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新たな保険コンセプトへの挑戦

2013年09月

ペット保険に入ることで、ペットの医療費の負担を減らすことはできるものの、飼い主にとって最も望ましいのは、大事なペットが病気にならないことだ。保険会社は保険料を算出するにあたって膨大な情報を保有している。それを予防に生かすべきなのではないか。そう考えるアニコム損害保険の創業者である小森氏にこれからの保険について語っていただいた。

語り手

アニコム損害保険株式会社 代表取締役社長
小森 伸昭氏

1992年 東京海上火災保険株式会社(現 東京海上日動火災保険)入社。96年 経済企画庁出向。2000年 BSP(現アニコムホールディングス株式会社)を設立し代表取締役社長就任。2006年 アニコムインシュアランスプランニング株式会社設立後、2007年に損害保険業免許を取得しアニコム損害保険株式会社に商号変更。

聞き手

株式会社野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部長
小粥 泰樹

1988年 野村総合研究所入社。システムサイエンス部に配属となり、金融商品評価手法開発、金融機関向け有価証券運用提案などに従事。1993年6月よりNRIヨーロッパに赴任しリスク管理のフレームワーク構築に従事。金融ナレッジ研究部長、金融ITイノベーション研究部長等を経て、2011年4月に執行役員就任。2013年4月より現職。

リスク回避を促す保険

小粥:

 2008年にペット保険の営業を開始されたばかりですが、既に60%を超えるシェアを獲得しています。

 まずは、アニコムを始められた思いやその経緯をお話いただけますか。

小森:

 前職の損害保険会社から、経済企画庁に出向しておりました。その時に、各業態にどれだけ投資するとGDPに寄与するか、各業態が一国のGDPに対してどれだけプラスに寄与しているかという分析をしました。多くの業態は、その業態が伸びるにつれて、その一国のGDPにプラスに働きます。しかし、不思議なことに、またすごく皮肉なことに、保険セクターについては、保険セクターが伸びるとGDPに対してマイナスに寄与している国が多いんです。

小粥:

 それは興味深い結果ですね。

小森:

 これは、めちゃめちゃしょんぼりな話ではないですか。

 もちろん、マクロの経済分析は前提条件や分析手法によっていかようにも変えられるところはあります。ただ、他の産業に比べると、プラス寄与度が少ない、場合によってはマイナスに寄与しているわけです。

 爬虫類とか両生類が哺乳類に駆逐されていったように、業態自身が役割を終えているのではないか、と思ったんです。

 例えば健康保険でいうと、現在の出来高払いの制度では、過剰診療をすればするほど結果的に、医者が裕福になる仕組みになっています。そうなると、中には不要な診療を重ねる医者も出てこないとも限りません。そういった医者が真に心配しているのは、患者ではなくて自分のバランスシートなんです。

 もちろん、過剰診療を止めるような仕組みが、最近はだいぶできましたので、改善は図られています。

 需要者にも問題はあります。非常にデフォルメした例ですが、暴走族が、暴走行為に専念するために医療保険に入る、というのも有りなんです。暴走行為の途中で不運にも事故を起こしてしまっても、医療費がまかなわれるので安心して暴走できる、という理屈です。

 めちゃくちゃですよね。保険の果たす役割というのは違うはずです。

小粥:

 社長は、「保険は予防を推進すべきもの」というお考えですよね。

小森:

 保険料の算出は、病気にかかる確率や事故を起こす確率など、それぞれの確率に対して、それぞれに要する費用を積分し、それを現在価値に割り引いて算出されます。

 すなわちいろいろなデータを持っているんです。

小粥:

 保険会社はある意味、最もビッグデータを持っているところかもしれませんね。

小森:

 電気の流れを見ると、どれだけ漏電しているかが分かりますし、漏電に伴う火災事故が起きる確率も分かります。それと同じで、カーナビを利用して、個々人の活動のパターンを分析し類型化することで、事故を起こす確率が見えてきます。同じ因果関係が認められれば、早めに伝えることで、その人のリスク回避的な行動を促すこともできます。

 リスクに対するアドバイスそのものが保険証券になるべきだと思うんです。

小粥:

 加入者の幸せと保険業界の発展が同じベクトルに向かうようにするという考えは素晴らしいと思います。これを実現していこうというときに、難しさや課題はありますか。

小森:

 伝統的な「保険」には全く想定されていない概念だと思います。

小粥:

 「保険」としては難しいということですか。

小森:

 多分、「保険」ではない別物になると思います。

 保険というのは、事故が起こるかどうかは所与の要件で、あとはそれに応じることが役割です。動的ではないんです。

 アドバイスによって確率が変わり、それによって保険料が変わります。保険料がメッセージとなってお客様の行動が変わるので、ぐるぐると循環します。先ほど申し上げたような自動車の事故を削減するということは、保険者自身がプレーヤーになって確率因子を乱すことになります。そのダイナミックな保険料構造は、まだ保険業界では試したことはないんです。

小粥:

 実走距離に連動した自動車保険のPAYDや海外では運転特性に連動した商品が出てきています。NRIでも実証実験を行っていますが、こういった動きは、ある意味、社長が実現したい方向の流れということですね。

小森:

 おっしゃる通りです。

 例えば、保険がなかった国に、自動車保険が普及し始めると、自動車事故は増えるんです。

 それと同じことが日本のゴルファー保険で見られました。ホールインワンの保険がでた途端に、一般ゴルファーの腕前が上がったわけです。

 そもそも保険は、独立したものではなく、何らかの作用を及ぼしているのは事実です。それを真に受けとめて動的な保険に切り替えるべきだと思います。

 保険業界は歴史が長く、規模も大きいため何か新しいことを思いついたとしても、構造的にチャレンジがしにくい環境になっているのかもしれません。

 偶然に、われわれはペット保険から始めたため、少人数でダイナミックな意思決定をすることができました。

小粥:

 構造がそうなっているとすると、新しい試みができるかできないかは個々の会社次第ということですね。

小森:

 実際にその差が明確になって、保険会社もダイナミックなイノベーションを起こさないと駄目だというメッセージが伝わると、多分行動できると思います。

 世の中にリスクはありますが、今の保険会社の構造では保険会社にリスクはないんです。

小粥:

 そういった構造に風穴を開けようと、新しい会社を設立し、ペット保険を始められました。この先、どのようなビジョンをお持ちですか。

小森:

 保険の観点にたつと、ペットに限らず、不確実性のあるものは基本、全部一緒です。

 まずは、ペット保険で自分たちが考えていることが合っているかどうか、枠組みを検証したわけです。保険業態として、これだけの期間で収益を出せるようになっているというのは、自分たちの経営戦略が一定程度は合っていたのだと思います。

 ペット保険に関しても、まだヒンターランドがありますから、そこを攻めるとともに、同じような方法で、火災保険などについても、許される中で少しずつやっていきたいと思っています。

小粥:

 ペット保険は、その一歩にすぎないということですね。

小森:

 株式と同じかもしれないです。リスクの形質は銘柄の違いです。「ペット」は一つの銘柄。ペットも自動車も火災も、保険の仕組みは一緒です。不確実なリスクを統計計算して平準化して、保険料を算出する。ボラティリティの波形は微妙に違いますが、みんな正規分布をしています。

価値創造が企業の社会的使命

小粥:

 個々人のDNAを解析して、がんの可能性の確率を出せるまでに科学が進歩する中で、保険の役割は変わってくると思いますか。

小森:

 ミクロベースでは違うかもしれませんが、総論でいくと、多分何も変わらないと思います。

 例えば、まだ文明が発達していない頃は、伝染病、感染症にかかって、30歳ぐらいで死んでしまう人が多かったわけです。その頃と比較して、われわれはとんでもなく健康投資しています。界面活性剤できっちり手を洗って、頭を洗って、体重を管理して、食事制限をして。

小粥:

 健康でいられる可能性をコントロールしていますね。

小森:

 しかし、病気の種類は違ってきてはいるものの、現代のわれわれの方が十二分に病気をしていると思います。

小粥:

 科学の発展によって、不確実なものが減っていく、すなわち病気がなくなるのではないか、といった科学史観とは異なりますね。

小森:

 病気への感応度が変わるだけだと思います。例えばシラミがわいていても、特に何とも思わなかった時代もあったと思いますが、今は違います。絶対に気持ちが悪いですよね。

小粥:

 嫌だと思う対象が変わるだけで、その嫌なものはすべて保険の対象になる。昔は「損害」とならなかったものも、現代では「損害」になるということですね。

小森:

 宗教論争ではないですが、われわれは神様を超えることはできないので、必ず人間には何かしらの乗り越えるべき試練が残ると思っています。個々人では堪え切れないような試練を、群れでカバーし合うという保険の概念そのものは、どれだけ科学が進歩しようとも変わらないと思います。

小粥:

 保険の役割がなくなるかもしれないと心配する人がいる一方で、社長のような信念があり、それがアニコムのビジネスモデルをつくりあげているように感じます。

小森:

 職業観の違いかもしれないです。素晴らしい職業というのは自分自身の職業を無価値化することだと思っています。今まで作り上げてきたものを無価値化し、次の価値、次の職業をつくっていくことが、本来、社会分業をする者の務めだと思っています。ですから、独占的な職業が、そこから得られるマージンに安住しているとするならば、それは社会分業のルールに反しているというのが私の考えです。

小粥:

 社会分業をなしていると思われる事例はありますか?

