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国際標準作成の当事者たれ

2013年07月

リスクマネーに国境はなく、投資家はグローバルに投資先を探し求めている。一方で、企業が開示する財務情報も、その基準に国際標準であるIFRSを採用する動きがグローバルに広がっている。日本においても、IFRSを任意適用する企業を増やすための議論が活発化しているが、そもそもどういうスタンスで臨むべきか。国際組織であるIFRS財団のトラスティをつとめるほか、住友商事のCFOとしてグローバルに数多くの投資家と対面してきた島崎氏に語っていただいた。

島崎 憲明氏

語り手

住友商事株式会社 特別顧問
島崎 憲明氏

1969年 住友商事入社。米国住友商事(NY駐在)、主計部長などを経て、1998年取締役就任。2005年より代表取締役副社長執行役員を務め、2009年より特別顧問。2009年にIFRS財団評議員、2010年に公益財団法人財務会計基準機構(FASF)の評議員に就任(2011年より理事)。これまでに、経団連において資本市場部会長、企業会計部会長を、金融庁において企業会計審議会委員、金融審議会委員・部会長代理を務める。この他、一般財団法人会計教育研修機構理事、日本証券業協会公益理事・自主規制会議議長。

小粥 泰樹

聞き手

株式会社野村総合研究所 執行役員 金融ITイノベーション事業本部長
小粥 泰樹

1988年野村総合研究所入社。システムサイエンス部に配属となり、金融商品評価手法開発、金融機関向け有価証券運用提案などに従事。1993年6月よりNRIヨーロッパに赴任しリスク管理のフレームワーク構築に従事。金融ナレッジ研究部長、金融ITイノベーション研究部長等を経て、2011年4月に執行役員就任。2013年4月より現職。

IFRS任意適用の企業を増やす

小粥:

 島崎様は、国際財務報告基準(IFRS)の導入の促進を図る国際組織であるIFRS財団のトラスティとして活躍され、日本企業へのIFRSの適用にご尽力されています。

 他の国々に比べて日本のIFRS適用の進み方について、どのように見ていらっしゃいますか。

島崎:

 私は、2008年に経団連の企業会計部会長になり、2009年にIFRS財団のトラスティに就任しました。その当時からIFRS導入に向けた活動にずっと携わっています。

 2009年6月に金融庁が公表した中間報告(※1)で、日本企業のIFRSの任意適用が認められました。その中間報告では、任意適用後の強制適用に向けたロードマップも示されています。これは、アメリカのSECが、IFRSの導入についてのロードマップを示したことに背中を押された面もありますが、金融庁自体が極めて前向きに取り組んだ、という印象を持っています。私は非常に画期的だと思いましたし、世界各国も多少の驚きを持ったようです。

 その当時、経団連、日本公認会計士協会、東京証券取引所、日本アナリスト協会など日本の会計関係者いずれもがIFRSに対して前向きに捉えて、適用の方向で考えるべきであるという意見を持っていました。中間報告は、当時のオールジャパンの総意として方向性が出ていたと言えます。

 ヨーロッパがIFRSを導入した、それから英連邦のオーストラリア、ニュージーランド、香港、カナダがIFRSを強制適用した、あるいは導入を決定した。その後に、中国をはじめとしたアジア地域、ブラジルなどの南米地域、更にはアフリカ諸国がIFRSを導入する方向への動きがありました。「このままでは日本は取り残されてしまう」という危機感を共有し、国際的な資本市場における日本のプレゼンスの問題、日本企業の競争力を考えた場合、国際標準を日本に導入する必然性をみんなが理解したわけです。

小粥:

 しかしその後、その方向が変わってしまったわけですね。

島崎:

 2009年夏に政権交代があり、IFRSに対して慎重或いはネガティブだった人たちがいろいろな働きかけを行い、ロードマップのスケジュールを延期させる方向に動きました。更にそれが、震災後の2011年6月における金融担当大臣の「ロードマップの見直し」発言につながったと思っています。

小粥:

 今から振り返ると、その時が「底」だったのだと思いますが、当時は時計の針が戻されてしまったという不安感が大きかったのではないでしょうか。

島崎:

 そうですね。ですので、私の思うところを、企業会計審議会での発言や雑誌への寄稿、講演会やセミナーの講師を通して訴え続けました。

 昨年末に政権交代があり、ここにきて、雰囲気が変わってきたと感じています。企業会計審議会での議論が再開されたり、いろいろな動きが出ています。

小粥:

 今は任意適用という位置づけですが、最終的には強制適用が望ましいのでしょうか?

