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アジア金融ビジネスを成功に導く新視点

2014年02月

近年、アジア経済の拡大に伴い多くの金融機関がアジア進出を試みたが、高コスト体質を改善できず縮小・撤退する例も少なくなかった。UBSは、アジアビジネスの課題を克服するためにオペレーション戦略の転換を訴える。同行でアジア太平洋地域のオペレーション部門を統括するマーフィン氏に、UBSの考えるオペレーション戦略について語っていただいた。

語り手

UBS AG グループオペレーションズ
アジア太平洋地域リージョナルヘッド
アンドリュー マーフィン氏

JPモルガン、クレディ・スイスを経て、2000年にUBS AGに入行。主にアジア・太平洋地域のオペレーションズ部門で様々な役職を務める。2003年より、UBS AG 投資銀行部門のアジア・太平洋地域証券オペレーションズのリージョナルヘッド、その後、投資銀行部門の同地域のオペレーションズ リージョナルヘッドを経て、2012年より現職。

聞き手

株式会社野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部長
小粥 泰樹

1988年野村総合研究所入社。システムサイエンス部に配属となり、金融商品評価手法開発、金融機関向け有価証券運用提案などに従事。1993年6月よりNRIヨーロッパに赴任しリスク管理のフレームワーク構築に従事。金融ナレッジ研究部長、金融ITイノベーション研究部長等を経て、2011年4月に執行役員就任。2013年4月より現職。

オペレーション戦略を見直す理由

小粥:

 マーフィンさんは現在、UBSのアジア太平洋地域のオペレーション部門全体を統括されています。UBSでは近年、ミドルオフィス業務、バックオフィス業務などポストトレードのオペレーション・モデルの見直しに取り組んでいると聞いています。本日はまず、その背景についてお聞かせください。

マーフィン:

 金融危機後、多くの金融機関は大幅なコストカットを余儀なくされ、その結果オペレーション部門も含め大規模な人員削減が行われました。ところが2009年以降マーケットが復調してくると、今度は再び積極的な採用が行われるようになりました。われわれは、こうした採用と削減を繰り返すやり方は持続可能なモデルではないと考えました。

 加えて、規制強化の動きもありました。バーゼルⅢが議論され、米国ではドッド=フランク法が制定されました。こうした状況を受け、オペレーション部門を含む組織の徹底的な変革が必要だと思ったわけです。

 オペレーションは金融機関のコスト全体の中で、大きな割合を占めています。またトランザクションコストに占めるポストトレードのコストの割合も高まっています。ポストトレード・サービス提供のやり方を変えていかないと、組織全体の利益率も低下してしまうのです。

 現在、UBSでは利益率というものを非常に重視しています。これまではどの金融機関も「収益はいつでも拡大するもの」と考えていたため、コストや利益率についてそれほど気にしていないようでした。しかし今後はこれまでのような高い成長を望むことは難しいでしょう。規制強化によって、過去に利益が上がっていたビジネスも同様の結果を期待することは困難となるからです。ポストトレードのコストが増加していることや、金融業界をめぐる環境が根本的に変化していることを放置しておくのは、時限爆弾の上に座っているようなものだ、というのがわれわれの見方です。

小粥:

 多くの証券会社がアジア市場への進出を試みていますが、取引の非効率性に悩み、コストの負担も大きくなっていますから、そういったこともオペレーション全体を見直す動機になりますね。

マーフィン:

 はい。アジア地域では取引所や証券決済機関に支払う手数料が非常に高いこともあり、証券業務を営むのにかかるコストは米国などと比べても大きくなっています。これは残念ながら多くの市場が独占的で、健全な競争原理が働き難いためです。市場のフラグメンテーションも深刻で、市場ごとにすべてが異なり、市場間の連携もあまり見られません。

小粥:

 アジアは欧米と比べると専門知識を持つ人材も限られますね。

マーフィン:

 はい。過去数年を振り返ると、香港やシンガポール市場でさえそうした人材は限られていました。たとえば取引決済部門などでそうした人材を失ったときに、同じ職種で人材を再び獲得しようとすると25~30%の報酬の上乗せが必要になりました。アジアの成長とともにこのような現象が起き、他の地域に対するアジアのコストベネフィット上の優位性は縮小しています。

小粥:

 取引高はアジア全体で見ても、米国と比べてわずかです。国ごとではもっと小さくなってしまいます。

マーフィン:

 その通りです。ボリュームで判断する限り、「アジアを他の地域より優先すべき」、「マーケットごとにIT開発を行うべき」と主張する論拠を見つけ出すのは困難です。

 これらの市場では安いローカルベンダーがなかなか見当たらないことや、各地域のアプリケーションをたくさん抱えることで、ランニングコストが非常に大きくなります。そのため最終的にはアジア地域全体を視野に入れた戦略を策定しなければならなくなります。それぞれの国を別々に考えていたらビジネスプランを策定することは困難です。

小粥:

 日本の証券会社もまさに同じような問題に直面しており、アジアビジネスを見直す傾向があります。

マーフィン:

 過去2、3年、世界中の多くの証券会社がアジアでのビジネスを構築しようと試みました。大手も中堅もオーガニックな成長や合併によってアジア市場に参入しようとしましたが、非常に難しいようです。

 というのも、本格的にサービスを提供するとなると、発行市場にも対応しなければなりません。株式公開を手がけるには資本市場部門も必要ですし、質の高いリサーチ機能も必要です。ディストリビューションには非常に強力なセールス部門も必要ですし、アルゴリズム取引やダイレクトマーケットアクセス(DMA)にも対応しなければなりません。

 こうしたインフラをすべて自社で構築しようとすると、莫大なコストがかかります。初期の収益は非常に限られますから、そこへもし市場が低迷し取引高が落ち込んでしまうと損失は急拡大します。日本の証券会社もこうした課題にぶつかっているのではないでしょうか。

小粥:

 日本の証券会社がアジア市場に参入する際にはリサーチのコストも大きな負担となっています。自前のリサーチ機能を補完するKPO(知的業務委託)タイプのサービス活用は進んでいるのでしょうか。

マーフィン:

 KPO業務に参入するベンダーは増えていますね。幸いUBSの株式業務は規模が大きく、自社でリサーチ機能を持つことができますが、リサーチのコストをいかに賄うかという問題は常に存在します。

小粥:

 日本の証券会社は自前でリサーチ部門を抱えていますが、KPOサービスを利用すれば大きなコスト削減の余地があります。

マーフィン:

 われわれも定期的にKPOベンダーからアプローチを受けています。多数の企業にKPOベースのリサーチを提供しようとしているようです。こうしたサービスを必要に応じて購入すれば、リサーチを変動費化できます。KPOモデルのすばらしい点は、「必要なものに対価を支払う」というところにあります。何がコアビジネスで何が非コアビジネスであるかを理解すれば、もっと柔軟なビジネス・アプローチが可能になると思います。

オペレーション戦略の4つの柱

小粥:

 コアビジネスと非コアビジネスの峻別はUBSのオペレーション戦略につながるものですね。

マーフィン:

 UBSのオペレーション戦略は4つの構成要素で成り立っています。

 1つ目は、目の前の状況から一歩離れて抜本的にオペレーション・モデルを見直すことです。これは自分たちの業務プロセスやサービスを理解し、コア業務と非コア業務を明確に選り分ける作業です。こうした中からどのプロセスやサービスが本当に競争優位をもたらすか判断することになります。

 顧客は多くのポストトレード・サービスについてわれわれがうまくやることを当然のことと考えています。うまくやったとしてもアップサイドの評価はなく、そこからビジネスは拡大しません。ところが何か問題があるとビジネスを失うことになります。こうした比較優位をもたらさない業務は何が最も効率的かを考え、市場インフラの構築を目指して事業化するケースもあれば、アウトソースしてサービスを購入すべき場合もあると思います。

 2つ目は、主にロケーションに関するアプローチです。高コストのロケーションに人員を漫然と配置することはできません。われわれは世界中を見回してコストの低いロケーションを探したり、近隣国にアウトソースするニアショアリングの機会を探りながら、そうした地域で少数のITO(ITアウトソーシング)、BPO(業務アウトソーシング)のベンダーやカストディアンなどを選定し、戦略的パートナーシップの構築を目指します。

 3つ目は、サービスベースモデルへの移行です。現在ほとんどの金融機関で、オペレーションなどにかかる人件費は各事業部門に割り当てられチャージされています。しかしわれわれはこれをサービスの提供に対してチャージするかたちに移行させたいと考えています。そうすればオペレーション機能も1つのビジネスとして損益を考えることができるようになり、適正な競争やイノベーションも生まれるのではないかと思います。

 4つ目は、IT技術です。目的のワークフローを可能にする、拡張性あるエンジンを構築することが求められます。統合されたワークフローが実現できればダイナミックなマネジメントが可能になります。経営情報システム(MIS)によってその日の終わりや翌日ではなく、日中に意思決定が可能となるわけです。

