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国際比較にみる日本のマーケットの国際競争力

2012年08月

2013年1月に予定されている東京証券取引所と大阪証券取引所の統合は、日本のマーケットの国際競争力強化につながるものと期待されている。そもそも投資家にとって魅力あるマーケットとは何か。日本のマーケットは、国際競争力に欠けているのか。国際比較からみた日本のマーケットについて、早稲田大学大学院教授の宇野氏に語っていただいた。

語り手

早稲田大学大学院ファイナンス研究科 教授
宇野 淳氏

1975年 日本経済新聞社入社。QUICK総合研究所首席研究員、中央大学商学部教授を経て、2004年 早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。2006年4月から2009年9月までファイナンス研究科長兼ファイナンス研究センター所長。2008年10月より早稲田大学ビジネス情報アカデミー所長を兼務。著書に、「価格はなぜ動くのか」(共著)他多数。

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。1990年ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融庁金融審議会委員、経済産業省産業構造審議会臨時委員などの公職も務める。

国際性のアピールに欠ける日本市場

大崎: 宇野先生は株式市場の構造、とりわけ価格形成や売買の状況といったいわゆるマイクロストラクチャーについて研究されていますが、先生の研究の観点から「優れた市場」とはどのようなものでしょうか。
 どうしても一般の人が株式市場を見ると「株価が高いのがいい市場、安いのはよくない市場」と思いがちですが、それとは違った評価がなされると思います。

宇野: 私が市場を見るとき、キーポイントにしているのが流動性です。市場を運営している人たちも、流動性を高めることを意識していると思います。もちろんそれ以外にも、価格形成であるとかボラティリティといったいろんな指標はありますが、ある意味ではそれらの要因も流動性の高さに集約されていくと思っています。
 流動性の観点からみると、必ずしも日本の市場が欧米に比べて劣っているということはないと思います。ただ、売買が活発に行われているか、取引量が増えているかというと、昨今はかなり低迷しており、新しい取引機会が欠けているという気はします。

大崎: 今おっしゃった「流動性」は、素人的には「売買高が大きいと流動性が高い」と捉えがちです。これはやはり区別して考えたほうがよろしいんでしょうか。

宇野: 私が「流動性」と言うときは、取引にかかるコストが大きいか小さいかに関係する指標を中心に見ています。
売買高の半分は流動性を構成する要因ですが、残りの半分は株価を動かす情報に関連しています。ですから、出来高の多さは、その銘柄の流動性の高さ、売買の活発さを表していると同時に、その銘柄に関していろんな重要なニュースが流れて、情報イベントが豊富にあるといえます。実はそういうときは、売買したい投資家が多くいるので、価格も大きく動くため取引コストが低いとは限らないのです。
 例えば、年金や投信といった機関投資家は、重要なニュースの発表を追いかけて投資しているというよりは、ファンダメンタルを見て割高か割安かを判断して売買しています。ですから、日常的な売買にかかる取引コストのほうが、より重要ではないかと思います。
 それから、もう一つよくいわれるのは、エグジットが容易にできるかどうかです。例えば、投資先の企業で重要な問題が起こると、売れなくなってしまう可能性があります。売れない状態は投資家にとっては一番シリアスな問題ですから、取引の継続性がどれだけ見込めるかは、多くの投資家の関心事だと思います。

大崎: 取引コスト、あるいはエグジットの容易さについて、日本の市場は近年良くなってきたと見ておられますか?それとも前から相当良くてその状態が続いているとご覧になっていますか。

宇野: その議論に関連するのですが、最近、東京市場の国際競争力をいろんな観点から比較してみたので、まずはそれを紹介したいと思います。
 ルールの透明性、海外の企業をどれぐらい引きつけているか、自国の企業が海外の投資家からどれぐらい興味を持たれているか、国内の市場間競争政策は取引所一本主義なのか取引所外取引も促進する政策をとっているのか、実際の市場における売買回転率、流動性などをピックアップして、アジアの中で東京がどのあたりに位置づけられるのかを眺めてみました。
 先ほどの質問に関連するのは、「売買回転率」と「流動性」の指標かと思います。

大崎: いずれも、香港、シンガポールと比較して、日本のほうが優れているということになるんですね。

宇野: 売買回転率は、香港やシンガポールの2倍ぐらいあります。ただ、この表には中国やインドが入っていません。ここ数年でみると、上海はもっと高いです。

大崎: あまり悲観論に陥るべきではないということですね。

宇野: ええ。ただ、私が引っかかっているのは、取引ルールの透明性です。
 「取引ルール」に書かれている数字は、海外の研究者が調査したものですが、どの取引所にも共通するようなルールを29ピックアップして、そのルールがいくつ明記されているかを表したものです。

大崎: 数が多いほど透明性が高いという考え方ですね。

宇野: そうです。アジアではシンガポールが11で一番多くて、香港が7、東京は何と3しかありません。これはなんとなくおかしい感じがしませんか?

