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税・社会保障 一体改革の必要性を説く

2011年03月

総人口に占める65歳以上の高齢者人口(2011年1月1日現在概算値)の割合が23%を超えた。現在の賦課方式のままの社会保障制度では、限界が見えている。政府は、社会保障改革の全体像及び税制抜本改革の基本方針を本年6月までに示すとしている。それ程、喫緊の課題となっている。果たしてどのような改革が求められるのであろうか。税制に関する提言活動を行うジャパン・タックス・インスティテュートの所長でもある森信氏に語っていただいた。

語り手

中央大学法科大学院 教授
森信 茂樹氏

森信 茂樹(もりのぶ しげき)
1973年 大蔵省(現財務省)入省。英国駐在大蔵省参事、主税局総務課長、東京税関長などを歴任。大阪大学、プリンストン大学で教鞭をとる。2005年財務総合政策研究所長。2006年財務省を退官し、中央大学法科大学院教授、東京財団上席研究員、ジャパン・タックス・インスティテュート所長を務める。著書に「日本の税制~何が問題か」(2010年 岩波書店)ほか多数。

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

大崎 貞和(おおさき さだかず)
1986年 野村総合研究所入社。1990年ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融庁・金融審議会委員、経済産業省・産業構造審議会臨時委員などの公職も務める。

税制改正には理論的な根拠が必要

大崎:昨年末に平成23年度の税制改正大綱が決まりました。金融証券市場に関係したところでは、証券投資の優遇税制といわれる株式等のインカムゲイン、キャピタルゲインの10%課税を延長することが決まりました。これは証券市場関係者の間では「非常によかった」という肯定的な評価が多いように思います。
 ただ一方で、金融所得課税の一体化へ向けて損益通算の範囲を広げると言っていたことについて、今回は具体的な進展はなかったと見ています。
 森信先生は、今回の金融証券関連の税制改正の内容について、どのようにご覧になっていますか。

森信:優遇税率の継続よりも金融所得一体課税の進展を先行したほうが、中期的には投資家にとって利益が大きいと考えています。その方が、リスクテイク能力も上がるし、多様な金融資産への投資も広がります。しかし、いろいろな政治的判断から、軽減税率の延長が優先されました。これは残念なことだと思います。少なくとも、優遇税制の延長が終わった後、どこまで損益通算をするのか、という姿まで書き込んであれば別だと思うんです。

大崎:民主党の政策集が今どのぐらい実効性を持っているかについては置いておくとしても、例えば金融所得一体課税については総合課税化が長期的に望ましいということが書かれていたわけです。そういうものが完全に消えてしまって一体課税が将来像と位置付けられているのか、あるいは今回のはあくまでも緊急措置で将来は総合課税に持っていくという話なのか、その辺が見えないですね。

森信:大崎さんもおられたと思いますが、夏に、金融庁主催の金融税制研究会、その後、金融税制調査会の場で、副大臣や政務官たちと一緒に議論したわけです。1カ月近くに及ぶ有識者の議論がその後の税制改正にほとんど反映されていないのは、非常に残念だと思います。

大崎:それは、なぜなのでしょうか。改正のプロセスに問題があるのでしょうか。
 政権交代の後、この改正プロセスを大きく変えるということで、22年度の税制改正についても、従来とはかなり違うオープンなスタイルがとられました。
 今回の政府税調の公開議事録からは、例えば優遇税制に関してはほとんど「廃止」としか読めませんでした。しかし最終的には、議事録には書かれない世界で、「延長」が決定されています。これではかつての「密室」と批判されたプロセスと変わらないようにも感じます。

森信:旧自民党政権下では、政府税制調査会で、民間人、有識者が集まって、どうあるべきかといった税制の理屈や、なぜ税制改正が必要かという論理を構築していました。それを受けて、自民党税調が論理に基づく具体的な税制改革を決定しました。自民党と政府税調をつなぐのが財務省の事務当局という役割分担があったわけです。
 ところが、これが二元的意思決定と言われて、平成22年度税制改正は一本化してやったわけです。しかし、それが必ずしもうまくいかなかったために、平成23年度改正では民主党と政府の税制調査会の2つに分かれました。自民党時代と大きく違うのは、両方とも政治家がメンバーであるという点です。つまり民間有識者等で税制改正の理論をつくるところがなくなっているのです。

大崎:専門家委員会は開かれていたのですか?

