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「稼ぐ力」を高めるガバナンス改革

2015年12月

「稼ぐ力」の強化を目指す日本のコーポレートガバナンス改革が、会社法の改正やスチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの策定を通じて大きく進展している。ガバナンス改革をいかに「稼ぐ力」につなげればよいのか。新たに創設された監査等委員会設置会社を利用するメリットはどこにあるのか。日本のガバナンス改革の議論を牽引する武井一浩氏に語っていただいた。

語り手

西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士
武井 一浩氏

91年 弁護士登録。96年 Harvard大学Law School(LL.M.)、97年 Oxford大学経営学修士(MBA)各卒。上場会社の企業法務全般やM&A案件等を取り扱う実務家。金融庁「コーポレートガバナンス・コードの策定有識者会議」メンバー、経済産業省「企業と投資家の対話促進研究会」委員などの公職も務める。「ガバナンス・コードの実践」(日経BP社、2015年)他著書多数。

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。90年 ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年 資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融審議会委員、規制改革会議委員などの公職も務める。著書に、「ゼミナール金融商品取引法」(2013年、共著)他多数。

ガバナンス改革をいかに「稼ぐ力」につなげるか

大崎:

 政府が現在進めているコーポレートガバナンス改革ではよく「稼ぐ力を高める」ということが強調されます。英米のガバナンス改革では歴史的に不祥事の防止という側面が強かったので、私はずいぶん異なった印象を持っています。

武井:

 「ガバナンス」という言葉は使う人によって定義がさまざまで、特に法律界では法的責任の線引きをする必要があり、不祥事の防止という観点から語る人は多いと思います。

 一方、海外では「コンプライアンス」と「ガバナンス」とを区別する議論が主流です。そこでは「コンプライアンス」は、上で決められたルールの中で何をすべきか、「ガバナンス」は、企業が持続的に成長するためにさまざまなステークホルダーの利害をいかに調整するか、という意識で語られます。つまり企業が成長するには、コンプライアンスを通じて「マイナスを防ぐ」ことは必要条件ですが、加えて十分条件として「プラスを伸ばす」必要もあり、ガバナンスはこれら両方を持続的に達成する仕組みだ、というわけです。

大崎:

 さまざまなステークホルダーの利害調整をするのがガバナンスの本質だ、というのはとても興味深い話です。日本のガバナンス議論では、よく株主の利益が強調されるのですが、必ずしもそれだけではないということですね。

武井:

 企業価値が上がればもちろん株主も得するわけですが、株主だけがいくら頑張っても企業価値を伸ばすのはなかなか難しいことです。そこはやはり経営の現場の方が頑張らないといけません。株主も重要なステークホルダーですが、企業価値というのは、いろいろなステークホルダーの意見を調整して初めて伸びていくのだと思います。

大崎:

 ガバナンス改革によって「稼ぐ力」を高めることは本当に実現できるものなんでしょうか。

武井:

 私は日本企業が成長していくには多様な価値観、多様なステークホルダーを受けとめることが大事で、そこをうまくやれば稼ぐ力につながっていくと考えています。

 日本企業をめぐる経営環境の変化は激しく、特にグローバル化とIT化への対応は非常に重要になっています。グローバル化については、日本と言語も価値観も全く違う人たちをどうやって成長の原資として取り込んでいくかが大きな課題となります。たとえば海外でつくるなり買収した子会社に、現地の優秀な経営陣に来てもらうには、国内大会ではなくオリンピックで戦っている覚悟が必要です。他の国の企業と競争して勝つためには、現地の多様な価値観も理解していないといけません。

 今回のコーポレートガバナンス・コードでも、多様な価値観を取り入れた柔軟な企業体になっているか自己診断する項目がかなり含まれています。特に、原則2-4では、経営を執行する「マネジメント・ボード」の多様性、補充原則4-11①では、執行を監督する「スーパーバイザリー・ボード」である取締役会の多様性について触れています。会社を中長期で成長させるために対応すべきリスク要因を見据えた上で、マネジメント・ボードはどのような多様性を備えるべきか、マネジメント・ボードで備えられなかった多様性をスーパーバイザリー・ボードでどのように補完すべきか、考えていただきたいのです。

大崎:

 今の話で私が特に大事だと思ったのは、今回のガバナンス・コードではスーパーバイザリー・ボードだけでなく、マネジメント・ボードの多様性についても目配りしているという点です。

 日本企業には、スーパーバイザリー・ボードに社外の人を入れて多様性を確保すればマネジメント・ボードは社内の人でいいのだ、といった受けとめ方も少なくないと感じます。しかし、マネジメント自体も多様性が大事だというわけですね。

武井:

 そうです。特に事業がグローバル化してくると、現地の人たちに外資系である日本企業を選んでもらわなくてはならず、マネジメントはクリアなメッセージを発していかないといけません。日本は、言葉にしなくても伝わる文化や空気がありますが、グローバルではそうはいきません。グローバルで成長するつもりならば変わらなくてはいけません。

監査等委員会設置会社の制度を活用するメリット

大崎:

 昨年の会社法改正では、機関設計の選択肢として新たに監査等委員会設置会社が認められました。既に240社が移行済みか、移行を表明しています。武井先生はこの制度の提唱者とも言える方ですが、企業はどのようにこの制度を利用していくべきだとお考えですか。

武井:

 私がこの新しい監査等委員会設置会社を提唱した理由は、会社法において規制緩和が必要だと考えたからです。

 今回この制度が導入されるまで、日本企業の機関設計の選択肢は、監査役設置会社と指名委員会等設置会社の2つしかありませんでした。

 前者は30年以上前の商法の時代に今の形がつくられており、取締役会がスーパーバイザリー・ボード機能(SB)とマネジメント・ボード機能(MB)とを兼ねることが強制されています。そのため、取締役会が、細かいMB事項の決議に追われ、SBとして会社の大きな方向性の議論をしたり監督の機能を果たすところに時間が割けなくなっています。

 一方、指名委員会等設置会社は10年前に導入された制度です。SBとMBとの分離を認めましたが、その条件として、指名、報酬、監査の3委員会すべてを社外取締役過半数とすることが義務化されています。つまり私からすると、監査役設置会社と指名委員会等設置会社の二択しか許されていないがんじがらめの規制なのです。欧米企業が素直に選択できているSBとMBとの分離の選択肢をつくるべきと考えて提言したのが、監査等委員会設置会社です。

 監査等委員会設置会社は規制緩和である分、企業が自社の成長できる機関設計のあり方を自分で考える責務を負った姿なのです。企業は、縛りが少ない分、自社のあるべき姿を「プラスを伸ばす」、「マイナスを防ぐ」という両面から自ら考えなくてはなりません。企業としての意思が問われる形態です。元々ガバナンスは、こうした自社を成長させる自律的意思にキモがあります。

大崎:

 一部に、監査等委員会設置会社では社外取締役を2名選任すればガバナンス・コードも法律の要求も満たすので、監査役会設置会社より社外役員の数を減らすことも可能だ、といった議論もありますが、そういう視点だけで機関設計を考えてはいけないわけですね。

武井:

 どのような動機で選んだ機関設計であっても、結局、ガバナンスの自律的意思は企業にとって必要です。

 法律でもっと細かく規定すべきだという意見が監査等委員会設置会社について聞かれますが、それでは30年以上前の監査役設置会社の姿に逆戻りするだけです。法律や制度で厳しく縛ってしまうことは、国際環境や外部環境がめまぐるしく変化する状況にそぐわなくなるだけです。

変化する株主総会の役割

大崎:

 先ほど、グローバル化とIT化への対応が重要になってくるという話がありましたが、IT化については、株主総会を電子化しようという話も出ていますね。

武井:

 グローバル化が進んでいく中、株主総会の手続きも、これまで郵便に頼っていた部分をITを駆使した形にしていくのは自然な流れでしょう。このIT化は会社法の問題というより、多様な株主、特に高齢者のかたを含む個人株主にどう対応すべきか、という問題でもあります。会社法では、株主とのやりとりは郵便で行うことを原則にしていますが、個人のITに対する馴染み具合を睨みながら対応していくことになるのでしょう。

 株主総会には、会社がさまざまな情報を提供する側面と、株主が会社の意思決定のために投票する側面があります。前者はIT化を進めやすいのですが、後者はなりすましなどがないよう正確に得票数を数えなければならず、それほど簡単な話とはなりません。国会の選挙も投票用紙は郵送の紙のままです。

大崎:

 私は株主総会について素朴な疑問をずっと持っています。今後、株主総会の電子化が進んだ場合、総会という会議自体にどんな意味があるのだろうという気がしてくるのです。事前に議題をみんな知っていて、投票結果も場合によってはだいたいわかっているとなると、わざわざ集まる意味は何なのでしょう。

武井:

 日本では、「総会には社長の顔を見に来る」という人がかなり多いようです。また会社側からすると、年1回どんな質問でも受けなくてはいけない場であり、トップがそこで説明責任を果たさなくてはいけないという意識が働いているのは良いことだと思います。

 株主総会はこうした規律を生んでいる側面もあるので、「ネット投票ですべて終わらせましょう」と言うと反対意見も多いと思います。

大崎:

 それは「もう票決は事実上済んでいる」といったこととは関係ないわけですね。

武井:

 そうです。

 ただご指摘の点を敷衍しますと、総会の物事を決める機能に関しては、今回のガバナンス・コードも踏まえて、もう少し先ほどのスーパーバイザリー・ボード(SB)に落としていかないと適正に回らないと思います。日本ではSBがまだ十分に見える化されていません。そのため現状では、物事を決める場が株主総会とマネジメント・ボード(MB)の2択になっています。欧米では、SBをしっかり機能させた3択の制度設計になっています。

大崎:

 なるほど。だから、総会の機能が多少弱くても、みんなそこそこ安心しているわけですね。

武井:

 SBを活用すれば、日本企業の攻めのガバナンスを含めた成長戦略にあたっても、いろいろ新しい効率的な制度設計が生まれます。SBのメンバーを選ぶのは、基本的に株主総会です。SBを活用することで、株主総会で何でもかんでも決める必要がないのが海外の姿です。欧米では役員報酬もSBに決める責務が課せられています。

 上場会社の株主はいろいろな動機の人が入退場自由の世界です。そういう状況で、多種多様な株主が議決権を行使したとき、自社の中長期の成長戦略に適う判断に至るのか、大半の資本主義国がそのソリューションにいろいろ悩んでいます。

 会社には株主以外のステークホルダーもたくさんいます。さまざまなステークホルダーが「この企業と中長期に付き合いたい」と思うような信頼のある企業の意思決定の仕組みをつくろうと考えたら、SBにはもっと活用余地があるはずです。

大崎:

 逆に言えば、マネジメントも株主総会の議決権行使に戦々恐々としたり、過敏に反応したりするのではなく、スーパーバイザリー・ボードにしっかり説明して了解を得ていればある程度自由裁量を持って行動できる、ということにもなりそうですね。

武井:

 そういう面もあります。

 今回のガバナンス改革を通じて、今はまだ株主総会でやっていることの一部をSBに移す環境も整備されていくでしょう。株主総会は何を決めるべき機関か、というのは今後さらに出てくる議論だと思います。

投資家に中長期の戦略を説明する意味

大崎:

 今後はこうしたガバナンス改革の趣旨を企業が理解した上でいかに実行に移すかが課題になりますね。

武井:

 私は、その際、企業が中長期的に成長するための戦略を明確に投資家に説明することが特に大事だと思っています。中長期の戦略が語られないと、投資家も中長期に株式を保有できません。「中長期の目線で投資できる投資家に株式を持ってもらう」という観点が重要になってきています。

 日本企業の多くは、企業理念と中期経営計画を持っていますが、その間を埋める5年10年のスパンの戦略があまり語られていません。「5年10年先にどうなっているかなんてわからない」からなのですが、それでは、辛抱強い資本、ペイシャントキャピタルを招き入れることはできません。もともと日本企業にはムラ社会の体質があり、終身雇用を前提としていることもあって、中長期の意識を持っていると思うのですが、それを外部に説明しきれていないように感じます。

 そして、企業がそうした説明をきちんとしたら、次は機関投資家等の側もそうした説明を理解できないといけません。スチュワードシップ・コードの本旨もそこにあります。特にアセットオーナーが中長期目線で企業を見るようになることが大事だと考えています。アセットマネージャーの方々がせっかく中長期に評価したいと思っても、アセットオーナーが目先の四半期業績などで一喜一憂して慌てふためいていては元も子もありません。

大崎:

 それと、中長期の成長を期待するのであれば、単純なインデックス運用から脱却してもらわないといけないのではないでしょうか。TOPIXに入っているだけで中長期に成長するわけではありません。

武井:

 そういう文脈で、JPX日経400その他いろいろなスマートベータを活用すべきだとか、もう少しアクティブ運用を増やすべきだ、という議論も出てきています。伊藤レポートでも紹介されていますが、銘柄選択などにコストをかけず運用の効率性を追求するアプローチの投資家ばかりでは、企業が一生懸命に成長戦略を語ったのに、ミスコミュニケーションとなってしまうでしょう。

大崎:

 今年はガバナンス・コードの初年度ですから、企業側も一生懸命です。しかし何年かたつと、「毎年一生懸命説明しているのに誰も聞いてくれない、対話しても相手に何も予備知識がない」といったフラストレーションが溜まってくる可能性もありますね。

武井:

 そこは企業と心ある機関投資家との両者が、車の両輪として取り組んでいかなくてはいけませんね。失われた20年を繰り返さないためにも、リスクマネーのよい循環につなげていってほしいと思っています。

大崎:

 ガバナンスの改善には企業と投資家が長い目で取り組んでいく必要がありそうですね。

 本日は貴重なお話を大変ありがとうございました。

(文中敬称略)