大崎: 日本も取引ルールは十分整備されているはずですからね。

宇野: この研究者は、取引所のウェブサイトに掲載されているルールを調べていたんです。
 例えば誤った情報の開示禁止というルールは、東証のサイトに英語で掲載されていなかったようです。それは「金商法で定められているので、取引所のサイトには掲載しない」ということなんでしょう。

大崎: そういう事情を知らない人からは、単に透明性が低い、と見られてしまうということですね。これは面白いご指摘ですね。
 よく日本の制度が各国に比べて透明性が低いとか質が悪いということが議論になりますが、私のような制度を研究している者からすると、悪く言われるようなものはほとんどないはずなんです。
 しかし、せっかく整備されているものがうまく伝わっていないということなんですね、これは。

宇野: やはり、わかりやすさは重要です。日本は、非常に内弁慶で、外に対して自分をアピールするところが弱いですね。
 シンガポールをみると、海外の上場会社が全上場会社の4割を占めています。700ぐらいの全上場銘柄数に対し、300が海外の重複上場銘柄なんです。取引所のCEOも「俺たちは、ロンドンに次いで重複上場銘柄が多くて、インターナショナルなんだ」と非常に誇らしげでした。しかし、よく調べてみると実は、アメリカに上場しているADRをそのままクロスリストしていたり、ETFがいっぱいあったりするんです。東証に上場している個別の外国企業とはイメージが随分違います。しかし、それも含めて、40%とカウントしているんです。
 IRの観点からすると、シンガポールは非常に上手くみせていると思います。

取引の高速化を生かす

大崎: 市場の構造に関して、最近、世間的にも注目されている新しい変化が、取引の高速化だと思います。「ハイフリークエンシー・トレード(HFT)」といわれて、ミリ秒単位での注文執行が行われています。東京証券取引所でも、アローヘッドが稼働して、HFTができるようになりました。
 しかし先行するアメリカでも、ごく一部の人しか利用できないHFTはそもそもすべきではないのではないか、個人投資家が不利益を被っているのではないか、といったさまざまな見方があります。

宇野: メリットを享受する人とデメリットを受けた人がいたという意味で、大きな変化があったと思います。では、HFTは弊害が多いのか、メリットはないのかという観点でいくと、もうちょっと慎重に検討する必要があると思います。
 結論に近いところから先に言ってしまうと、HFTを使う人たちに期待すべきことは市場に対する流動性の供給という役割です。
 彼らが参加することによって時としてリスクが大きくなるというのは、米国で起きたフラッシュクラッシュで裏づけられています。それをどうやって回避していくか、あるいは緩和するか。規制の仕方も従来とは違った観点が必要になってくると思います。
 株式市場が過去10年、20年ぐらいの中で一番大きく変わったのは電子化の部分です。そのメリットを最大限に活用するタイプの投資家がHFTを利用するトレーダーでしょう。インフラが整備され、以前とは全く違った世界になりつつあります。
 米国のマーケットを見ていると、いわゆるマーケットメーカーやスペシャリストのような、市場の中にいて流動性を供給することを仕事としていた人たちの存在感が低下しています。例えば昔は、ニューヨーク券取引所の上場銘柄は、そこで7~8割は取引が行われていて、スペシャリストが流動性を供給する関与率は10%ぐらい、小型株では50%もありました。しかし今は、ニューヨーク証券取引所で取引が成立する割合が2割ぐらいに落ちてしまっているので、スペシャリストの役割はかなり小さくなっています。代わりに、HFTを利用する人たちに、その役割が置き換わってきていると感じます。
 しかし、彼らは流動性供給の義務付けはないので、このままではリスクが高まると撤退するか、ポジションを解消してしまう、という行動を取るでしょう。HFTに流動性を供給する役割をもうちょっとフォーマルに負ってもらえれば、市場に新たな流動性供給者を確保する手だてになっていくと思います。

