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イノベーションを妨げない規制のあり方

2014年12月

証券取引所が伝統的な会員制組織から営利を追求する株式会社へ衣替えを進めた結果、それまで取引所内で行われていた上場審査、上場管理、売買審査、考査といった自主規制業務の独立性確保が重視されるようになった。自主規制業務の独立性と市場運営会社との連携とを如何に両立させているか、10月に発表した「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」の狙いは何か、東京証券取引所と大阪取引所の自主規制業務を一手に担う日本取引所自主規制法人の佐藤隆文理事長に語っていただいた。

佐藤 隆文氏

語り手

日本取引所自主規制法人 理事長
佐藤 隆文氏

1973年 大蔵省入省。77年 オックスフォード大学大学院修了(M.Phil.)。98年 金融監督庁長官官房総務課長、2001年 金融庁総務企画局審議官、02年 検査局長、04年 監督局長。07年から2年間、金融庁長官。10年から一橋大学大学院商学研究科教授。13年 東京証券取引所自主規制法人(現 日本取引所自主規制法人)理事長に就任。2014年11月よりIFRS財団評議員を兼務。著書に、『金融行政の座標軸-平時と有事を超えて-』(2010年 東洋経済新報社)など。

大崎 貞和

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。1990年 ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。1999年 資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融審議会委員、規制改革会議委員などの公職も務める。著書に、「ゼミナール金融商品取引法」(2013年、共著)他多数。

取引所との連携と自主規制機関としての独立性

大崎:

 日本取引所自主規制法人は、従来、取引所の中で行っていた自主規制機能を、取引所が株式会社化する中で、「独立させたほうがいい」ということで設けられたもの、と理解しています。しかし独立性ばかりが強調されると、市場運営の現場との乖離が生じ、「現場の実情に即した規制」という自主規制の良さが損なわれてしまうといった見方もできます。

 その辺について、自主規制法人の理事長としてどのようにお感じになっていますか。

佐藤:

 まず世界に目を向けると、取引所の自主規制業務を担う組織は、国・地域によって多様であることが分かります。

 たとえばアメリカの場合には、近年、金融取引業規制機構(FINRA)という業界主体の自主規制機関が複数の取引所から委託を受け、横断的に行っています。ただし、私たちの言う自主規制業務をすべて行っているわけではなく、売買審査や証券会社に対する考査が中心です。上場審査や上場管理の部分は各取引所でやっていますし、開示の部分は証券取引委員会(SEC)がチェックします。つまり、いくつかの機関が分担して自主規制業務を行っているわけです。

 一方、イギリスの場合、政府の一部とも言える機関が、上場審査、上場管理、売買審査、考査などフル・レンジの業務を直接行っています。最近まで金融サービス機構(FSA)が中心に行っていましたが、グローバル金融危機後FSAは解体され、後継機関の一つである金融行為規制機構(FCA)が当該業務を担っています。当局が自主規制業務をすべて行うことで、ロンドン取引所のような市場運営会社は、純粋に営利追求企業として取引所業務を行っています。

 そして多くのアジアの取引所では、わが国でも比較的最近までそうであったように、取引所自身が一体的に自主規制業務を行っています。

大崎:

 世界的に見るとかなりバリエーションがあるわけですね。

佐藤:

 そうです。東京証券取引所(東証)の場合には、2007年に自主規制法人という組織をつくって、同じ企業の中ではありますが別法人として自主規制業務を担うようになりました。今の自主規制法人はそれを受け継いで、日本取引所グループ(JPX)という持株会社のもとで、東証、大阪取引所、そして清算機関である日本証券クリアリング機構(JSCC)と並んで存在しており、東証と大阪取引所の自主規制業務を一手に担う形になっています。

 このJPXのスタイルは、市場運営会社との連携・情報共有と自主規制業務の判断の独立性・中立性との両立を図った組織であり、世界でもユニーク、かつ極めて優れた組織ではないかと思っています。

大崎:

 具体的には、市場運営会社とは、どのような連携・情報共有を行っているのでしょうか。

佐藤:

 例えば上場審査や上場管理の業務では、今の制度ではうまく処理し切れない問題が出てきたときに、私たちから東証の上場部に、「考えてほしい」と頼んだりすることもありますし、逆に上場部のほうから「この制度はこういう趣旨なんだ」とアドバイスをもらうこともあります。

