1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. Thought Leaderに訊く
  4. 2016年
  5. FinTechが切り拓くカスタマーエクスペリエンス向上

FinTechが切り拓くカスタマーエクスペリエンス向上

2016年06月

金融ビジネスに新たな変革をもたらす期待感からFinTechに対する注目が高まっている。キーワードが先行していたきらいはあったが、いつの世もイノベーションは従来と異なるスピード感を持って進むものであり、FinTechも単に注目する時期から、実践的に活用していくステップに移っている。その中で、FinTech事業を機動力を持って推進する住信SBIネット銀行の吉本憲文氏に語っていただいた。

語り手

住信SBIネット銀行株式会社 FinTech事業企画部長兼 マーケティング部長
吉本 憲文氏

2002年 大手インターネットサービス会社入社。金融情報サービスサイト担当。2007年 野村総合研究所入社。銀行、証券会社のリテール向けのソリューションの企画・設計に活躍。2015年 住信SBIネット銀行入社。新規事業分野における企画を担当し、2015年8月に、FinTech事業企画部長就任(現職)。2016年5月よりマーケティング部長兼務。

聞き手

株式会社野村総合研究所 理事
楠 真

1983年 野村総合研究所入社。旧鎌倉研究本部にてIT企業に対するコンサルテーションに従事。その後システム商品事業部、金融情報サービス部などで新規事業プロジェクトを担当。2003年に執行役員。2009年に常務執行役員。金融ITイノベーション事業本部長、システム基盤担当などを経て現職。2015年5月よりITProにて「NRI楠 真 強いITはここが違う」連載開始。著書に「FinTech2.0」(中央経済社)

FinTechとの対峙

楠:

 御社は「FinTech」という言葉があふれる前から専門の部署をつくって、取り組んでいらっしゃいます。

吉本:

 「FinTech事業企画部」は、昨年8月25日にできた部署です。確かにその時点では、「FinTech」は、まだそれほど騒がれていなかったと思います。ただし、間違いなくそういうキーワードとともに業界が盛り上がっていくことは予想されました。インターネット専業銀行は、もともと「金融IT」で成り立っています。ですから、新しい波の中で、業界が変わっていくときに、先頭に立って走っていきたいという思いもあって、世間に対しての決意表明も含めて「FinTech事業企画部」をつくったわけです。

楠:

 SBI自体が元祖FinTechのようなところがあります。そこから生まれたのが御社で、2代目FinTechだと私は思っているんです。

 御社の考えるFinTechは、何を軸に新しい展開を考えていらっしゃいますか。

吉本:

 一番大事な軸はお客さま目線だと思っています。

 お客さま満足度は、一個一個のサービスであったりウェブ画面で変わっていきます。使い勝手を追求してサービスを提供していくとき、銀行単体ではできることに限界があります。いろいろなことをスピード感を持って進めていくには、FinTechというキーワードで多種多様な会社とつき合っていく必要があると思っています。

 家計簿アプリのマネーフォワードとの提携もそういった一環です。

楠:

 マネーフォワードとの提携について、御社だけのサービスにしたいということはなかったのですか。

吉本:

 エクスクルーシブももちろん考えましたが、いろんな人が便利に使っているサービスのほうがより発展性があると思いました。その中で、当社バージョンをつくって、お客さまにより便利になるサービスを提供したほうがいいと考えました。

 そうした中でも1番手でありたいという思いはありましたので、API提携についても最初でしたし、銀行提携版のアプリは、昨年11月に出しましたが、他行よりもだいぶ早かったと思います。

楠:

 銀行提携版のメリットはどういうところにあるんですか。

吉本:

 本家版「マネーフォワード」のほかに、専用のコンテンツが入っていたり、当社の銀行サービスに対しての導線が強化されています。また、当社からのキャンペーンのお知らせが届く仕組みになっています。

楠:

 反響はいかがですか。

吉本:

 良い面・悪い面、両方の声が聞こえてきますが、マネーフォワード自体がもともと評判が良いので、良い反応のほうが多いです。「はてなブックマーク」の話題のキーワードランキング1位にもなりました。「時代が変わった」といったポジティブなコメントを見たときは、嬉しかったですね。

API接続のメリット

楠:

 「マネーフォワード」からスクレイピングするのではなくて、API経由でデータを出すことを選択したのはなぜですか。API接続のメリットは、どちらかというとマネーフォワードにあるように思います。

吉本:

 そうですね。スクレイピング技術を用いた場合の課題として、サイトをリニューアルされるとデータを取れなくなってしまうとか、各社によって数字にカンマが入っていたり、マイナス表示が三角であったりなど、読み違えて、取れたり取れなかったりというのがあります。