島崎:

 私はかねてから日本のIFRS導入の最終的なゴールは強制適用だと思っています。

 日本には、日本基準、US基準、IFRSと複数の会計基準がありますが、投資家にとっては比較ができるシングルセットの基準であった方が好ましいわけです。

 そもそもIFRSの「RS」は、「Reporting Standards」です。誰にレポーティングするかといったら、企業のステークホルダーです。中でも、最大のステークホルダーは投資家(株主)ですが、投資家は、リスクマネーをどの国のどの会社に配分するかを判断しています。例えば、日本の会社に投資したい時に、A社は日本基準、B社はUS基準、C社はIFRSという状態では単純な比較は難しいですし、海外の同業他社と比べることも難しく、日本の会社自体が投資対象にならないかもしれません。

 一昨年、IFRS財団では戦略レビューを行いました。この中で、10年先のミッション、ゴールについて話し合いました。ミッションは明確で、シングルセットでハイクオリティな基準を作り、それを世界の市場できちんと使っていく。一つの統一された解釈の下に推進していくということです。

小粥:

 そこがゴールだから、ぶれてはいけないわけですね。

島崎:

 日本においてもピュアなIFRSを導入すべきだと考えています。しかし、それをいきなり持ち込んで使用することを強制してもついてこられない会社が出てきます。プロセスを踏んでいく必要があります。IFRSの適用について上場会社すべてを対象とせず、対象企業を絞るのも導入をスムーズに行い適用企業数を増やす工夫の一つです。

小粥:

 基準そのものを調整するのではなく、例えば、国際的に業務を展開し、ファイナンスをしている企業には適用していく、ということですね。

島崎:

 そういう企業には最終的に強制適用する形が、現実的な解の一つではないかと思っています。

 ただし、今の状況を考えた時、もうワンステップおく必要があります。それは、任意適用する企業の数を増やしていくことです。

小粥:

 任意適用を表明している企業はどのくらいあるんですか。

島崎:

 経団連の調査では60社ぐらいが準備をしています。その60社の時価総額を合計すると75兆円規模で、韓国の時価総額の4分の3に相当します。もちろん、これで十分というわけではありませんが、存在感はあります。

 今は、任意適用するにも、資本金20億円以上の海外連結子会社を有しているなどの一定の要件を企業はクリアする必要があります。そういった要件を外せば、もっと手が挙がると思います。

小粥:

 金融機関の場合には、業法で定められた開示にも対応していかなくてはなりませんので、なかなか難しいところがあります。

島崎:

 そのあたりも検討頂ければ、金融機関におけるIFRS使用も増えると思いますので、是非お願いしたいですね。

 任意適用の先には強制適用があります。トップ300社でも構いません。「300社は強制します。その他は任意です」と。日本のトップ企業300社が強制適用していれば、投資家にとって比較対象がぐっと増えます。

 もちろん将来的にはIFRSを適用する企業が更に増えることが望ましいのですが、300社くらいが使い始めれば、適用する企業はおのずと増えていくことになると思います。

 そのときに、もう一つの問題となるのが「どういうIFRSを入れるか」です。例えば、中国では中国の会計ルールをIFRSに合わせていこうとしています。しかし、中国の経済状況等からどうしても受け入れられない基準については、中国基準を残すとしています。さらに、将来、IFRSが中国の基準に合わせてくれればフル適用になる、とも言っています。

 日本においてもそういう考え方が一つあるのではないかと思います。現在、日本で任意適用しているIFRSはピュアなIFRSです。しかし、任意適用を広げていくには受け入れ難い一部の基準を適用しない(カーブアウト)という選択肢があっていいと思います。

 欧州では、一部基準のカーブアウトを認めていますが、一部基準をカーブアウトしたIFRSを使っているのは、全体の0.3%位(8,000社のうち20社程度)で少数派です。日本でも当分の間はピュアなIFRSと一部カーブアウトした基準との並存を認め、企業に選択させた方が良いのではないかと思っています。

 日本においては、「この基準を直してくれたらIFRSを使う」という企業もありますので、カーブアウトを認めることでハードルを下げ、IFRSを使う会社を増やしていくことが先決です。

 そしてその間に、日本はIFRS財団や国際会計基準審議会(IASB)と協議したり会計基準諮問フォーラム(ASAF)で議論したりすることを通して、IFRS自体の見直しがなされればよいのではないかと思います。

小粥:

 政権が代わったことで、そういった議論が少し現実味を帯びてきたといえるのでしょうか。

島崎:

 自民党の日本経済再生本部が、5月10日に中間提言を取りまとめました。その中に「金融・資本市場の魅力拡大」という項目があり、更にその中で「英文開示や国際会計基準の利用の拡大」が謳われています。世界標準の情報を海外発信することによって今までの情報不足を解消し、海外投資家に日本市場をよく知ってもらう、という意図です。