森信:開かれていましたし、私も小委員会の委員になっていますが、まとめたものはほとんど無視されています。
 政府への意思決定の一元化は非常に重要なことです。しかし、問題なのは、2つの税制調査会のメンバーがいずれも政治家になったために、税制改正議論が利害を調整する形で進んだことです。どこにも、「なぜ、こういう改革をするんだ」ということについての議論がありませんでした。
 これは全体についていえます。「なぜ、年少扶養控除をやめるのか?」。すると、「それは子ども手当のため」ということになるわけです。そうではなくて、所得控除から税額控除へ、あるいは給付へ、という流れがあって、そうすることで所得の再分配効果が上がるといった論理や分析が本来あるべきです。しかし、それが全部すっ飛んでしまって、子ども手当ありきで財源探し、法人税引き下げありきでまた財源探しという、利害だけの世界で税制改正が決められてしまっています。

大崎:来年度以降も、そういう状況は続くのでしょうか。
 民主党のマニフェストや政策集には従来の考え方を大きく変えることが書いてあって、それなりの考え方が示されていたと思います。それらを理論的な柱として税制をつくっていくのか、それとも、断片的には出てくるけれども全体像は不透明になってしまうのでしょうか。

森信:「平成23年度税制改正大綱」については、消費税を封印せざるを得なかったという政治的な事情があったということは大きく影響していると思います。
 しかしこれから、その封印を解いて、本年6月までに税・社会保障一体改革の具体案を示すと言っているわけです。これには政治生命をかけると総理が言っています。
 その時には、これは何のためにやるのか、社会保障はどうするのか、という具体案を示す必要があります。結果的には日本をどの程度の規模の国家にするのか、つまり、今の低福祉・低負担なのか、中福祉・中負担なのか、あるいはもっと、スウェーデンのレベルまで見通していくのか、という議論をする必要があります。
  「何のための税制改正か」という議論がなければ、国民も消費税率の引き上げに納得しないと思います。数字だけでは納得できません。哲学に基づいた議論をしなければいけません。

税・社会保障一体改革は喫緊の課題

大崎:確かに、消費税をめぐる議論では、税制全体における位置づけではなく、税率を上げるべきか上げないべきかという話ばかりが聞こえてきます。
 森信先生は、消費税はどう位置づけられるべきだとお考えですか。

森信:まず消費税率が幾らだと言う前に、社会保障のあるべき姿が必要です。今の日本の社会保障制度はほころびが目立って崩壊寸前です。
 2004年に年金制度改革があって、保険料の引き上げと給付の引き下げがセットで決まりました。しかし、想定を越える少子高齢化の進展や経済のデフレが進み、大きく前提が狂っています。ですから、2004年の年金制度改革を見直さなければならないのは事実です。そして、どこまで日本の年金を変えるのかによって、必要な消費税収額、消費税率がおおむね決まることになるわけです。
 例えば金融所得一体課税や法人税の問題については、どういう税制にすべきか、それだけで考えられるわけです。
 しかし、税・社会保障一体改革は、いわば財源手当てのための税制改革です。まず社会保障制度があって、それを裏打ちする税源としての消費税がある。そういうアプローチです。社会保障の姿がないと税率は出てきません。

大崎:よく「消費税は逆進性がある」とか「累進税率ではないから、いかん」といった指摘をする人がいます。しかし、最低限の社会保障給付は、現役時代の所得によって大きく差異が生じてはならないはずですので、消費税で賄うという考えは筋が通っていると考えていいのでしょうか?

森信:必要な社会保障制度があって、それをファイナンスする時に、所得税なのか消費税なのか? ということですね。

大崎:そうです。

森信:必要な税収額は巨額になりますので、勤労意欲に与える影響を考えると所得税では無理でしょう。消費課税で税収を得るしかないと思います。もちろん、所得税にも工夫の余地があるとは思います。
 強いて言えば、割と税負担の余裕があるところは富裕高齢層だと思います。年金税制を強化してその辺の負担をもう少し上げることは意味があると思います。しかし、基本的には消費税収で賄っていくほうが、経済に与える影響も少ないと思っています。
 今の5%の消費税率を念頭に置くと、誰が考えても、あと5%つまりトータルで10%が、政治的なターゲットです。一挙に引き上げるのか、2回に分けるのかという問題はありますが。
 年金をこんなふうに変えたら消費税率は20%だ、30%だという試算がいろんなところから出されています。しかし、現実問題は、当面10%ぐらいまでしか上げられません。そこで、当面10%でやれるような社会保障制度を考えていく、このような発想がいいのではないかと思います。
 年金制度の設計いかんで、将来の消費税率は大きく違う、ということです。

