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イノベーションを後押しするルール作り

2017年10月

技術の進歩は情報の格差を狭め、サービス提供者とそれを享受する者との間の垣根を低くしている。それは金融の世界でも同様であり「金融サービスの民主化」とも呼べるものが生じている。民主化を進めるにあたって、規制の見直しも進められている。こうした動きを後押しする森・濱田松本法律事務所のパートナー弁護士 堀天子氏に語っていただいた。

語り手

森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士
堀 天子氏

2002年 弁護士登録。森・濱田松本法律事務所入所。08年 金融庁総務企画局企画課調査室出向。09年~10年 同企画課信用制度参事官室。14年~15年 金融審議会専門委員。15年よりFintech協会理事。17年 金融資本市場のあり方に関する産官学フォーラム委員。著書に『FinTechの法律』(日経BP社)他。

聞き手

株式会社野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部 副本部長
横手 実

1989年 野村総合研究所入社。大手証券会社のアプリケーションエンジニアを経て、共同利用型証券バックオフィスソリューションの企画・設計を長年担当。2005年 大手証券会社に出向し、インターネット証券設立に参画。06年 システム企画部長。08年 NRIに戻り、新システムプロジェクト部、STAR事業部を経て、10年 STAR業務推進部長。14年4月に執行役員に就任。17年より現職。

金融サービスの民主化

横手:

 堀さんが執筆されている『FinTechの法律 2017-2018』が7月下旬に発行されました。昨年よりも厚さも増し、中身的にも非常に読みやすくなったように感じます。前半が、Q&Aの形をとられているので、まずは気になったところを確認できるのが良いですね。

堀:

 ボリュームをアップするつもりはなかったのですが、結果として去年の1.5倍ぐらいになりました。この一年の動きが非常に激しかったので、各省庁の取り組みや、各改正法の状況を一つずつ説明しているうちに、量が増えてしまいました。

横手:

 堀さんは、金融庁に出向されて様々な法改正に携わったり、Fintech協会の理事をされていたり、本業である弁護士というお立場でいろいろなフィンテックスタートアップや金融機関の方々とお仕事をされています。そのような中で、ここ数年の変化をどのようにご覧になっていますか。

堀:

 私が金融庁に出向したのは2008年12月で、金融審議会第二部会の下で「決済に関するワーキング・グループ」が開かれていた時です。銀行以外の事業者に送金業務を認めるかどうか、また、認めるとしてその範囲をどうするか、という議論をしていた時でした。その頃はまだフィンテックという言葉が出てくる前でしたが、資金決済法の制定以降、新規事業会社の参入が相次ぎ、決済・送金の分野でイノベーションが進展してきた印象があります。

 そういうお手伝いをしているうちに、2014年に今度は「決済業務等の高度化に関するスタディ・グループ」が立ち上がりました。その中で、欧米ではフィンテックというものが盛んになってきているという現状報告がありました。金融庁として、銀行がこのままでいいのかという問題意識もあり、行政も先頭にたって検討してきました。スタートアップの活動も盛んになり、立ち上げたFintech協会は2年間で想像していなかったほどに大きくなりました。

 金融とITは昔から切っても切れない関係にあります。一方で、ITに積極的に投資をするような動きにはなっていないところがありました。しかし最近は、金融庁の後押しもあって、前向きにギアがかかってきているような印象です。

横手:

 金融機関のIT投資は、まず、「Run the Bank」(ラン・ザ・バンク)といわれている部分、例えば勘定システムのように、稼動しているものに対してお金をかけるものがあります。それと、「Change the Bank」(チェンジ・ザ・バンク)の部分。すなわち、新しい金融サービスの創出など、既存のビジネスを変革するためにお金をかけていくものがあります。日本はラン・ザ・バンクにほぼ9割を割いています。欧米では、ラン・ザ・バンクの部分は徹底的に効率化してコストを下げ、新しい金融サービスに資金を投入する方向にシフトしました。この流れが、日本にも来ているのかな、という感覚があります。

 技術の進歩によって、あらゆるものが民主化されてきているように思います。今までは、サービスの提供者は一部の専門性を持った人に限られていましたが、その枠が取り払われている例は多いです。例えば、「adtech」(アドテック)という言葉にあるように、インターネットの普及によって、一般の人が自分で発信して広告の媒体となれるようになっています。

 金融も同じで、金融サービスの提供は金融機関に限られていた世界から、異業種が金融サービスを提供し始めています。そこには多くの発想の転換があり、利用者本位の使い勝手のよい金融サービスや、金融を意識しない金融サービスの世界が広がっているように思います。

堀:

