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キャッシュレス化におけるDebitの役割

2017年12月

日本のキャッシュレス化は他国に比べて遅れをとっていると言われている。その状況を打破すべく、政府の『未来投資戦略2017』においてキャッシュレス化の推進が、目標となるKPIとともに謳われている。KPIを達成するためには、何が鍵となるか。J-Debitを立ち上げ、その普及を先導してこられたみずほ銀行専務執行役員の齊藤哲彦氏に語っていただいた。

語り手

株式会社みずほ銀行 専務執行役員 リテール・事業法人部門共同部門長
齊藤 哲彦氏

1983年 入行。みずほ統合後、みずほコーポレート銀行、持ち株会社であるみずほフィナンシャルグループに勤務後、2006年 みずほ銀行EC推進部長、09年 新橋支店新橋法人部長、10年 執行役員新橋支店新橋法人部長。11年6月 常務執行役員、14年 みずほ証券 常務執行役員。2016年 同専務執行役員。2017年 みずほ銀行 専務執行役員。みずほフィナンシャルグループの専務執行役員を兼任。

聞き手

株式会社野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部 副本部長
横手 実

1989年 野村総合研究所入社。大手証券会社のアプリケーションエンジニアを経て、共同利用型証券バックオフィスソリューションの企画・設計を長年担当。2005年 大手証券会社に出向し、インターネット証券設立に参画。06年 システム企画部長。08年 NRIに戻り、新システムプロジェクト部、STAR事業部を経て、10年 STAR業務推進部長。14年4月に執行役員に就任。17年より現職。

キャッシュレスに向けた環境変化

横手:

 キャッシュレス化の推進は国の成長戦略の柱の一つとなっています。現在、20%弱のキャッシュレス比率を、10年後には倍の40%にするという目標を掲げています。目標を達成するには、いろいろなところでキャッシュレスの機会を増やしていく必要があると思っています。

齊藤:

 個人消費290兆円に対して、現状はクレジットカードが50兆円、電子マネーが5兆円、キャッシュレス比率は20%弱という状況です。キャッシュレス化が進んではいるものの、そのペースは正直まだまだという状況です。しかも、クレジットカードの伸びは、ECや公共料金が中心で、電子マネーは1,000円以下の小口の支払いが中心ということもあり、どんなに推進しても、クレジットカードと電子マネーだけではキャッシュレス比率を押し上げるには限界があります。

 日本人は現金好きであり、40%という目標は政策面も含めて、かなり本気で取り組まないと達成できない水準です。

 いまは、クレジットの層と電子マネーの層が二極分化していますが、本来は、その中間にDebitの層が存在すると思っています。「お金を借りる」といったイメージからクレジットカードに抵抗がある人は意外に多いのが現状です。また、今の若者は、すごく堅実で、使い過ぎないように自分でコントロールする傾向もあります。クレジットに対する不安があるのだと思われます。

横手:

 確かに、私の周りにいる若者と話をしていても、そう感じます。事実、国際ブランドのDebitが伸びていますよね。

齊藤:

 そうですね。当行も本年よりJCBデビットの発行を開始しましたが、若年層を中心に順調に伸びています。当行はキャッシュカード一体型のクレジットカードの推進に10年以上力を入れてきましたが、どうしてもクレジットカードを好まない層が多くいらっしゃり、その層の一部を取り込むことができています。

 決済マーケットで見ると、対面決済のうち5,000円以上はキャッシュレスがかなり浸透してきましたが、5,000円以下の現金取引が根深い。この部分がキャッシュレスにシフトしなければ、政府の目標は達成できないでしょう。その目標に貢献できるのがDebitではないかと考えています。後払いではなく、口座にある範囲内で即時に引き落とされるDebit払いは日本人には合っていると思います。

横手:

 J-Debitが誕生したのが、2000年ですから、既に17年が経過しています。お客様がJ-Debitを利用するには、お店(加盟店)がJ-Debitを読み取れる端末を設置する必要があります。J-Debitの普及が進まなかった要因として、その端末の導入が進まなかったことが大きいと聞いています。

齊藤:

 おっしゃる通りで加盟店が増えなかったのが一番の要因です。使える場所が少ないから認知も広がらないといった悪循環になっていました。また、クレジットカードはポイントがたまるのに、J-Debitにはそういった「お得感」がないことも挙げられます。しかし、SuicaやブランドDebitの動きを見ていると、ポイントが必須かというと、どうもそうではないのではないかと思います。事実、J-Debitの加盟店ではプロモーションをしなくても一定程度J-Debitが使われています。お得感があればより良いのでしょうが、決済の基本機能としてDebit払いが評価されているといって良いでしょう。

 加盟店が広まらなかった要因として、一番はDebit用に暗証番号を入力するPINパッドを用意する必要があった、つまり加盟店として端末コストが余計に掛かってしまっていたことがありました。