大崎: 今のお話は日本に対して非常に興味深いインプリケーションがあると思いました。
 日本には、スペシャリストやマーケットメーカーが歴史的にみて存在しません。これは、日本の株式市場の一つの特徴だと思っています。
 一時、ジャスダックでマーケットメークをやったことがありますが、長続きしませんでした。そうすると、アメリカのようにもともと役割としてあったものの存在感が低下してHFTが伸びているのとは違います。もしかすると日本はHFTをうまく活用することでアメリカ以上に市場の質を高めることができるかもしれないと思いました。

宇野: そうですね。ただ、日本では個人投資家や中小証券のディーラーが板を形成する上で一定の役割を果たしてきました。彼らはアローヘッドになってから、目にも留まらぬ速さでブックが変わってしまうので、撤退するかあるいはHFTを利用するトレーダーが来ない銘柄をメークするようにシフトしています。そういう意味で影響は全くゼロではないんです。
 HFTの利用者は、自分達にメリットがあると思って取引をしていますが、彼らだっていつ撤退してしまうかわからないリスクがあります。従来日本市場を支えていた人たちもいない、HFTを利用するトレーダーもいなくなるといったことになれば、荒れ果てた市場だけが残る可能性だってありえます。
 「アローヘッドなんてやめればよかった」という議論があるかもしれませんが、それは進歩を拒絶するようなものです。市場全体のメリットを実現させるような工夫をしていく方向がいいと思います

大崎: 手数料体系を考えるとか、マーケットメーカーのような役割をうまく位置づけていく制度面の整備をしていく必要があるということですね。

日本の株式市場の課題

大崎: 最後に、今後日本の市場はどの方向に向かうべきか、伺いたいと思います。
 仮に東京市場がシンガポールや香港に比べて見劣りする市場になったとして、それは一体市民生活や企業の活動といった日常的なレベルで問題があるのか、それを避けるために何かしなければいけないのか、という視点でお話しいただけますか。

宇野: 確かに日本には、「国内だけで十分」と思っているひとが結構います。実際、日本の企業で「資金調達のために海外に上場することが必要だ」と言っている企業は、本当に少数ですね。
 しかし、その中にあって日本の製造業の動きは頼もしく感じます。彼らは、自分たちがつくったプロダクトを世界に売りたい、そのためにはどこに工場をつくるのが最適かを常に考えているので、日本にこだわらない動きをしています。
 日本の投資家が投資している日本の企業の収益源は日本だけに依存しているわけではなくて国際化しているわけです。日本企業がそういったバイタリティとか国際競争力を持っているのであれば、この国の金融市場も国際性を追求してほしいです。
 投資家は「日本ローカル企業」に対する興味を失っても、グローバル経済、あるいはアジア経済の発展の中で収益を伸ばしていくことが期待される企業への興味はあるわけです。その中には、アジアや欧州の企業にまじって必ず日本企業が入ってきます。そういう企業に投資したいと考える人たちに対して、「それぞれの国のマーケットに注文を出しなさい」という方法ではなくて、一箇所で売買できるマーケットをつくることができないかな、と思います。
日本の取引所や証券会社にはそこにチャレンジしてもらいたいです。
 日本の持っている潜在的な力はまだまだ捨てたものではないだろうと思います。

大崎: 日本の金融市場も国内企業のみならず世界の金融ニーズに応えられる市場をめざすべきだということですね。本日は、ありがとうございました。

(文中敬称略)

「取引ルールの数」は、Douglas Cumming, Sofia Johan, Dan Li“, Exchange trading rules and stock market liquidity”(Journal of Financial Economics)2011から作成。「国際重複上場銘柄」「自国の国際取引可能銘柄」はKarolyiらの研究から作成。「市場間競争度」はFidessaのFragmentation Indexを利用。「売買回転率」はWorld Federation of Exchangeの数値。「流動性」はマーケットインパクト指標(価格変化の絶対値を売買代金で割ったもの)。

注目ワード : 国際競争力

注目ワード : 流動性供給

注目ワード : arrowhead

注目ワード : HFT(高頻度売買)

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