 おっしゃるとおり、ITが進化したことによって、情報の格差が狭まっているように見えます。

 以前は、投資商品、金融商品については、説明義務や適合性原則に照らし合わせて、利用者を保護するという考えのもと、金融機関はその人に合ったものを提供しなければいけませんでした。その根底には「情報を提供してあげないといけない」という原則があったわけです。もちろん今でも利用者を保護するという考え方に変わりはありませんが、今や、情報は氾濫しています。

 そうした中で、ロボアドバイザーなどを通して、気軽にアドバイスをもらえる環境が整ってきています。情報をどのように取捨選択するのか、そこに付加価値があるのかという点がポイントとなります。

横手:

 証券取引がインターネットでできるようになり、オペレーションコストがぐっと下がることによって、マーケットが広がりました。フィンテックベンチャーは、さらにもう一段踏み込んで、投資という高いハードルを取り除いてくれるようなサービスを提供しています。

 ミレニアル世代はSNSを通して、横連携でつながっています。「ちょっとの金額でできるから、俺も投資しているよ」ということが少しずつでも増えていくと、投資の裾野も広がっていくかもしれません。さらに、投資をすることで、投資した企業に対する興味が湧き、経済や金融についての知識も増えていく。日々の生活の中から学ぶことも増えていく。それが、単なる投資に留まらないプラスアルファの楽しみにつながるといいですね。

堀:

 そうですね。Fintech協会でも、皆さんにいろんなサービスを知ってもらいたいという意味で、講演やイベント協力をしています。9月19日から22日にかけて開催したフィンテック・サミット「FIN/SUM WEEK 2017」もその一環です。いろいろな金融サービスを実感してもらう趣向です。

 金融リテラシーを高めるには、実際体験してみないと分からないこともたくさんあります。自分たちには関係ないな、世界が違うな、というところを変えていく必要があります。

横手:

 日本のキャッシュレス比率は20%弱で、政府は10年後に倍の40%に引き上げたいとしています。こうしたことも、使い勝手の良いものができて、それを実体験してもらうことで、解決していけるかもしれませんね。

堀:

 そうですね。あと、国民性も大きいと思います。お金の教育は盛んではないですし、お金の話をするのはタブーみたいなところがあります。

 日本にも送金アプリや割り勘アプリはあるので、私もいろんなところで「使おう」と伝道しているのですが、「銀行口座を教えてよ」とか、「現金で払うよ」といった反応がまだまだ多いです。人の行動を変えていくのは難しいなと感じます。でも、私よりも10歳くらい若い人に聞くと、割り勘アプリを使っていたりするんです。意識が変わりつつあることも感じます。

横手:

 若者以外も、お金の話をタブー視していられなくなります。高齢化が進む中で、自分のライフプランの計画をたて、それに合わせた資産運用を考えていかざるを得ません。

 ただ、金融のことをずっと考えている人は、それを職業にしない限りいません。AIに個人のライフプランに合わせてうまくポートフォリオを組んでもらうこともありえます。トータルで支援してくれるコンシェルジュのようなサービスは、富裕層だけが享受できましたが、一般の方にもニーズはあると思います。

堀:

 その分野の期待は高いと思います。一方で、「AI絶対」ではない。ロボットは情報を集めてその最適解を出す、それは、ある意味人間よりも客観性を重視して、主観が入らないという中で適切な解を見つけることができるかもしれません。けれども、人が臨機応変に対応しなければいけないことはあります。そうすると、AIを主体的にコントロールする人間の側もリテラシーを高めなくてはいけません。その上で、いろんな選択肢の中でAIがコンシェルジュしていく世界は非常に興味深いと思います。

オープンイノベーションの土壌を整える

堀:

 保険の分野は、まだベンチャーが見え隠れした状態ですが、期待できますよね。

横手:

 米国でP2P型の保険サービスを提供しているLemonadeのようなサービスは日本にあってもいいですね。また、トラフィックレコードを見て保険料を変えるサービスは、自動車保険で増えてきていますが、もっといろんな分野で出てきてもいいのではないかと思います。

堀:

 保険の分野は規制が厳しいので、それも関係しているかもしれません。

 しかし、それで諦めてしまうのではなく、例えばレギュラトリー・サンドボックスのようなものを活用してチャレンジしていって欲しいです。

横手:

 フィンテックに必要とされるものは、一つはテクノロジーの進化であり、もう一つは規制緩和だと思います。技術の進歩によってルールを厳しくしなければいけない部分もあるとは思いますが、既存のルールをもう少し緩和することで新たな機会創出が期待できると思います。

 ただ、いきなり変えてしまうと、いろいろなハレーションが起きますので、レギュラトリー・サンドボックスのようなところで一度試してみるのは重要だと思います。

堀:

 金融庁が進めている実証実験ハブのようなものと、内閣官房が進めているサンドボックスの両方が走っていますので、実証実験の環境はできていくと期待しています。

 結局、法律を改正するには立法事実が必要になります。実際にサービスがないとデータを採れない、でも法律が変わらないとサービスはできない、という「ニワトリと卵」みたいなところがあります。ですので、サンドボックスを利用していくのは非常に有意義な取り組みだと思います。

横手:

 ロンドンやシンガポールといった金融先進国といわれている国で先行してやられています。そういった国々と連携を図りながら、日本オリジナルの規制ではなくグローバルスタンダードに合わせていくことも、大きな流れとしてあると思います。

堀:

 実体社会がクロスボーダーで取引されているので、金融だけ閉じてということにはならないと思います。

 とはいえ、国ごとに歴史もありますし、業法もそれぞれに異なる中で、スタンダード作りはインフラの部分が中心になってくると思います。例えば、APIはスタンダードに合わせていくことになるかと思います。

 今、「FinTech時代のオンライン取引研究会」で、金融庁、新経済連盟、Fintech協会が一緒に、KYCの見直しといいますか現代化を検討しています。これだけ情報通信技術が進歩している中で、非対面で認められている本人確認の方法が、郵送に限定されているのはおかしいですよね。もちろんAML対策も大事ですから、そのレベルを下げるという話ではありません。

横手:

 欧米では法律に記載されていないことは基本、やってもいい、というスタンスで臨んでいます。日本人は、グレーな部分として踏み出さない傾向にあります。この意識の差は大きいのではないかと思います。

堀:

 プリンシプルは何かを見極めることが大事だと思います。それは、フィンテックに限ったことではありません。利用者の保護、金融の円滑、システミックリスクを起こさないといった大原則は守らないといけません。けれども、例えば情報提供の方法には工夫の余地があります。より投資家保護に資する方法があるのであれば、そうした方法を採り入れることはできると思います。

 既存のルールベースのものも見直しのタイミングがきていると思います。例えばインターネットバンキングの考え方は、全銀協が平成8年に出したガイドラインが残っています。証券業協会が2002年に、インターネット取引のガイドラインの改訂を出しましたが、それもかなり時間が経過しています。

横手:

 ルールが最も適した状態であるのは、それを作った時です。時間の経過とともに、制度疲労も起こりますし、世の中が変わっていきますので、定期的な見直しが要ります。その時、屋上屋を架すルールを作るのではなくて、ルールを強化する部分、緩和する部分をうまくペアリングできたらいいですね。

 今回すごく画期的だと思ったのは、オープンAPIのところのルール設定が早めに行われ、電子決済等代行業者の登録が義務付けられたことです。

堀:

 金融庁としても英断だったと思います。実被害が出ているわけではないけれども、オープンイノベーションを一層進める上では、ルールを設けたほうがよいという判断です。

 金融機関にとって、APIはまだまだ賛否両論があり、どう取り組んでいいのかを悩まれているところも多いと思います。それでも、支店やATM、インターネットバンキングの次のチャネルとしてどう活用していくべきかを各行で考えて、オープンAPIを選択するかどうかを判断する時期に来ています。

 自前主義では、限界があるところもあります。ベンチャーと組むことで、自社のサービス提供の幅が広がるかもしれません。そういう意味ではチャンスと捉えて行動しておられる金融機関も出てきているところを見ると、今回のルールはイノベーションに資する内容だと思います。

横手:

 今、FISCでオープンAPIのチェックリストをつくっています。

 ブロックチェーンについても、ISOが、ブロックチェーンのユースケースを集めて、各国で共有化して、国際標準化に向けた活動をしています。

 一方で、仮想通貨のように投機的な方向に向かっているものについても考えていかないといけません。

堀:

 今、詐欺コインが横行しています。犯罪集団にとって、対象は仮想通貨である必要はなく、単に今注目されているという理由で利用しているにすぎません。業界としてどのように詐欺と決別していくのか、負の面についてもきちんとした情報提供が必要で、現在そういう取り組みもしています。

横手:

 堀さんをはじめ法曹界の方々が尽力されているのは心強いです。金融の本質はやっぱり「信頼」だと思います。

 フィンテックベンチャーも金融機関も私どものようなITベンダーもそうですし、監督官庁も、皆さん横連携をしっかりとろうとしています。日本をよくしていこうという大きなベクトルが合っているように感じます。これからも、それぞれの立場で、協力し合ってやっていきたいですね。今日はありがとうございました。

(文中敬称略)

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