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経済再生の鍵は不確実性の解消

2011年11月

リーマン・ショックから3年が経過した。世界経済の先行きは見通しにくく、欧州各国の財政危機は扱いを間違えば金融危機の再発にもつながりかねない。こうした中で、景気回復と財政再建という両立し難いようにも思える課題を抱える日本には何が求められているのか。慶應義塾大学教授の池尾和人氏に語っていただいた。

語り手

慶應義塾大学経済学部 教授
池尾 和人氏

池尾 和人(いけお かずひと)
1975年 京都大学経済学部卒業。80年 岡山大学助手。86年 京都大学経済学部助教授。94年 慶應義塾大学経済学部助教授。95年 同大学教授(現在に到る)。2003年 慶應義塾大学大学院経済学研究科委員長。2001年から10年間、金融庁金融審議会委員を務める。『現代の金融入門【新版】』(ちくま新書)ほか、著書多数。

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

大崎 貞和(おおさき さだかず)
1986年 野村総合研究所入社。1990年 ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年 資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融庁金融審議会委員、経済産業省産業構造審議会臨時委員などの公職も務める。

足元の経済状況

大崎:最近、景気の低迷を財政政策・金融政策総動員で解消しろといった議論が目立ちます。本当にそれができるのならやったらいいと思いますが、そもそもそんなことが実現可能なのかという問題意識を持っています。

池尾:それは、通常のビジネスサイクル上の景気後退と、大きな金融危機を経て経済が大きく落ち込んだ局面を同じように考えていいのか、という問題ですね。
 日本では、多くの人が、この間の経済低迷を一般の景気後退の規模の大きなものと捉えているのではないかと思います。通常のビジネスサイクル上の景気後退であれば、金融を緩和して財政を積極化して対応すればいいわけです。だから、単に規模の大きなものだと捉えてしまうと、「金融緩和と積極財政を大規模にやればいい」という発想になるけれども、私は、そういう線形的に考えていい話ではないと思っています。
 大規模にやればいいという発想は日本だけのものではなくて、今回のアメリカもそうです。「日本経済が90年代低迷したのは金融危機への対応がtoo little, too lateだったからだ。そういう日本の轍は踏まない」ということで、リーマン・ショック以後、大規模かつ迅速な公的資金投入や金融緩和を行いました。しかし、あまり効果が出ておらず、今も苦境にあります。

大崎:それがFRBのQE、QE2ですね。オバマ大統領の財政出動もどうも効いていない。

池尾:そうです。だから、規模を大きくすればいいという発想は考え直す必要があります。

大崎:バブル崩壊という特別な事態に対して、本来の採るべき施策は何だったんでしょうか。

池尾:直接の後遺症は、いわゆるバランスシート問題です。
 金融危機に先行する局面では、レバレッジがずっと引き上げられていきます。そして、金融危機の勃発とともに資産価格が下落し、ある特定の主体が大きな債務超過の状態に陥いるわけです。それは、日本では企業部門、アメリカではもっぱら家計部門でした。今アメリカで、ホームエクイティがマイナスになっている世帯は1,500万とかいわれています。債務超過になっていれば、そこから少しでも早く脱却するために、支出をできるだけ手控えて貯蓄に励むわけです。
 ですから景気を回復させるには、できるだけ早く過剰債務状態から脱却させる必要があります。そして、そこから経済を再スタートさせるには、経済主体の自信を回復させることが大事です。
 通常の景気後退でも企業家のやる気は落ちます。ましてや、大きな金融危機の前後では、コンフィデンスに大きな落ち込みが生じます。失われた自信を何らかの形で回復しないことには経済は立ち直らないと思います。
 そうすると、短期の話と中長期の話が切り離せなくなります。例えば日本では、「景気に悪影響を与えかねないから増税は先送りすべきだ」という議論をする方がいます。「財政再建は景気が回復してからやればいい」という考えです。すなわち、景気回復は短期の課題で、財政再建は中長期の課題である、という切り分けをしているわけです。しかし、当面の景気に配慮して増税の議論を先送りすれば、先行きの不安はむしろ増大していきます。

