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地域の特性を知って、地元主体の震災復興を

2011年07月

マグニチュード9.0。3月11日に東北地方太平洋沖で発生した世界最大級の大地震は、その後の想定を超える大津波によって甚大な被害をもたらした。復興の青写真が、国家レベルをはじめ様々なレベルで検討されているが、その計画について語られる際、「東北地方」と一くくりにされることが多い。しかし、それでは絵に描いた餅になりかねない。被災地の復興に欠かせない前提は何か。平成の大合併前の市町村の99.9%を訪問するなど、地方都市を知り尽くしている日本政策投資銀行の藻谷氏に語っていただいた。

語り手

株式会社日本政策投資銀行 地域企画部地域振興グループ 参事役
藻谷 浩介氏

藻谷 浩介(もたに こうすけ)
1988年 日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。94年コロンビア大学ビジネススクールのMBA取得。2003年地域企画部参事役。2006年NPO法人ComPus地域経営支援ネットワーク理事長(現職)。2009年DBJシンガポール シニアアドバイザー。2010年より現職。東日本大震災復興構想会議検討部会メンバー。著書に、「デフレの正体」、「実測!ニッポンの地域力」ほか。

聞き手

株式会社野村総合研究所 顧問
増田 寛也

増田 寛也(ますだ ひろや)
1977年 建設省(現国土交通省)入省。1995年岩手県知事。2007年4月までの3期を務める。2007年4月地方分権改革推進委員会委員長代理。同8月総務大臣、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、地方・都市格差是正担当、道州制担当、郵政民営化担当。2008年9月総務大臣退任。2009年4月より現職。東京大学公共政策大学院客員教授。内閣官房参与(~2009年8月)。

被災地を知る

増田:被災地を視察に行った際、がれきの中で首のところを切ってしまったんです。そこが腫れてきてしまって、昨日、病院で膿をとってもらったんです。そのため、ネクタイを締めることができずこんな格好できてしまいました。

藻谷:現場のがれきの中に自ら足を運ばれていることに敬意を表します。私も、ゴールデンウイーク前後に3回ぐらいに分けて、南相馬から大槌まで回ってきました。その南北にも早い機会に行かねばと思っています。

増田:本当に地域のことが分かっている人に東日本大震災復興構想会議の検討部会メンバーに入ってもらって、よかったと思っています。

藻谷:恐縮です。確かに、最初は現地を見ておられない人もいたので、土地勘がない議論もありました。「東北」としてまとめて語られてしまうと、被災者は「自分のところの話ではない」という感じになりかねません。場所ごとに状況はずいぶん違います。

増田:違いますね。宮城県の中でも仙台平野の名取のあたりと石巻・気仙沼では違いますね。

藻谷:宮城県内は石巻を境に南北で違います。岩手でも盛岡や内陸の北上街道沿いと三陸とでは、地形も気候も産業も、人間の性格も違いますよね。
 震災後の対応についても、かなり差があります。大槌のように合併しなかった町全体が機能不全になっている例もありますが、広域合併をした市では合併された側への対応も遅れましたよね。特に残念だったのが石巻市内の各地ではないでしょうか。

増田:大川小学校の話はつらかった。

藻谷:大川小学校の跡に行って見て思いました。全校児童が後ろの急な崖を上るのは、結果論としては言えるけれども実際は無理です。神社のように階段の一つでも造ってあれば違ったのですが。

増田:テレビで見た崖の映像では、絶壁でした。

藻谷:大川小学校は旧河北町ですが、旧河北の地名が新聞に出たのを、ほとんど見たことがない。牡鹿の鮎川などが出てきたのも10日ぐらいたってからです。またあちらこちらに行ってみた中で、旧市町村単位で最もひどい状況になっていたのは雄勝です。大槌や南三陸以上の破壊に見舞われています。

増田:確かにあのあたりが、すぽっと抜けています。

藻谷:雄勝町はまるで、全町から建物も住人もなくなったという感じでした。隣町の女川の惨状にも絶句しますが、それでもまだ町立病院が丘の上に残っています。同じく悲劇的な破壊を受けた南三陸ですら、向こう岸のホテルは大丈夫だったんです。
 報道側の情報収集の網が粗すぎて、旧市町村や浦々の漁村が当初は対象から落ちてしまった。その地の住民から見れば納得できないことでしょう。

増田:全部「石巻」でくくられてしまっていますね。
 私が藻谷さんに対談をお願いしたのは、いろいろ全国を見て客観的に今回のことを評価できる人ときちんと話をしたいと思ったからです。

藻谷:ありがとうございます。ゴールデンウイークの間に、福島の海岸沿いにも行ってきました。

増田:どちらまで?