 また、提言の中に、東証に「グローバル300社」インデックスを創設するという内容が盛り込まれています。ROE、海外売上比率、海外投資家比率、独立社外取締役の投入、IFRSの導入など、経営の革新性等の面で評価が高い「グローバル300社のインデックスを創設する」というものですが、組入れられる条件の一つが、「IFRSの導入」なのです。

小粥:

 自分の会社が国際的なインデックスに組み込まれるのであれば、IFRSを使うインセンティブがわいてくると思います。

島崎:

 外国の投資家を日本に呼び込むという意味からしてもとてもクリアなメッセージが出ると思います。

IFRSの基準作りへの参加

小粥:

 IFRS財団のアジア・オセアニアオフィスが、昨年、東京に開設されました(※2)。これは、IFRSを日本企業に導入するだけではなく、IFRSの基準そのものに日本が積極的に関わっていくという意志が行動で示されたと感じています。

島崎:

 国際的なルールは誰かが作っているわけです。

 1980年代後半から90年代にかけて、「Japan as number one」と言われた頃は、日本は潤沢なお金をもって世界を席巻していましたので、日本の特殊性に対してある程度考慮してくれたでしょうし、日本が参加しないと話が始まらない、という状況でもありました。

 ところが、この10年を振り返ってみると、日本経済の停滞が続いており、GDPの伸びは鈍化しました。この間、アメリカは大国で頑張っている。ヨーロッパは多くの問題を抱えながらも、欧州連合をつくってアメリカと拮抗する力を持った。アジア・オセアニアの諸国も伸びている。中東もロシアも成長著しい。日本だけが成長できていません。

 そのような中で、日本が参加しないところでルールが決まって、最後にそれを使わざるを得ないという状況に追い込まれることを心配しています。時代が変わっているのです。

 日本は、国際的なルール作りにおいて、積極的に関与する必要があります。場合によっては、「日本が参加するために、サポートしてくれよ」といって近隣諸国に働きかける必要もあります。今までのように床の間の前にどんと座っていて、お声がかかるのを待っていても、何もやって来ません。

小粥:

 日本は、それを自己認識するのが少し遅れたということですか。

島崎:

 そう思います。

 IFRS財団のアジア・オセアニアオフィスを東京に招致することも、10年前だったら恐らく、自然体で「まあ日本だろうな」と決まっていたと思います。

 今は状況が違うのです。日本が動かなければ、恐らく中国や香港、シンガポールに持っていかれたかもしれません。日本は最後まで中国と争いました。中国は自国にオフィスを設置するとの方針を明確に持っており、交渉は長引きました。日本でもその重要性が理解され、政官財を挙げて動いたからこそ今回の招致を勝ち得たのです。日本ではまだIFRSの導入企業は5月末の時点で13社ですが、IFRS財団への資金拠出は10年前から継続して行っています。東証一部上場会社の99%、大証一部上場会社の94%は財務会計基準機構(FASF)のメンバーになって、そのメンバーシップフィーの一部をIFRS財団に拠出しているわけです。こういうことを強く訴えました。

小粥:

 国際基準の作成に積極的に関与していくという意味においてTPPにも通じるものがあると思います。

島崎:

 われわれ商社のような国際的にビジネスをやっている企業からすれば、TPPに参加することに意義があるとは思います。一方、TPPを懸念している人たちがいるわけで、それに対してどうケアするか、これは一つ大事なことです。

 IFRSの導入もそうでしたが、誤解して反対している人や慎重になっている人が結構います。例えば「時価会計一辺倒だ」とか「メーカーの固定資産まで時価会計にするような基準だ」といった誤解です。

 去年11月のアジア・オセアニアオフィスの開所式の時にIASB議長のハンス・フーガーホースト氏が記念講演を行いました。彼は、IFRSに対する誤解が10個くらいある。それは日本だけではなくてどの国にもある。その中に、日本での典型的な誤解が4つあるという話をしました。誤解を生む素地があったことは確かですが、今は既にそれらの誤解は整理されて解決しているということを、講演だけではなく、東京にいる間に様々な会合で繰り返し話をしていました。理詰めで説得するのではなく、何度も説明する姿勢が重要ですね。

 TPPについても、確かに農業は大変になるかもしれません。しかし、すべての農家がそうなのかということです。日本の農産品は、その品質の高さで海外から高い評価を得ています。国全体で、品質の高い農業を目指すことで、例えば農業の産業化が促進され、付加価値を加えていくことができるのではないかと思います。