 また売買審査の面では、高頻度取引(HFT)、アルゴリズム取引など新しい取引手法に対応していく必要があります。こういった新しい取引においても、疑わしい取引を確実に探知し、それを分析して、評価する作業が必要です。探知するには、東証、あるいは大阪取引所のマッチング・エンジンである中核のコンピューター・システムと連携していかないといけません。そういう連動があるからこそ、高速取引への対応も可能になってきます。

 常に現状に満足することなく、将来どういう課題が出てくるかも先取り的に勉強しなくてはいけません。そういう勉強の時でも、市場運営会社の知見やアドバイスを聞くことは非常に大事です。

大崎:

 自主規制機関としてどのように中立性・独立性を保っているのでしょうか。

佐藤:

 まず、市場運営会社と同一グループにありながら別法人として存在している、というのが一つです。また最高意思決定機関である理事会の構成は、過半数が外部理事です。7名の理事のうち、理事長である私も含めて4名が外部理事となっています。業務上は市場運営会社とさまざまに連携しているわけですが、最終的には理事会において、自主規制業務としての判断の中立性・独立性を保っていく仕組みになっています。

大崎:

 人的な交流という点では、運営会社と自主規制法人の間でローテーションはあるんですか。

佐藤:

 はい。同じ企業グループの中にありますので、人事は持株会社JPXが統一的に行っておりまして、自主規制法人と運営会社や清算機関との人事交流はかなり活発に行われています。

プリンシプルの意義

大崎:

 10月1日に、「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」が公表されました。その策定の意図について教えていただけますか。

佐藤:

 そもそも論になりますが、不特定多数の市場参加者が存在する資本市場の規律づけにおいては、明文の共通ルールの存在が不可欠です。銀行や保険会社のような免許業種への規制とは異なるわけです。このことは規制の透明性、あるいは予見可能性のためにも不可欠だと思っています。

 しかしルールばかりに依存していると、新しい金融商品や取引手法が出てきた場合などにルール制定までにタイムラグが出ますし、ルールの隙間が生じたりすることも起こりえます。ルールですべてをカバーできるわけではないのです。

 また形式的にルールを順守することで、実質的には不公正なものに正当性の衣を装わせてしまうというケースも出てきます。また、個々にはルールに違反していなくても、そういう取引をたくさん組み合わせてトータルに見るとおかしい、といったスキームが横行するリスクもあります。こうしたリスクに対しては、ルールベースの枠組みとプリンシプルを組み合わせて相互補完的に活用すれば、隙間を小さくすることができますし、時代に後れを取らない、かつ実態に即した判断を可能にできます。そうすることで、実質的な公平性を高めることもできます。

 資本市場のルールには、必ずそのルールの存在理由にもなっている「社会に共通の利益」が存在します。プリンシプルのアプローチというのは個々の市場参加者の方々に、「そうした社会的利益をより明示的に意識してください」と訴えるものだと思います。ですから、一見新しいアプローチのようにも聞こえますが、今までなかったことをやろうというものではありません。

大崎:

 今までも当たり前のはずだったのに意外と認識されていなかったことを共有化するという感じですね。では、どういうふうにすればプリンシプルの実効性を確保していけるのでしょうか。

佐藤:

 こうしたアプローチは必ずしもすぐに効果が出てくるものではなく、時間の経過とともに資本市場全体の規範意識が高まることを期待するものです。プリンシプルに基づいた判断や取引の事例が広がっていけば、それらが市場慣行として定着し、中長期的には大きな効果を持続的に発揮できるのではないかと思っています。

 エクイティ・ファイナンスをやるときには市場仲介者としての証券会社、特に投資銀行業務に関わっている方々、それから法律事務所や会計士の方々が関わります。まずはそういった専門職の皆さんに意識を高めていただき共有してもらうことで、中核の部分からその効果がじわりじわりと浸透していけばよいと期待しています。

大崎:

 いきなり「これはプリンシプルに反するから認めない」とか「処分する」とかというのではなく、むしろスキームを考える現場で「ここはこのプリンシプルに抵触するんじゃないか」などとお互い指摘し合って、まっとうなスキームにしてもらおう、という感じでしょうか。

佐藤:

 そうですね。そこが一番の基本です。

 また、今回の「プリンシプル」では「ルール上の根拠なくプリンシプルのみに基づいて不利益処分をすることはありません」という但し書きをしています。

 ただし、どう見ても悪質だけれども、個別のルールにはなかなか該当しないというケースもあります。そのような場合には、取引参加者規程や上場規程などの中に、「市場の信頼を失墜せしめるような行為」であるとか「投資者の保護に欠けるような行為」といった包括規定がありますので、それに該当すると判断しつつ、同時に「プリンシプル」をよりどころとして自主規制上の措置を検討する、ということはあり得ると思います。

 それから本件に関して、もう一つ留意しておかなくてはいけないことがあります。日本の上場企業の大多数は順法精神の高い人たちで運営されていますので、この「プリンシプル」をルールと勘違いしてしまって、プリンシプルに沿って過剰な対応をされる可能性は否定できないと思うんです。

大崎:

 プリンシプルを文字通りに実行しようとして過度に萎縮してしまうというリスクですね。

佐藤:

 そうです。私たちは「プリンシプル」について、「ちょっと間違えてしまった」といった軽微な失敗に目くじらを立てる気持ちは全くないんです。そういう誤解はぜひ避けていただきたいと思っています。今回の「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」には4つの柱があります。これをチェック・リストのように活用していただければと思っています。「チェック・リストは全部OK」ということでしたら、むしろ自信を持ってエクイティ・ファイナンスの判断に進んでいっていただきたいです。

大崎:

 必ずしも、今までなかったやり方、新しいやり方を排除するものではないということですね。あくまで「プリンシプル」に沿った考え方に基づいて使われるのであれば、例えば、今までにない法解釈に基づいたスキームを組むというようなものでも試してみることはできるということですね。

佐藤:

 一般論として、資本市場の活力を維持していくためには、イノベーティブな発想は不可欠です。そういうことを考えていただく際に、この「プリンシプル」も意識しながらやっていただけたらいいと思います。

大崎:

 今回、エクイティ・ファイナンスについてプリンシプルをつくったわけですが、他にもいろんなプリンシプルを整備していくことはお考えですか。

佐藤:

 一般論として、エクイティ・ファイナンス以外の分野でもプリンシプルの必要性が高まってくれば、考えていくことはあり得ると思います。ただ、あまりプリンシプルが多くなり過ぎると、プリンシプルでなくなってしまう恐れがあります(笑)ので、次から次へ思いつきで増やしていくものではないと思っています。

大崎:

 最初にエクイティ・ファイナンスを取り上げた理由は何でしょうか?

佐藤:

 今回、エクイティ・ファイナンスに光を当てたのは、ノンコミットメント型のライツ・イシューの問題が直接のきっかけです。

大崎:

 ライツ・イシューについては、私も気になっていました。開示で対応するというのが今までのやり方だったと思いますが、開示されたとしても、もう取締役会で決まってしまっていて、既存株主からすれば開示資料を読んで「変な内容だな」と思っても、もういかんともし難いわけです。

佐藤:

 そういうケースが多いのです。開示を読んで参考になるのは、新株予約権を行使するかしないかということしかないんです。

 「既存株主の人たちに迷惑をかける」とか、「ゾンビ企業の延命策に限りなく近いのではないか」といったケースもあって、フラストレーションをかなり強く抱いておりました。新株予約権は上場されますので、上場開示のところでいろいろ注文をつけることで対応してきましたが、もう少しすっきりスクリーニングできないか、という問題意識がありました。

 われわれの問題意識は東証の上場部にも当然伝えてあり、上場部のほうでは、これを「上場規程」の改正という形で、明示的にノンコミットメント型に対する規制を強化しました。したがって、この問題に関しては、上場部の制度面での対応とプリンシプルでの基本認識の再確認という作業が同時進行したということになります。

グローバルな規制強化のトレンドをどう考えるか

大崎:

 日本の市場制度はこれまでアメリカやイギリスの先例に学んで市場の機能向上のために自由化を進める方向で整備してきました。ところが金融危機以後の欧米は、むしろ規制を強化する方向に進んでいる感じで、逆に日本ではアベノミクスで市場の活性化が盛んに唱えられ、リスクマネー投資を増やしましょう、という話になっています。

 自主規制機関としては「規制をどんどん緩めましょう」と言う立場でもないと思うのですが、今後の制度整備についてどのような考え方を採っていかれるのでしょうか。

佐藤:

 まずグローバルな規制強化のトレンドに関して、私なりの印象を申し上げます。

 世界の金融・資本市場は、制度設計の面でも、金融商品や取引手法の開発の面でも、それから金融業のビジネスモデルの面でも、アメリカとイギリスが、英語というグローバル共通言語をベースにリードしてきました。この基本的な構図は今後も変わることはないと思います。

 他方で、その成功体験が行き過ぎて、短期的な利潤や繁栄を追い求め過ぎた結果、大失敗を犯したのが先のグローバル金融危機だったのだと思います。市場と金融システムの混乱のマグニチュードはあまりにも大きく、実体経済にも深刻な影響を与えました。国民の生活にも相当深刻な悪影響が出て、米英を中心に激しい非難の声が湧き上がりました。

 米英の規制当局もその責任を非常に強く意識して、「現状を抜本的に変えなくてはいけない」というモードに至ったのだと思います。もちろん再発を防ぐという使命は極めて重要ですが、私には一方に振れた振り子が逆へ戻るプロセスのようにも見えます。その意味では行き過ぎた規制強化ということもいえると思います。

 その背景に何があったかですが、ここで一つ重要なのは、アメリカ、イギリスとも金融システム安定のために巨額の公的資金が使われたことです。今、グローバルに規制強化を進める中で、米英を中心とした規制当局の人たちは「似たようなことが次に起きたときに、公的資金を絶対に使わずにシステムを安定化させるにはどう制度設計すべきか」という問題設定で作業を行っています。「当局は絶対に金を使わない」という制約を自らに課してしまっているため、そうでない場合と比較して非常に強い規制にならざるを得ないのです。

 巨額の公的資金を使わざるを得なかったというのは、日本の90年代末の金融システム危機の時と同じです。日本国内でも非常に強い非難の声が湧き上がり、公的資金を使うことについて強い反発がありました。こういった非難の声は健全なことだと思いますが、95年の住専処理以降、世論の反発を意識し過ぎて、必要な公的資金の使用が遅れてしまったという経験もあり、それが教訓として残っています。

 そう考えると、日本の金融システム安定化のためのスキームは、さまざまな厳しい条件をつけていますが、最終的に「必要」と判断されれば公的資金を使う、という枠組みになっており、非常に優れていると思います。

大崎:

 むしろ、預金保険法を改正して、証券会社や保険会社も対象に加えたぐらいですから。

佐藤:

 おっしゃるとおりです。2013年の改正で、銀行等に限られていた対象を証券・保険という銀行以外のセクターにも広げて、セーフティーネットとしての守備範囲を広げると同時に、公的資金の使用については、限定的ではありますが、それを維持する仕組みになっています。その点では、非常に安定感のあるものになっていると思います。

 金融システムの安定というのは極めて重要な公共財ですので、その公共財が壊れかかっているときに当局が十分な対応をしないというのは、当局としての責任を全うしていないことになると思うのです。当局の責任を全うする上で公的資金の使用が必要なときには、使わざるを得ません。第一義的には関係する業界が自ら負担する、でもそれが無理な場合には税金を使う、というのは十分正当化されると思います。

 今、バーセルⅢに加えて、SIFIという「システム上重要な金融機関」に対しては、特別に高い水準の自己資本を積むということが求められています。更に、取引上の規制も厳しくなっており、相当窮屈な世界になっていく可能性があります。

 日本は、そのデメリット、副作用を強く意識し、対外的にもその旨を発言しています。日本は、先のグローバル金融危機でも、実体経済は相当ダメージを受けましたが、金融システムそのものは、米英に比べれば、安定度を維持しました。ですので、今の状況を客観的に見ることができます。

 更に、今の日本はアベノミクスの効果もあって資本市場が活性化しつつある状況です。日本にとって今の優先課題は、東京の資本市場が活力を持って持続的に発展していくことであって、JPXもアジアで随一の取引所になることを目標にしています。したがって私は、米英によって主導されている規制強化の流れとは一線を画した姿勢でいくのがいいと思っています。

 もちろんバーゼルⅢは多国間合議に基づいて定められるグローバルな規制ですので、ここは国際社会の一員として当然つき合っていかなくてはいけません。けれども、各国、地域ごとにやっている規制強化もありますので、そういうものには日本は冷静に対応する、ということでよいのだと思います。

大崎:

 下手をすると、活力が回復しないまま活力を抑えるほうにつき合ってしまうという、妙なことになりかねないということですね。

 本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

(文中敬称略)

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