大崎:いずれ大増税が来るかもしれない、あるいは、財政が破綻するかもしれない、といった不安ですね。

池尾:そうです。
 財政状況に余裕があるならまだしも、ここまで債務が積み上がっているわけです。先行きの展望もなしに、「景気に悪いから増税はやめましょう」みたいなことだけを言われると、かえって民間経済主体の防御的行動を引き起こし、景気回復という短期の課題にも悪影響を及ぼします。「中長期の課題は、短期の課題が片付くまで棚上げにしておきましょう」という話は成り立たないということです。
 できるだけ将来に関する政策的な不確実性を除去する必要があるのですが、日本政府の対応は、逆に不確実性を増している感じです。民間経済主体の信頼回復に対して逆行しています。

不安要因である社会保障制度

大崎:不確実性をむしろ増やしているのではないかという点について、私もいろいろ思い当たるところがあります。
 政権交代によって、政策そのものが割と短期間で大きく変わりました。しかし、それが何年持続するかよくわからない状況がまず一つ。
 もう一つは、いろいろ約束はしてくれるけれども、財政状態を見たら、本当にそれが持続できるかどうか不安に思う人が多いということもあります。

池尾:日本については、人口動態の問題があります。高齢化・少子化が進む中で、社会保障制度の枠組みがどうなるのかが、最大の不安要因になっていると思います。 経済学的に考えたときに、一般的な家計において最大の保有資産は公的年金の受給権です。

大崎:実は、そうなんですよね。

池尾:今約束されている年金が受け取れるのであれば、それが最大の資産になるはずです。ところが、そこが保証されていません。
 日本の家計の金融資産は過半が預貯金で、リスク資産に配分しようとしない、とよく言われます。会計上見える資産では確かにそうなっています。しかし、実は不安定な公的年金制度という枠組みを通じてリスクを取らされているとも言えるわけです。公的年金の受給権という資産が安全資産化すれば、ほかにリスクを取る余地が生まれてくるはずです。
 そういうことをやったからといって家計の将来に対する自信が回復するかどうかは分かりません。しかし、自信を回復し得る環境を整える必要はあります。消費についても同じです。大きな不確実性を背負った状態で、「活発な消費をしろ」と言われても、それは無理だと思います。

大崎:国は「公的年金で老後の生活は安心だ」という説明をしたいんだけれども、国民はそのようには受けとめていなくて、「制度は変更されるかもしれない。どちらかというと悪いほうへ変わりそうだ」と読んで行動しているということですね。

池尾:そうです。

大崎:ただ、「何年には給付を削減します」と宣言してしまうと、これはこれでまた不安を呼ぶのではないかとも思います。

池尾:例えば、公的支援が限定的だということになると、残りは自助で支えなければいけない、という意識が高まります。既に高齢の場合には、確かに心細さは生じます。ですが、いわゆる予備的動機で行われる予備的貯蓄と言われる部分については、貯蓄する必要性は下がるはずです。

大崎:それは、リスクが読める分、自助努力で補充すべき分がはっきり計算できるからですね。

池尾:自助と言われたときに準備する時間が残されている世代もあります。高齢世代に関しても、これまでの将来への不安から貯蓄に励んできて、大量の金融資産を保有している方も多くいらっしゃいます。要するに、自身の長生きリスクと公的支援の変更リスクの両方に備えているんです。
 ですから、先行きの見通しをはっきりさせることが、政策運営上求められていると思います。抜本的改革をやって、持続可能性を持った社会保障制度を確立するというのは大きな課題だと思います。
 エネルギー供給の展望も同じです。今年の夏のような節電対応を、今年の冬もやらなければいけないのか、あるいは、来年の夏もやらなければいけないのか。できるだけ早く信頼感のある形で見通しを出すだけでもだいぶ違うと思います。
 企業が設備投資の問題を考える際に、それはすごく重要な話です。企業の活動、特に投資活動は、将来の不確実性に挑むものではありますが、企業が本来挑むべき不確実性に加えて余計な政策上の不確実性を持ち込まれると、なかなか挑みにくいわけです。少しでも先行きに関する不確実性要因を除去していく。それが景気対策という意味でも大切だと思います。

慎重さが求められるデフレ脱却

大崎:今のお話を伺っていると、ますます、金融政策、つまり日銀にできることは限られている気がしてきました。不確実性というものがあるので、企業は積極的に投資を行わない。だから手元の資金が増えていく。だから銀行も貸し出しが伸ばせない。ゆえにいくら日銀がお金を供給しても日銀の準備預金が増えていく。
 一方で、いわゆるデフレは金融的現象だから金融政策で解決できるはずだ、という意見もあります。この辺はいかがでしょうか。