 ただ、その環境も最近変化しています。関係省庁、業界をあげて、2020年までに店頭のカードリーダーを100%、IC化することが目標に設定されています。IC対応には、PINパッドが必要です。クレジットカードは、サイン取引中心でしたが、暗証番号取引にシフトしていますので、J-Debit固有の課題は解決されつつあります。

 また、環境変化の点では、人手不足やコスト削減がトリガーとなって、セルフレジの普及が進んでいることも挙げられます。セルフレジは精算を機械で行うという性質からして、クレジットカードやJ-Debitとの相性は抜群だと思います。

キャッシュアウトの役割・期待

横手:

 齊藤さんは、J-Debitの立ち上げ当初からその導入に尽力をされました。生みの親でもあり、育ての親でもあります。そうしたお立場から、なかなか普及しない状況に、忸怩たる思いがあったと思います。ようやく時代がついてきた、といった感じでしょうか。

齊藤:

 今年の銀行法改正を受け、来年4月からJ-Debitの加盟店で現金の引き出しもできるキャッシュアウトが開始されます。J-Debit普及の環境が整いつつあることを感じています。

 2000年のJ-Debitの立ち上げの時から、当行は金融庁に対して、キャッシュアウトを要望してきました。海外にいらっしゃった方はキャッシュアウトが当たり前のように便利に使われていることをご存知です。私も当時、イギリスに視察に行った際、Sainsbury'sやTescoといったスーパーで、レジの人がキャッシュアウトの対応をしているのを目にしました。アメリカやオーストラリアでも、そうでした。

 アメリカのように国土が広くてATMが見つけにくい所ではキャッシュアウトのニーズがあるのは当然、といった議論もありますが、それだけの問題ではありません。お客さま目線でいえば、多額の現金を持ち歩きたくない人は間違いなく多いと思います。事実、ニューヨークやサンフランシスコなど都市部でも使われていますし、キャッシュアウトは、そうしたニーズに十分応えられるものです。

横手:

 Debitの普及がキャッシュレスを進めることについては理解できます。一方、キャッシュアウトは、キャッシュレスと逆行する流れの印象を持ってしまいます。

齊藤:

 そのような認識をもたれる方は多いと思います(笑)。主従の関係でいうと、ショッピング決済がメインでキャッシュアウトはサブです。アメリカの実績でも、Debitにおけるキャッシュアウトの比率は5~6%位で、日本でも、その程度と見ています。しかも、普及するまで少し時間がかかるでしょう。ただ、先ほど申し上げた5,000円以下の現金取引をキャッシュレスにシフトするには、有効なツールだと見ています。

横手:

 キャッシュアウトがきっかけになるということでしょうか。

齊藤:

 お財布に1,000円しか入っていない時に、スーパーに買い物に行くことを想像してみてください。まずATMに寄って現金を引き出してからスーパーに行きますよね?もしスーパーでキャッシュアウトができたら、買い物ついでにレジで現金を引き出すのではないでしょうか?

 例えばスーパーで2,000円の買い物を現金でしていた人は、2,000円の買い物とキャッシュアウト3,000円の合計5,000円をJ-Debitで決済します。2,000円の現金取引(買い物)がJ-Debitにシフトする訳です。キャッシュアウトで現金が発生しますが、これは元々ATMで引き出されていたものです。ショッピングの決済(主)とATM取引(従)を一緒に行うということです。キャッシュアウトができることで現金取引がJ-Debitつまりキャッシュレスにシフトします。アメリカのスーパーのレジは、まさにこういった設計になっています。

横手:

 キャッシュアウトとキャッシュレスは補完関係にあるということですね。

齊藤:

 そうだと思います。私は、キャッシュレス化は今後着実に進むものの、現金が完全になくなることはないと思っています。キャッシュレス化の目標値は4割ですが、逆に6割は現金が残るということです。その現金を引き出すとき、今まではお客様に銀行に来ていただいていましたが、これからはお客さまの生活空間に銀行が出ていく。その先の一つが、スーパーをはじめとする小売の店舗です。

横手:

 キャッシュアウトに関して加盟店のメリットは、集客でしょうか?