藻谷:南相馬市内の、原発から20kmの立ち入り禁止区域のゲートまでです。でもそのかなり手前から経済が停止しています。

増田:宮城から入った?

藻谷:そうです。ゲートは旧原町市と旧小高町の間にありました。裏道も閉鎖されていました。
 風評被害がひどかったですね。例えば、コンビニエンスストアや郊外型店が、相馬市内までは営業しているのに、南相馬市に入ったとたんに閉店していました。その後、それではいけないということで営業を開始したチェーンもあるそうですが。原町の中心街では、地元の食品スーパーが頑張って開けている以外、店のほとんどが閉まっていました。
 JR常磐線の代行バスも相馬駅までで、南相馬市内には走っていませんでした。こうなると、車を持っていないお年寄りは交通手段が全くないんです。通院しつつ在宅介護をしているような方には、相当なしわ寄せがいっているのではないかと危惧しています。

高級一次産品の宝庫

増田:これから桃の季節ですよね。福島は有数の桃の生産地です。青森のリンゴのように、海外にも出しているのかしら。

藻谷:戦略的に出している途上でした。福島は首都圏が近かったので、今までは首都圏に出して終わりだったんです。ちなみに、三陸は逆ですよね。最初から海外に出していて、戦略的に国内で売っていくという萌芽がここ数年出てきていました。

増田:大船渡では、干しアワビ以外にも、いろいろないいものが出てきたところだったんです。

藻谷:香港の高級中華料理で出される干しアワビが、三陸産であることを知っている人って、日本にあまりいないような気がします。最高級品が首都圏に回らずに全部香港に行っていたということです。恐らく岩手県民にとっては常識なんですが。

増田:そうかもしれませんね。フカヒレも同じでしょう。

藻谷:干しアワビ、フカヒレに関しては、世界の最高級品です。ホヤにホタテ、カキもそうです。
 考えてみれば、幾ら生産設備が破壊され出荷が止まっても、こういった高級品には代替品がありません。
 フェラーリの工場が被災したとします。しかし、その生産が海外に移るという議論は起こりません。フェラーリ・ファンは元の場所で工場が再開するまで待つんです。他所で作ってはフェラーリではなくなるんです。他社も類似品は作れません。

増田:干しアワビだって、まさに三陸でしか採れない。

藻谷:「一次産業」としてくくられてしまって、そのような水産品の国際競争上の絶対的な優位性があまり理解されていないのは残念なことです。
 更にはあとに続くものとして、ワカメやウニもあるんです。これらを国際ブランドに仕立てれば、地域自体の貿易黒字はさらに大きくなっていた。
 ただ同じ三陸でも宮城と岩手には違いがあります。宮城県は1県1漁協です。サンマやマグロ、カツオ、イカといった沖合いや遠洋の魚種を大量に水揚げし、一部を大量生産品の加工に回す方式に傾斜していました。資源枯渇、魚価や加工品価格の低迷、労働力不足など、いろいろ矛盾がでて来ていました。

増田:宮城県知事もそこをかなり意識して発言されています。

藻谷:漁協を統合したので間接費は抑えられたのでしょうが、大量生産に流れるとブランディングが弱くなりがちです。中には、気仙沼のサンマみたいにブランド化しつつあったものもありますが、せっかくとれた素晴らしい資源を、すり身などの加工にしてしまって、ノーブランド商品として全国に卸している例も多かった。これではもったいない。
 逆に、岩手県は24漁協。これはまた多過ぎる。

増田:私が知事の時に、1桁にしようと思いながら、なかなか進めることができず、計画で終わってしまいました。

藻谷:日本における改革議論は何でも両極端にふれがちです。大体、最適解は中間にあるのですが。地理的な広がりや魚種の違いを考えれば、今おっしゃった1桁ぐらいが丁度よいのでしょう。

