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IT革命と金融法制のパラダイムシフト

2013年12月

ITの進化は、様々なところでパラダイムの変革をもたらしている。資本市場の規模が拡大する中で、それら変革が与える影響やその範囲も従来とは思考を変えて考えていく必要がある。規制のあり方もその一つであろう。金融市場における法制度は、どのような方向に向かいつつあるのだろうか。東京大学法学部教授の神田氏に語っていただいた。

語り手

東京大学法学部 教授
神田 秀樹氏

1977年 東京大学法学部助手。82年 学習院大学法学部助教授。88年 東京大学法学部助教授。93年 東京大学大学院法学政治学研究科教授。金融審議会委員、法制審議会臨時委員などの公職を務める。著書に、「会社法」(第15版、2013年、弘文堂)、「会社法入門」(2006年、岩波新書)他多数。

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。1990年 ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年 資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融審議会委員などの公職も務める。著書に、「ゼミナール金融商品取引法」(2013年、共著)他多数。

過去20年の証券市場制度の変革

大崎:

 よく日本経済は「失われた20年」という言い方がなされます。その「失われた」という中には「何もしなかった」あるいは「なされるべきことがなされなかった」というニュアンスが含まれていると思います。しかし、少なくとも日本の証券市場制度あるいは会社法制については、「失われた」どころか随分忙しかった、変化の激しい20年だったと私は感じています。

 先生はどのように見ておられますか。

神田:

 この20年間を見ますと、会社法制も証券法制も会計法制も大きく変わってきました。また、日本に限ったことではないですが、制度の改正が頻繁に行われました。

 その原動力になっているのは、2つあると認識しています。一つは「現象面の変化」であり、もう一つは「パラダイムの変化」です。

 現象面は、一言で言うとIT革命です。IT革命を背景とする各国の資本市場規模の拡大、またそれをベースとする大企業間の競争の激化ということが現象面で出てきています。

 IT革命は2つの要素があると思います。一つは、広い意味でのコンピューター技術の発展であり、もう一つは、暗号技術等を用いたセキュリティ技術の飛躍的な発展です。また、金融工学が非常に発展しました。これらすべてを含めて「IT革命」と呼べると思います。

 資本市場の規模が急拡大し、大企業の競争が国境を越えて激化することは、伝統的な会社法制等ではあまり想定していなかったと思います。「事前手続規制」と呼んでいますが、会社法では、例えば、資金調達も手順を踏んで行うことが定められています。しかし、そういうものをそのまま維持していると、環境変化に追いつかず、企業の資金調達の足かせになって、結果として国の経済にもマイナスの影響を与えるといったことが出てきたと思います。そういうことを背景として、会社法制、証券法制、会計法制も大きく変わったと思います。

 第2の原動力は、「パラダイムの変化」です。特にこれは会社法制に当てはまると思います。会社法制は、法律家の中では「私法」と位置づけられ、「株式会社を中心として、会社を取り巻く関係主体の間の利害を公正に調整するルール」といわれています。しかし、大企業の競争が激化する中では、企業が成長し業績を上げ、その結果国の成長にも結びつく、そういう国の政策、経済政策に資する法制度として会社法制も位置づけられるべきだというようにパラダイムが変わってきました。

 この大きなきっかけは、97年から98年におきたアジア経済・通貨危機です。IMFやOECDから「経済・通貨危機は、コーポレートガバナンスに問題があったのではないか。法制度にも問題があったのではないか」ということが言われました。

 法制度を整備することで、危機が避けられるだけではなく、将来の国の成長に結びつくのではないかということが、国際的な公的機関によって言われ始めたのです。その影響力は非常に大きく、会社法制や倒産法制、会計法制といった基本的な法制度は企業が発展していくための重要なインフラであるという認識に変わりました。

証券決済制度の優先課題

大崎:

 「2つの原動力」のうちのIT革命に関連するものの一つに証券決済制度の改革があると思います。先生は早くから、振替決済について先端的な研究をされておられます。現状、日本のあるいは世界の証券決済制度をどう見ておられますか。また、ある時期、「T+3」から「T+1」へという決済期間の短縮が大いに議論され、また実務的な検討も行われましたが、最近はそういう動きがなくなっているように思います。この辺をどうお感じになっていますか。

神田:

 証券決済制度の整備は幾つか波があると思います。私は、2000年前後とリーマンショック後に大きなうねりがあったと考えています。

 2000年頃の波は、ITと密接に関わるものです。株や債券の取引は、昔は、基本的には有価証券という紙の受け渡しで成立していました。これはコストもかかるし時間もかかります。その上、リスクもあります。そこで、紙を移動させない方向に向かいました。紙を単に動かさない「不動化」ではなく、「そもそも紙は要らない。紙の代わりに、帳簿上の記載(ブックエントリー)でいい」という流れに全世界がなったのです。

 もう一つは、決済期間の短縮です。いわゆる、「T+1」とか「T+2」と言われている話です。決済部分だけではなく、すべてのプロセスを電子化するSTP(straight through processing)が謳われました。

 しかし、これらの道半ばにしてリーマンショックによる金融危機に見舞われました。

 ご存じのように、リーマンの破綻から2013年9月で5年が経過したわけですが、破綻処理はまだ終わっていません。これは、大きく2つの理由が考えられます。一つは、顧客の資産は分別管理されていたはずなのですけれども、それが分からなくなっている点。もう一つは、破綻処理の手続が国によって異なっている点です。

 その結果、リーマンショックの後、「T+1」「T+2」という話よりも、分別管理をきちんと実現することが優先課題として認識されたといってよいと思います。

 しかし、「T+1」を目指すということ自体は論理的に間違っているわけではありませんので、今後またそういう議論は出てくるし、問題意識は依然としてあると思います。

大崎:

 もともと改革の目的はリスクを管理し低減させるということだったので、その時々の状況に応じて力点が変わるということですね。

横断的、包括的な制度改革

大崎:

 先生が関わってこられた制度改革の中の大きな議論として、いわゆる横断的、包括的な投資サービス法制の整備がありました。結果として、2006年の改正で「証券取引法」が「金融商品取引法」と改められました。

 当時、確か「ホップ、ステップ、ジャンプ」と言われ、金融商品取引法は最後の「ジャンプ」には至っておらず、一種過渡的な法制であると言われていたと記憶しています。これについては、今後「ジャンプ」へ進むべきなのか、あるいは、進もうとしているのでしょうか。

 また、「ホップ、ステップ」と来たにしては、例えば和牛商法みたいなものが金融商品取引法では取り締まられないということが現実にあったり、あまり「包括的、横断的」には機能していないように見える部分もあります。

神田:

 まず、大きな議論ができる時期というのは、それなりの環境が必要で、それは毎年訪れるわけではないと思います。金融サービス法制の基になる議論は、1997年から98年にかけて「流れ懇談会」と呼ばれていた当時の大蔵省の研究会の中で行われました。

 1998年は、1996年に宣言された金融ビッグバンの法律面での集大成となる制度改革法が成立した年です。「流れ懇談会」では、ビッグバンになぞらえて、縦割りの制度を維持しながらビッグバンを行い、その後、縦割りを横割りにするビッグバン後のビッグバンをするという流れを検討しておりました。それをベースに、2000年に金融商品販売法が成立し、最終的に2006年に金融商品取引法まで来たわけです。

 金融商品販売法制を「ホップ」、金融商品取引法制を「ステップ(投資サービス法制)」という人がいます。そういう位置付けでいうと、「ジャンプ」は、銀行・保険等の分野も含めて横断的に一つの法律にした金融サービス法制ということになります。

 しかし、実際には、銀行商品分野や保険商品分野は今はもう隙間がないんです。今、隙間があるのは金融商品取引法制がカバーしている投資商品分野なのです。つまり、投資商品分野に隙間がなくなれば、ルールが横断化されることと同じですので、形上は「ジャンプ」とは言えなくても、実質的に「ジャンプ」は実現されるといえるわけなのです。

 ご指摘の和牛商法については、現在の金融商品取引法制の下でも政令指定によってカバーすることは不可能ではないと思います。ですが、所管官庁である金融庁に無限のリソースがあるわけではありません。その結果として、隙間が残ってしまっているのだと思います。

「和魂洋才」で金融市場に臨む

大崎:

 日本のこれまでの制度改革は基本的に、いわゆる先進的な市場を持っている国ということでアメリカやイギリスから学ぶことに力点を置いて進めてきたと感じます。

 金融危機後、欧米の制度改革の議論を見ていますと、規制緩和の考え方が受け入れられなくなっています。ボルカールールはその一例だと思います。日本人から見ると、規制を過度に強めつつあるのではないかと思える面もあります。日本は日本であるべき姿を自ら模索しなければいけない時代になっているように感じますが、その辺はいかがでしょうか。

神田:

 それは大きな問題であり、日本の将来にとっても非常に重要な問題だと思います。

 金融や資本市場は、日本が苦手とする分野だと私は思っています。理由はいろいろあると思いますが、一番基本的なところは、物作りと違って目に見えないものを扱っているところです。金融や資本市場の取引は取り決めです。異なる時点、時間を買うといってもいいですし、将来のリスクなりキャッシュフローを取引するといってもいいと思います。取り決めというのは約束事であり、残念ながら、グローバル市場での決め事の言語は英語であって日本語ではありません。

 2007~08年の金融危機の震源地は欧米です。欧米では金融危機を規制の失敗と捉えています。しかし、欧米の規制当局は「では、辞任します」にはならず、「規制を作り直します。自分たちがつくった問題だから、自分たちが解決します」と言って、今日の提案につながっているのです。規制当局の権限を回復し維持することが非常に重要な中心部分なのです。

 日本にとっては、受け身的な言い方をすると「迷惑な話」といえます。けれども、市場がグローバル化していることと、金融市場や資本市場がイコール欧米中心の市場であることとは動かない事実なのです。

 ですから日本は、グローバルな市場に参加する以上は参加料を余分に払うこととなるしかないのです。もう少し主体的にいえば「和魂洋才」です。うまくつき合いながら、日本らしさでいけるところは生かすということです。

大崎:

 例えば今、東京証券取引所と大阪証券取引所が合併してスタートしたJPXは、アジア・ナンバーワンの取引所を目指すと言っております。日本はアジアの中の先進国という意識が一般に強いと思いますが、一方で、シンガポールとか香港とか、英語で機能している金融センターがあります。アジアの中での日本市場、制度の立ち位置は、どのようになっていくんでしょうか。

神田:

 なかなか難しいところです。

 シンガポールや香港は英語の問題だけではなく、国を挙げて市場を大きくしようという政策がはっきりしています。決め事の世界ですから、税制が違うだけで競争条件に相当な影響を与えます。

 もちろんJPXを応援したい気持ちは強くありますが、基本的な立ち位置が非常に違う点にも留意する必要があると思います。

コンセンサスの醸成

大崎:

 最後に、日本市場および市場制度の発展方向について、どのような期待をお持ちですか。

神田:

 金融審議会のワーキンググループ等の議論を聞きながら感じることをお話したいと思います。

 私は、資本市場とか金融市場というのは本来自由なものであるべきだと思っています。ところが、自由と詐欺的または不正・不公正なものとは表裏です。

 日本では「これはやめましょう」ということについて必ずしも合意形成がなされていません。また、本来自由であるべきものについても、コンセンサスができていないと感じます。

大崎:

 コンセンサスができていないとおっしゃるのは、いわゆる参加者に限った話ではなくて、広く社会的にということですね。

神田:

 そうです。ですが、「参加者は特に」と言っていいと思います。

 例えば自主規制の議論をするときも、すぐ目の前にある問題を処理しようとして、「対症療法」と言いますか、局地戦になってしまうのです。

 各論の処理を通してでいいと思いますので、やっていいこと、悪いことのコンセンサスを作っていくことが必要だと思います。そうでないと、いつまでたっても思い切ったことができません。

 ただ、やはり決め事ですので、この線引きは日本が苦手とする一つなのかもしれません。「哲学」というのですかね。

大崎:

 おそらく、「悪い」と言う人も「いや、構わない」と言う人も、直感的に「そう思う」みたいなやりとりに終始してしまっていて、どういう論理で「いい」と思うのか、「悪い」と思うのかという、掘り下げた論理的な検討がなされていないのかもしれないですね。

 金融はまさに形のない「決め事」ですから、よほどしっかりした論理を考えて、いい悪いを区別しないと、建設的な議論になりにくいのかもしれません。

 そうすると、私は文化論というのはあまり好きではないんですが、よくいわれる日本的な感性というか、あまり論理を突き詰めることを好まないことと結びついてしまうのかもしれないと感じました。

 本日は多岐にわたるお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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