小森:

 電卓が好例だと思います。電卓一つで何十万、何百万円もした時代がありました。カシオ等は今、非常に安い価格で電卓を提供してくれています。電卓を安く製造する過程で得た技術で、次の領域をつくっていった訳です。めちゃくちゃ格好いいです。

 「電卓でもうける」で終わっていたらプロではないんです。

小粥:

 社会を変えていくことに貢献していく役割が企業の在り方だということですね。

小森:

 はい。それが人間の役割だと思うんです。

小粥:

 社長が考えていらっしゃるような、いろいろ分析してそれを他の商品に展開していく考え方は、ちょうど「ビッグデータ」という時流を得て、発想がいくらでも広がる可能性を秘めているように感じます。

小森:

 おっしゃる通りだと思います。ただ、現実にできることは物理的には限界がありますので、それこそ欲をいかに律するかでしょうね。やりたいことすべてに手を出したら何もできませんので、自分たちの個性に合ったところに特化していくのがよいと思います。

小粥:

 実現可能性を抜きにすると、いろいろなところにセンサーがあります。それこそ、トイレは健康のバロメーターを測るセンサーになり得ます。優先順位のつけ方が難しいぐらいに可能性は広がると思います。

 社長からすると、あらゆるデータを全部突っ込んで、相関をとりたいのではないですか。

小森:

 まずは因果関係を全部とって、その後で基礎的なモデルに合うものを抽出するのがいいと思っています。

小粥:

 会社として何か対応されていることはあるんですか。例えば、大学と共同研究などもされているんですか?

小森:

 共同研究は積極的に取り組んでいます。保険会社のIRに、論文数世界一と書けたらいいですよね。場合によっては「この病気の発症率を低下させた」とか「衝突事故を減らした」ということをIRの指標にしたいですね。

 そうなれば、国富というか社会的利益は明らかに増大します。

小粥:

 『どうぶつ白書』を出されているのは、そういった試みの一つということになりますね。

 社会貢献と実際の会社の価値がこれだけ近いところで実現させている経営者は珍しいと思います。

小森:

 小さい頃から、「お金って何だろう」と考えていたんです。

 お金とは恐らく、生命体の活動の中で、分業から生まれたコミュニケーションにおける「ありがとう」を計量可算価値化したもの、具現化したものだと思っています。交換し合うことで、「ありがとう」の循環の効率が高まります。それが経済活動であるとすると、社会貢献も一緒であると思います。

企業とITは同じ生命体

小粥:

 アニコムでは、IT活用に力を入れていると聞きます。

小森:

 全社員ITマン、全社員アナリストといった教育をしています。

小粥:

 全社員ITマンとは、具体的にはどのようなことをされているのですか?

小森:

 直接的には、入社すると、自分で使うパソコンは、「これがハードディスクドライブだ、これがCPUだ、メモリーだ」ということを学べるように、自分で組み立てるような研修をしています。

 また、基幹システムも社内でつくっています。実際につくるのはIT部門ですが、各人がリクエストを出せるようになっています。基幹システムは共通の生命体だと思っています。われわれが共有で生んだものであり、自分達は共通の親で、この子供を一緒に育てようといった感覚です。有機生命体みたいに思っています。

小粥:

 子供を育てていくという感覚からすると、ITは、単なる業務効率化としての存在ではなく、アニコムの戦略を実現させるためのものという位置づけになりますか。

小森:

 もっと激しいかもしれないです。法人そのものです。例えばLANケーブルを踏むと、「あ、痛っ」みたいな感じを持っているということです。

小粥:

 体の一部になっているということですか。

小森:

 法人格が代表して、お客様と保険契約を締結し、保険金を支払って商売しています。けれども、法人活動を支えているのは、腎臓であったり目であったり大脳であったりします。それらを統合するのが基幹システムという中央神経系で、LANケーブルはわれわれ法人の意思伝達をしています。ですから、「あ、痛っ」になるんです。

小粥:

 会社を生命体として考えているところも面白い発想です。

 小森ワールドとも言える独特の世界に引き込まれてしまいましたが、社会的使命と企業活動のベクトルを一致させたいとする理念が一貫していることが印象に残りました。

 本日はありがとうございました。

(文中敬称略)

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