池尾:デフレと言っても、そもそもすべての財・サービスの価格が一律に下がっている状況ではありません。日本でも、日用品の価格は上がっています。他方、液晶テレビやPCに代表される家電製品や情報機器の価格は下がっています。それが丁度キャンセルアウトしあってヘッドラインの消費者物価はほぼゼロの動きを示しています。
 欧米でも、家電製品や情報機器の価格は下がっています。ただ、サービス関連の価格は上昇しています。その違い、要するにサービス価格の上昇率の違いが日本と欧米のインフレ率の差と考えられます。
 サービスはある意味で労働集約的です。要するに、欧米では貨幣賃金の下方硬直性があるからデフレになっていないんです。日本の場合は、97~98年ごろの金融危機を契機に、貨幣賃金の下方硬直性がかなり打破されてしまいました。労働市場の地合いを反映して、貨幣賃金が上がらない、あるいは下がるため、サービス価格もあまり上がらない状況になっています。そういう意味でいうと、労働需要が弱いからデフレになっているということです。ですから、労働需要を増やす必要がある。その時、金融政策はどれぐらい有効かという問題だと思います。
 単純な貨幣数量説のように、貨幣数量が増えれば比例的に物価が上がる、という話ではありません。そういう話であれば、相対価格は変わらず一律な物価の動きになっているはずです。しかし現実は、相対価格の大きな変化を伴いながらの動きとなっています。 私は昔から、デフレは症状であって原因ではないと考えています。日本経済はずっと微熱が続いている状態です。その微熱の原因は、需要不足です。それは、企業が積極的に投資をしようとしない、あるいは家計が将来のことを懸念して消費を抑制しているからです。もちろん投資の期待収益率と資本コストの兼ね合いで投資は決まりますから、期待収益率が一定であれば、資本コストを下げてやれば投資は増えるというロジックはあるわけです。しかし、資本コストは下がるところまで下がっています。あるいは、少なくとも安全利子率は下がるところまで下がっているわけです。ただし、資本コストにはリスクプレミアムが上乗せされますから、資本コストが下がっていないとすると、それは、ベースの安全利子率を金融政策で下げていないからではなくて、リスクプレミアムが下がらないからです。そこのリスクプレミアムを決めているのは人々のコンフィデンスです。
 そう考えると、家計や企業の自信を回復させて、いかにして積極的な支出活動を引き起こすかが本筋ではないかと思います。その場合、金融政策にできることはあまりないのです。

大崎:単に元気のいい話をするのではなくて、むしろ、厳しい現実を含めて予測可能性を高めて、合理的な行動を取らせることが、先生のおっしゃる「自信の回復」ということですね。

池尾:そうです。
 何かの調子でみんながある種のストーリーを信じ込んで、どんどん強気になっていくことはあり得ないことではありません。そういうのがバブルになるわけです。バブル崩壊後の落ち込みを次のバブルでリカバーする可能性はあるかもしれませんが健全ではありません。

今求められる政治の役割は、負担の配分

大崎:今のお話を伺っていて思ったのは、政策当事者が事態を直視するのを怖がっているのではないか、ということです。例えば、二大政党制といっても、イギリスやアメリカでは、高福祉だけれども高負担の国をつくるという意見と、福祉の範囲を限定するけれどもできるだけ低負担でやるというパッケージの選択肢を示し合っているように思います。
 日本ではどの政党も基本的に、高福祉でできるだけ増税はしない、どちらかというと減税する、という話ばかりです。実現可能性のあるパッケージを示すことから、政策当事者が逃げている気がします。

池尾:細川政権が誕生したのが今から18年前です。それ以後の日本の政治は、非常に不幸なプロセスをたどってきたと感じています。
 それ以前は、経済成長の時期でしたので、政治の役割は余剰を配分することでした。ところが、90年代に入って、日本経済が成熟の度合いを強めて、人口動態的にも老いてきた中で、政治の仕事は、むしろ負担を配分することに変わってきているはずなんです。余剰を配分する仕事でも、いろいろ利害が対立して大変なんですが、それ以上に負担を配分する仕事は大変です。