齊藤:

 そうですね。ご存知の通り小売業界の競争は激しく、価格競争はもちろんのことサービスの差別化に各社知恵を絞っています。ATM設置もその一つで、実際、来店誘致に効果があると聞いています。しかし、コストの関係で、ATMを設置できない小売店はたくさんあります。そうしたところに、レジでキャッシュアウトができるようになれば、差別化に向けた有効なサービスになりえます。

横手:

 小売店にとって、集客の効果がある一方で、不安材料もあるのではないでしょうか。

齊藤:

 小売店から「レジにたくさん現金を用意しておかなければいけないのではないか?」といった課題を耳にしますが、先ほど述べたようにキャッシュアウトは一部です。お店の売上げとして、7~8割が現金で、その中から数%だけキャッシュアウトとして現金が使われるということです。キャッシュアウトというと5万円、10万円を想像する人も多いですが、消費者アンケートでは、1万円以下のニーズが圧倒的です。恐らく、給料日後にATMでまとめて引き出し、足りなくなった分を数千円ずつ買い物ついでに引き出すことになるのではないでしょうか。

 その他、日本デビットカード推進協議会の中で検討が重ねられ、対応策がとられています。例えば、取扱時間は加盟店で任意に設定できますし、レジに現金がない場合には断っても良いことになっています。取扱上限や顧客手数料も加盟店に裁量をもたせた設計になっています。また当面は、混乱を避けるため取扱を1,000円単位としています。通常、商品についたバーコードを読み取るとPOSに連動します。同じ様に「キャッシュアウト3,000円用」といったバーコードを用意しておけば、レジのオペレーションの負担も少なくて済みます。

横手:

 そういう意味では、首都圏よりも地方のほうが使われるのではないかという感触があります。

齊藤:

 確かに、あらゆるところにATMが普及しているとはいえ、地方や郊外はまだまだ少ないというのが実状です。ですので、買い物ついでにキャッシュアウトが利用されることは十分考えられます。生活空間により多くのキャッシュアウトポイントが増え、かつキャッシュレス決済が増えることは社会的意義が大きいと考えています。

 キャッシュアウトの可能性に気付いている地域金融機関の営業担当の方々は既に、地域の小売店にキャッシュアウトの説明を始めているそうです。そうした方々にお話を伺うと、興味を持たれる小売店は少なくなく、銀行としても、自行のキャッシュカードが利用されることで、地域に根ざした新たなビジネスになると考えていらっしゃるようです。

 一方、我々には、首都圏のお店や全国チェーンからも相談が入っており、思っていたより首都圏でも利用ニーズは高いと見ています。スーパーやドラッグストア等は主婦であっても会社員であっても、週に1回以上行く方が多いです。ですから、首都圏であってもスーパーで「ついで」に現金を引き出せたら非常に便利だという声を良く聞きます。

横手:

 金融サービスは社会インフラそのものですが、Debitもキャッシュアウトもその役割を担っていくということですね。

齊藤:

 実際、東日本大震災の時も、キャッシュアウトに似た仕組みを提供させていただきました。被災地の方々に金融機関として何ができるのか?何かお役に立てることはないのか?と考え、社員の発案で実施しました。キャッシュアウトは、社会インフラとして高齢化社会、地域貢献といった観点でもお役に立てるのではないかと考えています。

横手:

 金融機関としてのメリットはいかがですか。

齊藤:

 銀行としては、現金コスト、分かりやすい部分では例えばATMのコスト負担は非常に大きいです。一方で社会インフラとしてより良いサービスを提供していかなくてはいけません。キャッシュアウトは社会インフラとして消費者に新しいサービスを提供することができます。また、既存のリソースを使うことができますので、システム投資をせずにサービス提供ができます。J-Debitは今お使いのキャッシュカードがそのまま利用できるものなので、新たに会員を募集する必要もありませんし、カード発行コストもかかりません。しかも現金決済では収益は生まれませんが、Debit取引ならば収益も生まれます。サービス提供、コスト削減、収益増強に繋がるという意味で期待をしています。

横手:

 今まで、Debitの普及に時間がかかってきたことや、日本人は現金志向が強いといったこと、キャッシュアウトのようなサービスはキャッシュレスに逆行するのではないかといったネガティブなイメージを若干持っていました。齊藤さんのお話を伺っていると、トータルで見れば社会的な意義を感じますし、利用者から見ても、加盟店から見ても、メリットが大きいのではないかと思います。

齊藤:

 よく協調と競争という言葉が使われますが、まさにインフラは協調で、サービスは競争だと思います。Debitはインフラです。インフラであるから、より多くの金融機関が参加することで、社会的な意義が高まると思います。お客様にとっても、加盟店にとっても、金融機関にとってもメリットがある、まさしく「三方よし」になるようなビジネスモデルを作れれば、と思っております。

横手:

 世の中的にはフィンテックという文脈の中で語られていますが、今は、テクノロジーの進化と時代背景が幾重にも重なり合ったような状況で、金融機関という業態のあり方、金融サービスのあり方といったあらゆる面で、転換期を迎えていると思います。

 そうした中で、「三方よし」ではないサービスは、今後は淘汰されていくのかもしれません。

 本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

 (注) Debitには、銀行のキャッシュカードをそのまま利用できるJ-DebitとVISAやJCBなどの国際ブランドと提携する国際ブランドDebitとがある。

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