増田:もう間もなく6月になると、カツオが来ます。餌イワシを採るにも船がないんですよね。

藻谷:船は、秋のサケのシーズンまでには何とかなると言っている人もいます。そうはいっても、全量は捕れません。サケは、4年前に育てて放流した稚魚が戻ってくるわけだから、本当は捕りたい。
 数量が限られているのであれば、例えばYahoo!オークションにかけて、全量を一番高く買ってくれるところに売ってはどうでしょうか。大手に卸すだけの量が捕れないのであれば、全国のローカルのスーパーチェーン等で一番高い値段を付けてくれたところに卸すべきです。少ない漁獲でもお金になるという成功体験を身に付けた方がいいと思います。
 まさにアワビは、それで成功しています。漁獲制限をすることで、かえって儲かっている。同じことはサンマについてもいえる。今年はサンマの漁獲が減るかもしれない。「やっぱり三陸のサンマが食べたい」と思う人に高く払ってもらわなくては。それだけの資源が三陸沖にはあるということです。

増田:あの資源は本当に宝だと思います。

藻谷:資源がある以上、いずれ水産業は復興すると思うんです。問題は、サービス業や商業です。復興にかかる年月の間に、耐え切れなくなった人が多く流れ出てしまうのではないか。そこが心配です。

地元主体の復興

増田:復興構想会議でも、地元主体の復興の必要性が言われています。

藻谷:現地の復興のためには、東京に資金が還流するタイプの公共投資はなるべくやらないことが重要だと思います。

増田:公共投資をするなら、極力地元にお金が落ちる仕組みであるべき、ということですね。

藻谷:もちろん、最低限の堤防などがないと台風シーズンに冠水するので、すぐ再建に着手すべきなんだけれども、人工地盤や大規模防潮堤みたいなものは慎重に考えた方がいい。技術を要するものを造れば造るほど、東京に戻るお金が増えていきます。

増田:おっしゃる通り。すぐ取りかかるべき必要最小限のものは、逆に議論をする必要はありません。議論すべきは、どういうものをつくるかの哲学です。

藻谷:お金が幾ら掛かるかという議論以上に、資金が地元にどれだけ循環するかが復興においては重要です。これは、資金を出す東京側も同じです。自立を促す復興でなくては意味がありません。
 例えば仮設住宅は、大量生産したほうが安いので、当然ながら全国メーカーに発注することになります。しかし、それでは東京に還流するお金が多くなる。地元の一部では、間伐材を使って仮設住宅をつくり始めています。時間との戦いですから、すべての仮設住宅に適用はできませんが、このような供給であれば、地元に循環するお金が増えます。
 仙台東部道路は土盛りで造った部分が多いので、今回それが防潮堤になりました。さらに海岸沿いにある県道も、土盛りにして減災機能を持たせようかという話が出てきています。実は、土盛りと高架道路では、高架のほうが安いんです。ですがどちらが地元に金が落ちるかというと土盛りです。

増田:高架の場合は、東京の大手建設会社が引き受けることになるからね。

藻谷:人工地盤や巨大防潮堤、避難ビルの建設などは、いずれもそういう要素をはらんだ議論です。
 一切やるなとは言いません。地元の選択次第だと思います。ですが基本的なポリシーは、住んでいる人が二度と想定外の事態で怖い思いをしないということ。それも、「自分はもういいや」というお年寄りが決めるのではなくて、「あなたの孫の暮らす場所をどうしたいですか」という視点で考えるべきです。

人材立地の製造業

増田:今回の震災で、サプライチェーンに大きな影響が出ました。東北が、製造業にとっていかに重要な拠点となっているかを知った人が多かったと思います。

藻谷:製造業に関しては、震災後2ヶ月ほどで、かなり復興が進みましたが、その傷は予想以上に大きかったです。それは、先ほどの漁業と比較して、比較代替性があるからです。残念ながら多くがフェラーリではないんです。

増田:工場が他の地域に移転してしまって、戻ってこなくなる可能性がありますね。

藻谷:さらに言うと、この際日本で再建せずに中国に生産を移してしまうということも考えられます。

増田:阪神・淡路大震災後の神戸港が想起されますね。

藻谷:そうなんです。ただ、国内生産のデバイスの中に代替性がないものが意外にたくさんあった点は、神戸港よりも救いがあったと思います。

増田:東北が選ばれていた理由というのもありますからね。

藻谷:北東北を代表する工場集積地である北上周辺についていえば、石油ショックの前後に、誘致企業の半分くらいがつぶれました。しかもその後、第2次石油ショック、円高不況、バブル崩壊を経験し、とどめにリーマンショックがきました。しかし、リーマンショックについていえば、軽く凌いでしまったような状況です。数々の試練に耐え抜いた、われわれが思っている以上にすごい会社しか生き残っていないという面があるからです。
 東北は物流導線上、不利な地域です。資源産地からも大消費地からも遠く、資源をわざわざ北に運んできて、また製品を南に戻すわけです。それでもなぜ東北で生産をするのかというと、人材資源があるからです。今回の震災でも東北人の良さが発揮されました。真面目で忍耐強い、ものづくりに向いた人たちです。地元大学も優れた技術系の人材を輩出している。そういった人材の供給に依拠している立地企業はそう簡単には出ていけないのです。