小粥:

 今の第3、第4の点に関連して言えば、たとえば利用者が一部のサービスだけを選択できるようにするには、IT技術も柔軟に対応できるものでなければなりませんね。

マーフィン:

 はい。われわれはアジャイルで開発することでインプリメンテーションの迅速化を図っています。また約定確認、決済、記帳など一部のサービスを提供する場合にはITもオープン・モジュラー型アーキテクチャをサポートしたものになります。

小粥:

 コストセンターがサービスセンターになれば、オペレーションやITばかりでなく人々の見方や考え方も変わっていくのではないですか。

マーフィン:

 社内のカルチャーは大きく変わるでしょう。マネジャーやリーダーは、損益、サービス、経営に関する考え方を大きく転換しなくてはならないでしょう。総サービスコストの概念を用い、人件費だけでなくITなど他のコストも考慮して意思決定する必要が出てきます。

 また社員も、ただ言われた通り働くのではなく、一人一人が自分のビジネスを経営しているような意識を持つことが必要です。従来のやり方に慣れた人にとってこうした発想の転換は非常に難しいと思います。

小粥:

 オペレーションのカウンターパートの人たちを顧客と考えるのは非常に難しそうですね。

マーフィン:

 はい。ですから代わりに、そうしたスキルを外部から調達することもできると思います。内側からの働きかけだけではなかなか変えられません。社内にスキル開発のための研修プログラムを設けるとともに、外部からも人材を招き入れて補完すべきだと考えています。

小粥:

 外部のスキルを積極的に活用するUBSのオペレーション・モデルは、非常に合理的で現実的に聞こえます。

 一般的には、欧州系の金融機関はこうした最適化に積極的で、米国系は自前で揃えようとしているように見えます。

マーフィン:

 それについては文化的な側面があると思います。どちらが正しく、どちらが間違いというのはありません。米系企業は完全にコントロールを握りたい、自分の運命は 自分で決めたいと考えているように見受けられます。しかし私の考えでは、すべてを所有しなくても自分の運命は決定できると思います。

日本市場とシンガポールの違い

小粥:

 今回、UBSはNRIとアジア太平洋地域におけるポストトレード・サービスの提供について業務提携を始めたわけですが、UBSにとってはこれもオペレーション改革の一歩で、社外との協業に目を向けた成果と見てよいのでしょうか。

マーフィン:

 そうですね。アジアでは特に市場の仕組みを変えることが非常に困難なので、UBSでは社外に目を向け、外からわれわれをサポートしてくれる同じような志を持ったパートナーを探しているのです。

小粥:

 以前、UBSのアジアビジネスはシンガポールがグローバル・サービスのハブ拠点、シンガポールと香港が中心的なオペレーションセンターだと聞いたことがあります。

 最新の「ビジネスがしやすい国」ランキングによるとまさにシンガポールと香港が1位と2位で日本は20位にとどまっています。ロケーションの最適化を図る上でこうした要素も織り込まれているのでしょうか。

マーフィン:

 そうですね。アジア地域の規制は複雑ですので、ビジネスが難しい面があるのは確かです。しかしシンガポール、香港いずれの当局も規制あるいは規制緩和を通じて、企業が上場しやすく、海外からの投資を促進するような環境を作り、大いに成果を上げています。

小粥:

 日本とシンガポールの違いには「どんな市場にしたいか」という方向性の違いもあるように感じます。日本の規制当局はどちらかといえば安全性を、シンガポールの規制当局はビジネスや市場の活性化を重視しているように見えます。

マーフィン:

 シンガポールを訪れた人はビジネスを行う上で非常に安全な場所だと感じているようです。実際シンガポールは、データの安全性、顧客情報の機密性といった点で他の市場と比較すると規制が厳格です。シンガポールが決して完璧な市場というわけではありませんが、成長と安全性が両立可能であることを示しているように感じます。

小粥:

 最後に日本市場について伺いたいと思います。この1年ほど日本の株式市場は非常に活発になっていますが、日々のオペレーションや組織に影響はありましたか。

マーフィン:

 日本市場のトランザクションはかなり拡大しましたが、最小限のコスト増加で対処できています。またわれわれはコストの低い中国をデリバリーセンターとして活用を進めるとともに、NRIのI-STARを通じたSTP処理で大量の取引にも対応が可能となっています。

小粥:

 今後とも様々な場面で一緒に汗を流すことができればと思います。

 本日は貴重な話をありがとうございました。

(文中敬称略)