大崎:大変つらい仕事ですね。

池尾:そういうつらい仕事に立ち向かおうとした人もいたかもしれませんし、そういう人たちを積極的にもり立ててこなかった選挙民であるわれわれ国民の責任も、もちろんあると思います。少なくとも議会制民主主義で政治家を選ぶ権利を与えられている国においては、簡単に「政治家が悪い」という批判は責任ある態度だとは思いません。
 しかしながら事実問題として、政治がそういった役割から逃げている状態が続いたことが財政赤字の累積となっています。負担の配分をしようとする時、今生きている人たちの間でしようとしても、いろいろ文句が出て調整できないので、まだ生まれていない、だから文句も言えない将来世代に負担を押しつけることをやってきたわけです。

大崎:とりあえず「国債を出しておけばいい」ということですね。しかし、ここまで積み上がってくると、いくら国内で消化されているといっても、債務危機にはならないとは言い切れない。

池尾:国内の民間の貯蓄超過額と新規の財政赤字額とのバランスの話です。これまでは、民間の貯蓄超過額が多く、それで財政赤字を吸収できていました。今後は主に、高齢化を背景に、減っていく傾向にあります。
 先ほど申し上げた予備的に貯蓄をしている部分の要素を除くと、既に民間貯蓄は減っていて、結果的に経常収支は赤字になっていてもおかしくないんです。予備的貯蓄が一定額あるから国債が消化してこられたということです。高齢化が一層進んでいくわけですから、そのバランスが維持できなくなることは計算すればわかることです。3年から5年でバランスが崩れるというのが多くの人の予測です。そうすると、それ以後は海外の投資家の割合を増やしていかないと国債の消化は難しくなるということです。
 すでに家計部門の貯蓄はほとんど増えていません。民間の貯蓄超過額がプラスであるのは、企業部門の貯蓄によるものです。要するに、銀行にお金を返済している状況です。企業が負債を返済する。銀行からすれば、貸していた金が戻ってくる。しかし次の貸出先がないから国債を買う。こういう形で、今、企業貯蓄が国債に振り替わっています。
 企業部門や海外に回っている資金は付加価値を生みますが、いまは国民貯蓄の過半が付加価値を生むはずのない国債に回っているということです。それは永久には続かないです。

大崎:海外での国債消化が本格化する前に、いわばお化粧をしておかないと厳しい評価にさらされかねないですね。

池尾:足元ですぐ増税する必要があるかどうかは別にして、再建プランを出すことが必要です。
 小泉政権の頃までは、一応財政再建のシミュレーションが出ていたと思います。最近、そういうのが出ていないでしょう?中期財政見通しといっても、明確な数値的裏づけのデータが示されていません。それだとかえって不安になると思います。

大崎:難しい課題ですね。市場の評価にさらされるまでにある程度財政の見通しを示さないといけない。一方で、企業貯蓄が国債に振り替わっているとすると、企業が積極的な投資を始めると、国債に回るお金が減っていく。企業の活動が活発になることを否定する人はいないけれども、それは財政危機を前倒しすることにもなるということですね。

池尾:そうです。ですから、デフレから脱却しなければいけないのだけれども、そのプロセスについてはかなり慎重に考えなければいけません。
 インフレになれば債務者が得をして債権者が損をするという感覚があります。しかしそれは、例えば年収と住宅ローンのように、所得1に対して抱えている負債がせいぜい2、3ぐらいのときの話です。
 日本の置かれている状況は、一般会計の税収40兆円ぐらいに対し、グロスで1,000兆円ぐらいの政府債務があるわけです。そうすると、1対25です。景気がよくなって税収が増えたとしても、利払いの増加のほうがその上をいく構造になっています。ですから、景気が好転するときが一番用心すべきときになります。
 デフレ脱却を叫ぶのであれば、デフレを脱却しても困らない体制をつくる必要があります。所得税の累進構造をもう少し高めるのも一つですし、景気が回復に向かった際、ある種の増税措置を速やかに発動できる体制をつくるのも一つです。要するに、そこまで日本の財政問題は困難化しているわけです。
 やはり政治にちゃんと機能してもらわないと絶対よくなりません。財務省や日本銀行に責任を丸投げしている場合ではありません。

大崎:今のお話だと、企業が強くなるのもむしろ危ない要因になりかねないわけですから、政治の機能回復なしに企業だけが強くなるわけにはいかないですね。

池尾:経済が低迷した状況にみんなが適応してしまって、奇妙な均衡状態になっているんです。そこから、どちらの方向にせよ、抜け出す局面になったときには細心の注意が必要です。

大崎:大変興味深いお話を伺えました。重いメッセージですね。ありがとうございました。

(文中敬称略)

注目ワード : デフレ脱却

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