 API接続することで、フォーマットを決めて、正確にデータを渡せます。エンドのお客さまからすると、正しく自分の家計の情報が取れることになります。ただし、お客さまのユーザーエクスペリエンスはそんなには変わらないとは思います。

 当社側にも、メリットはあるんです。口座を持っている人が、毎日のようにログインしてくることはほとんどありません。しかし、マネーフォワードに登録していると、マネーフォワードが代わって毎日アクセスしてきます。マネーフォワードほどの人気サービスとなると、アクセス数は相当なものです。マネーフォワード側もDoSアタックみたいにならないようにある程度分散させてくれていますが、とはいえ当社としても無視できない位の値になっていました。

 そこをAPI接続だけにすれば、電文量がすごく小さくなります。また、マネーフォワードからのスクレイピングは、一か所から複数の口座へログインが行われるという、銀行が最も気をつけるべき疑わしい業者と同じ特徴を持っていますが、APIアクセスで分別をつけることで、結果的に金融犯罪対策の効率性が上がるというメリットもありました。

楠:

 API接続のほうがセキュリティ面で堅牢だということですね。

吉本:

 OAuth認証後のアクセストークンであれば、こちらで期日管理もできますので、問題があったらAPIアクセスを止めることができるため、ユーザーのID・パスワードを預けてスクレイピングしている場合と比べて被害を最小化することができます。そういった側面でもAPI接続のほうが良かった、といえます。

 また、今回はOAuth 2.0の仕様に準拠してつくりました。Auth認証自体はYahoo!などインターネット企業が2000年代前半ごろから取り組んでいる技術ですが、今回の要件にあわせて最適なセキュリティを確保する意味で、OAuth 2.0を採用しました。そこは、野村総合研究所の協力を得て実現しました。

ブロックチェーンの実験成功

楠:

 4月に貴社がブロックチェーンの実験に成功した、という記事が出ました。

吉本:

 昨年12月に実験開始のプレスリリースを出しました。当時は今ほど、ブロックチェーンに関する情報は多くなく手探り状態でした。ただ、金融インフラを大幅に変える可能性があるイノベーションであるということが方々で騒がれていましたので、当社にとってどういう影響があって、どこに一番メリットを見いだせるかを考えたかったんです。国際間送金などの分野ではR3が先行して実験を行っていましたので、結果が出てこないと思われるものは何かを考えた時、行内単独利用という案が出てきました。率先して実験して、その効果を確認して、次のステップを見極めたい、と思いました。

 なかなか、ブロックチェーン・ベンチャーとのつき合い方がわからない中、金融知識を持っていてシステム設計を誘導する力がある野村総合研究所に入ってもらうことで、うまく進められたと思っています。

楠:

 ありがとうございます。ブロックチェーンは物になりそうですか。

吉本:

 ブロックチェーンの利点として言われている「落ちない」「改ざんできない」といったところを確認できましたので、要素技術としては十分期待できるものだと思っています。問題は、どこに使うか、です。

 ブロックチェーンの今の段階は、インターネット黎明期に似ていると言われます。TCP/IPは出てきたものの、ブラウザーは「Mosaic」があるかないか。メールも「AOLMail」が表に出てきたぐらいの時期だとすると、まだまだ周辺ツールが足りないという認識です。

楠:

 そうですね。「技術は面白い」と言っていても、いきなり、それが利用されて、それこそ「Silicon Valley is coming」みたいな話につながっていくかというと、かなり懐疑的に思います。

 例えば国際送金にしても、SWIFTは、技術的なインフラに価値があるというよりも、各金融機関にSWIFTコードが振られていたり、それらがヒストリカルに管理されていたり、金融機関間で共有されているといったビジネスとしての仕組みに意味があるわけです。その中身は単なるテキストの伝送ですから、それがブロックチェーンであってもいいけれども、なくてもいいんです。

 「日銀ネット」もしかりです。日銀法は、国内の国債と現金の流動性を確保して、それで信用を維持するという名目の下に作られています。ですから、他に決済サービスができるかできないかという話は、ブロックチェーン云々とは違う次元の議論が必要です。

 もろもろ考えると、適用分野はすごく多いと思いますし、イノベーションの可能性はあると思います。しかし、今日、明日どうにかなる話ではありません。むしろ、御社の実験のように銀行内のほうが利用分野はあるように感じます。

今後のFinTechの取り組み

楠:

 FinTechを推進していく上で、御社が注目しているテーマをお聞かせいただけますか。

吉本:

 ちょうど5月に組織変更があり、「トランザクションレンディング準備室」ができました。

 当社は、リテール・ナンバーワンの金融機関を目指しています。リテールといっても当社の場合、個人のほか、個人事業主や中小企業の方々も対象には入っていますが、今までは個人を優先していたこともあり、そういう法人口座はこれからといったところです。今後はそういった方々を対象に、新しいテクノロジーを用いた融資にも真剣に取り組んでいきたいと考えています。