増田:東北の基盤をさらに強化したいという企業もありました。

藻谷:その上今回の地震で、東北は半ば「カラミティプルーフ」の地域であるということが示されたと思います。耐震改修が進んでおり、人的被害はほとんどが津波によるもので、強震に見舞われた内陸部でも倒壊建物はほとんどありませんでした。
 仙台にしても、伊達政宗が地盤の硬い台地を選んで町を造っているんです。東北新幹線も東北自動車道も一カ所も橋桁が落ちず、迅速に再開しました。津波対策さえできれば、東北こそ世界で一番地震に強い地域です。

地域金融機関の役割

増田:地域金融機関の役割についてもお聞かせいただけますか。

藻谷:ランニングでは成り立っている事業において、償却が済んでいない資産が失われてしまった場合、バランスシート調整をしなくてはいけない。成り立つ企業を選んで再建を手伝うのは誰か。一律に補助金を入れるよりも、地域金融機関を活用するのが筋だと思います。なぜならば、彼らこそが長年にわたって地域に寄り添ってきた最高の目利きだからです。その地域の特性や経営者の個性を知らない人間が落下傘的に行って判断するのは困難です。ですが、設備面、人材面で地域金融機関自身の負った傷も深く、その再建を急がねばなりません。
 ただ、金融については凍結、モラトリアムもありえます。その間に、経営者が高齢の場合には後継ぎがどの程度頑張るか、あるいは従業員の中に後継人材がいるかなどを見極めつつ、大局的な治療と応急処置の両方が必要です。それをやるためにも、地域金融の力をポンプアップせねばなりません。
 もう一つ、地域金融として住宅ローンをどうするかという問題があります。個人の生活を支える面です。これは今の話とは別で、一律に何かしらの救済措置を取る必要があるのかもしれません。
 まずは、被災地の企業、住民の過去の負債に対する不安感を取り除くことです。方針が見えれば、希望を持って将来のことを考えるようになります。

個人ができること

増田:阪神淡路大震災の時も、全国から多くの義援金が集まりました。今回は、それを凌ぐ勢いで集まっています。誰もが「支援をしたい」という気持ちを持っているということです。

藻谷:今、私が提言したいのは「国民各自が貯金の1%を寄付しませんか」ということです。なぜ「1%」なのか。1%は誰でも払えるからです。1,000円しか貯金がない子どもでも10円は払えます。1,000万円ある人にとって10万円は払える。1億円ある人は100万円は払えます。1%は金利の範囲内ですから。日本国全体で個人金融資産が約1,500兆円あるとすれば、この方式で15兆円が集まります。所得控除を受けられる相手に寄付すれば、さらに負担感は少ないでしょう。

増田:ふるさと納税も活用してほしいですね。

藻谷:多いに活用してほしいです。例えば、自分は魚が好きだから漁港の再建であればお金を出すとか、子供が好きなので学校の校舎の建て替えならお金を出すとか、関心分野がいろいろあると思うんです。看護人材が足りていない被災地の看護師さんの夜勤手当に、といった発想だってあるでしょう。
 そういう個別の思いに対応した税金の使途をたくさん示して、分野を選んでふるさと納税をしてもらう。このやり方が広まれば、日本の復興の最大の財源になります。日本では、政府にも自治体にもお金はない。多くの企業にも余裕資金はない。お金を持っているのは実は一部の個人だからです。

増田:多くの受け皿をつくれば、自分が寄付した先の復興への関心も高くなるし、好循環が生まれると思います。
 実際に先日、こういう話がありました。岩国市の市民から「岩手県沿岸の被災した学校にピアノを贈りたい。そのピアノの費用として300万円を出したい」と。岩国市長からその話を聞いて、岩手県の教育委員会につなぎました。手続きはふるさと納税にすることになりました。
 そういう気持ちを復興に活かしたいですね。
 本日は、ありがとうございました。

(文中敬称略)

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