなかなか進まなかった背景の一つとして、研究会の場で、「日本の雇用慣行や公的年金の存在がある」というご指摘をいただきました。これまでは、自分で老後の所得を何とかしなければいけないという認識を持つ必要性があまりなかったわけですね。

祝迫:

 そうです。今後は、公的年金を当てにできなくなり、長寿化も進みますので、自分自身で考えなくてはいけないところにきていると思います。

竹端:

 とはいえ、省庁間の立場の違いもあり、政府全体として「公的な社会保障制度は持続できなくなるかもしれないので、自分で運用して老後に備えてください」とはなかなか言いにくいように感じます。

祝迫:

 その通りです。例えば、金融庁は7月に「高齢社会における金融サービスのあり方」(中間的なとりまとめ)という報告書を公表しました。主張は明確で、「ライフサイクルを見通した投資をもっとやりましょう」、「そのためのインセンティブを与えるような制度をつくりましょう」というものでした。

 しかし金融関係者には、「現在の医療・年金制度はもう維持できないので、家計はもっと自助努力して欲しい」という真の意図は、容易に透けて見えます。その一方で報告書には、つみたてNISAが時限措置でしかないことがしっかり書かれていました。おそらく、金融庁は恒久化したいけれども財務省主税局との調整がつかないのも容易に想像できます。

 結局、「民間の自助努力を促します」と言っておきながら、一方で「自助努力を促す政策は(=NISAを認めるのは)期間限定です」と言っていることになります。確かに、金融庁としてはかなり踏み込んだ提言ですが、政府全体としては家計に明確なメッセージを打ち出せていないように感じます。

竹端:

 今の話に関連して私が思ったのは、家計の投資促進策を考えるときに、住宅取得の支援策も併せて考えられないか、ということです。つまり、政府が住宅取得の支援に投入している税金のうち、支援の必要性がない人に向けられている部分を投資促進に振りわけるといった、金融と住宅を総合的に考えた筋論的な話をもっとやる必要があるのではないかと思うのです。個別の省庁の守備範囲を跨ぐ話だと思うので、財務省や内閣府のリーダーシップに期待したいところです。

祝迫:

 財務省などの役所は大きな絵を描けるかもしれませんが、最終的に実行するには強い政治的意思が必要になってくると思います。

竹端:

 重要な問題なのに省庁を跨ぐため、こぼれ落ちているものがたくさんあるのではないかという印象を強く持っています。経済財政諮問会議など、省庁横断的な課題を議論する場の役割が大変重要だと思います。

祝迫:

 そうですね。最近はどちらかといえばマクロの議論に力点が置かれていますが、福田内閣や第一次安倍内閣の時のように、ミクロ的な問題を長期的な視野でどう取り組めばいいかという議論がもう少しあってもいいですね。

竹端:

 最後に、家計の金融資産選択に関連して先生が特に大きな課題だと感じていることを教えていただけますか。

祝迫:

 私はここ数年、日本証券業協会の主催する「金融経済教育を推進する研究会」の委員を務めています。この研究会では、大学生に加えて、中学や高校での金融経済教育をもっと充実したものにすることを意図しています。そこでよくわかったのは、学校側に受け入れの素地が整っていないということです。

 中高生への金融経済教育と言った場合、普通の人はすぐに社会科を思い浮かべると思います。ただ、中高の社会科の先生は文学部、教育学部の出身者が多いので、経済学になじみが薄い方がどうしても多くなります。さらに、日本の社会科教育は、世の中がどうなっているかを一般教養として身につけさせるものだという大前提があるので、金利計算のような実践的な知識を教えるというのは、あまりメンタリティにフィットしないわけです。

 そうしたメンタリティがあるのはむしろ家庭科です。今の家庭科教育では、職業選択や家族形成といった、ライフプランやキャリアンプランに関する内容が重要な部分を占めています。ですから、金融経済教育には家庭科が向いていると思います。

竹端:

 面白いですね。金融教育は家庭科なんですね。

 金融経済教育の話は、学校の指導要領に関する問題ですから文科省の領域です。家計の金融資産選択に関する問題は、本当に幅広い横断的な 議論が必要ですね。 

 本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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