楠:

 フィンテック的なアプローチの融資ですよね。

吉本:

 従来は、財務諸表を見て与信をするのが一般的な融資スタイルでしたが、今まで見てこなかったデータに基づいて融資を行うものです。

 海外では、銀行に代わってノンバンクのベンチャーが行っていたりしますが、日本ではお客さまが銀行と取引することを好む傾向がありますので、当社が先陣を切ってサービスを提供していきたいと考えています。

楠:

 確かに、銀行がサービスしていく意義はありますね。例えばアマゾンの出店者に対するローンが、かなりの金額になっているのは、ニーズの高さを表していると思います。

吉本:

 5月の組織変更では「UXデザイン部」という組織もできました。

 例えば圧倒的な地位を築いているApple社の「iPhone」ですが、他社のスマホとサービス内容・機能の星取表で比較すると、必ずしも1番手ではなくて3番、4番だったりします。米国では既に「デザインは儲かる」と言われたりしていますが、当社もそこに注目しています。ユーザーエクスペリエンスという観点で、お客さま満足度を上げていかなければいけないと思っています。

 当社のお客さまは、現在のところまだスマホよりもPC経由のほうが多いです。しかし、携帯電話を考えた時、スマホシフトは終わっていますから、今後は銀行に対しても、当然そういうシフトが起きてきます。

楠:

 確かに、今のFinTechブームの背景には、ユーザー側が全員スマホを持っているということがあります。「Facebook」は16億、「Messenger」は8億のアクティブIDを持っている。「Facebook」は常にユーザーの手元でオープンしている状態にある。そこをどう使うかが次のFinTechの面白いポイントになってくると思います。

 例えば、「Google マップ」で場所を探しますよね。今までは、歩きのボタンを押すと歩く道が表示され、電車のボタンを押すと電車のルートが出ました。最近は、Uberのマークが出てきて、Uberがあと何分で来るかが分かるんです。

吉本:

 それはいいですね。

楠:

 FacebookとかMessengerは、ユーザーインターフェースとしてのOSを目指していると思うんです。Messenger上のアプリから、例えば銀行サービスを直接呼び出すようなことが考えられると思います。単に振り込みできる、というだけでは面白くないですが。

吉本:

 そうなんです。APIの考え方にも通じますが、金融機関の発想ですと、残高照会ができる、それから入金・送金ができる、というふうに本丸で物事を考えがちなんです。

 最近イギリスで発表された「Open Banking Standard」というレポートの中に、銀行のAPI公開はかくあるべき、といったことが書かれた章があります。そこでは、まず、支店の位置や電話番号、それから金利の情報といった公表情報をAPIで開放するべき、と言っています。個人に紐づいた情報でなくていいんです。そうすると、先ほどのグーグルの例のように、他社が何かと組み合わせて、より生活が便利になるサービスを提供していくようになります。

 地図との連動は、アプリでも人気の分野ですので、そういう融合が進んでいった先に、次のニーズとして金融取引が出てきてサービスがより便利になっていくというのが自然な流れなのではないかと、最近は思うようになっています。

楠:

 特許をとったというプレスも出されていましたね。

吉本:

 先日、「スマート認証」という振込時等に使う認証の仕組みで特許を取りました。

 従来、ウェブでもスマホでも、振込みをするときは、振込先と金額の入力のほかに、第2暗証として取引パスワード、第3暗証として認証番号表から数字を打つというような手続きの必要があります。今回特許をとったのは、ウェブで振込先に送金指示をすると、アプリ側に通知が来て、中身を見て合っていることを確認して「OK」を押せば送金されます。

 認証番号表などが要りませんし、面倒な入力もありませんので、使い勝手としてはかなり好評いただいています。「スマート認証」で不正送金されたことは今まで一度もなく、セキュリティーレベルとしても現有技術の中で最高水準といえます。

楠:

 スマホ側の認証を使っているのですか。

吉本:

 2経路認証という考え方です。スマホ1台で手続きしたとしても、振込指示とスマート認証で、アクセス経路を変えて、2経路を確保しています。

 サービス自体は随分前からやっていましたが、特許が取れたということでプレスしました。このサービスは声を大にしてお薦めしたいくらい便利な機能です。

楠:

 不正送金問題のせいでネットバンクサービスの認証はどこも随分使いづらくなっていますからね。それこそ、カスタマーエクスペリエンスが変わる、今一番重要なFinTechではないかと思います。

 本日はイノベーションに期待が膨らむお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

このページを見た人はこんなページも見ています