小粥:

 日本の農産物は、品質やおいしさに高い評判がありますが、産業化することでさらに競争力を高めるということですね。

島崎:

 そういう方向も大事だということです。そのためには補助金もある程度要るかもしれません。

 これからTPPに参加する日本が、ほとんど決まっている基準を変える余地は余りないかもしれません。遅きに失しているところもありますが、それでも参加を決めただけまだよかったと思います。

投資家とのコミュニケーション

小粥:

 企業は情報開示のためにコストをかけていますが、企業と投資家のコミュニケーションがうまくいかないと、投資資金は回らないし、開示している情報の意味もあまり成さなくなります。

島崎:

 日本株の外国人持ち株比率は3割を超えており、出来高は外国人が5割に達しています。今回の上昇局面において、外国人の貸し越しが8兆円あるとのことです。すなわち、外国人投資家の存在は日本のマーケットの株価形成にとても影響があるわけです。株価によって、会社のファイナンスの方針も変わってくるでしょうし、企業の評価も変わってきます。

 ただ、外国人投資家といってもいろいろな投資家がいます。ヘッジファンドのような短期投資家もいれば、カルパースやTIAA-CREFといった超長期で年金資金を運用する機関投資家もいます。その中間ぐらいに位置する投資家もいます。

 企業としては、長期で持ち続けてくれる投資家に株主になってほしいとは思いますが、投資家を選ぶことはできません。企業ができるのは、投資家に企業の状況を正しく知ってもらうことです。これはまた企業の義務でもあります。会計ルールや開示ルールに従って決められた企業情報を提供していればよいわけではなく、投資家とのリレーションをフェース・ツー・フェースで持つことがとても大事だと思います。

 業績が悪い時は、正直投資家に会いたくありませんが、そういうときこそ投資家とのコミュニケーションが本当に大事なのです。「今はこういう状況で、事業の見直しを行っている。コスト削減もリストラもやっている。この成果は来年、再来年に出てきます」と、悪い時は悪い時なりの話をきちんとして会社のファンになってもらう。その積み重ねが、長期に株主になってもらえるかどうかにつながってくると思います。

小粥:

 中長期の投資家があまりいないということが問題意識としてよく聞かれますが、だんだん増えてきていると感じていますか。

島崎:

 そうですね。特に外国人株主は短期で入れ替わる傾向が強いとの印象を持っていますが、最近は中長期の株主が増えているように感じます。また、私の経験では長期で保有しようという投資家は姿勢そのものが違うように思います。IRで訪問した場合でも、必ずチェアマンなどトップが出てきました。彼らの質問は仕事の話ではないのです。趣味とか信条とか、子どもはどうなっている?とか、CFOの人物評価から始まりますね。

小粥:

 経営者が長期投資に耐えうる、信頼に足る人物かどうかを確認しているということですね。

島崎:

 さらに、「日本の商社は一体どんなことをやっているか、小学生に聞かれたらどう説明をしますか?」というような質問も受けました。会社のことをどれだけよく整理して頭に入っているかを確認していたのですね。

 「ROEが低いから、もっと事業を集中すべきだ」といった指摘は、ヘッジファンドなど短期保有目的の投資家に多かったように思います。

小粥:

 ビジネスの強みをクリアに人に説明できるようでなければ、本当の強さではないということなのでしょうね。

 ただ、健全なマーケットを形成する上では、いろいろな投資家が役割を果たすべきなのでしょうね。

島崎:

 もちろん、いろいろな投資家がいた方がいいと思います。

 いずれにしても、投資家に対する説明は企業がきちんとやることがベースにあります。そのためには多少のコストがかかってもしっかり情報開示を行い、説明責任を果たしていく必要があります。しかも継続してやることが求められます。

 その上で、個々の企業だけではなく東証や日本証券業協会が指揮をとる活動も重要です。例えば、毎年海外の機関投資家や金融関係者向けに開催している「日本証券サミット」もその一つです。今年は2月にロンドンで開催し、財務省、金融庁、東証、証券業協会も出席しました。今年は、立錐の余地がないぐらいの盛況ぶりでした。

小粥:

 各企業の努力も重要だけれども、当然ながら企業が解決できない問題もあります。そこを、業界団体や国がサポートしていく、そういった分担がうまく機能していくと、日本のアピールにつながりますね。

島崎:

 先ほどの、「グローバル300社」のインデックスを作成する話もそうです。これはまさに国ベースでやろうとしているわけですから、非常に好ましい方向に動いていると思います。

小粥:

 期待してよい、ということですね。

 本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

1) 「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書」
2) 東京サテライトオフィス

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