大崎:医療については、命に関わるので、抑制しろと言っても限度がありますからね。

森信:そうなんです。
 年金は、国でどれだけ支援するのか、企業でどれだけ支援するのか、あとは自助努力でどれだけやるのか、ということでうまく役割を分けていけば、それに応じた制度ができていくと思います。

自助努力型の年金制度の導入

大崎:自助努力で公的な年金を補うことについては、当然、自分の収入がなくなる時期、減っていく時期はある程度予想できますし、必要となる額についても、予想もしない病気と違って、予定が立てやすいです。
 ただ、現行の税制の下では、年を取った時に備えて若い時から積み立てることについて、十分な支援策なりメリットがないような気がします。個人年金保険の保険料控除ぐらいしかないと思います。そこはどういうふうにお考えでしょうか。

森信:まず、「年金とは何か」から議論しないといけないと思います。一般的に日本人が持っている年金のイメージは、高齢者の所得を保障してくれるもの、生活保障のイメージがありますね。

大崎:そうですね。

森信:しかし、年金はもともと保険制度で始まっているわけですから、財政支援が入ったとしても、基本的には自分の積み立てた保険料の範囲内で決まる話です。
 例えば、国民年金保険料は月1万5千円くらいです。それを40年間積み立て、その後20年間もらうと考えれば、本来、月に3万~4万円しか返ってこないはずです。

大崎:計算上はそうなります。

森信:しかし、月に3万~4万円では暮らせませんから、7万円位となるわけです。そのギャップが結局、財政にくるわけでしょう? あるいは社会保険料でそれをカバーしようと思ったら、賦課制度の下では、勤労世代の社会保険料に跳ね返ってくるわけです。「毎月1万5,000円ぐらいしか払わないのに、なぜ7万円もらえるか」について根本から考えていく必要があります。どこにもフリーランチはないわけです。
 少子高齢化が進む中、賦課方式では、非常に大きな負担が勤労世代にかかってきて、経済にとって非常に大きな負荷になります。ですから公的年金の規模は、経済が支えられるところで止めておいて、足らないところは企業年金と個人年金でカバーせざるを得ません。
 一方で、40年前に優良だった企業も倒産する世の中ですから、企業年金にもリスクがあります。そうなると、最終的には個人が自分で積み立てて、それを国が税制で必要最小限度の支援をしていくようにしていかざるを得ないと思います。
 わが国の議論は、公的年金の議論ばかりです。これから始まる税・社会保障一体改革もおそらく、公的年金の水準をどうするんだ、税方式なのか社会保険方式なのかという話ばかりでしょう。しかし、公的年金、企業年金、個人年金を併せた議論をして、公的年金の肥大化を防いでいく、負担増を可能な限り抑制する方向で議論すべきです。

大崎:ヨーロッパでは、そういった議論が進んでいると聞きます。

森信:そうです。ヨーロッパでは高齢先進国ということもあって、既に2000年ぐらいからそういう流れが始まっています。
 結局、少子高齢化が進んでいき、若年層と老年層の負担比率が変わると、賦課方式ではもたない、ということになるわけです。
 例えばイギリスでは、ステークホルダー年金と呼ばれる私的年金制度が導入され、公的年金の二階建て部分をステークホルダー年金に代替していく流れをつくっています。ドイツには、リースター年金と呼ばれる私的年金があります。これに政府が財政援助をすることによって、公的年金の肥大化をとめようとしています。
 アメリカはもともと自助努力の国です。小さい公的年金をカバーするものとして、401kといった企業年金やIRAといった個人年金があります。
 そういう世界の現実を見ながら、日本も議論していくべきだと思います。

大崎:1つ確認です。そういうお話を伺うと、中には短絡して「公的年金だけでは食べていけないことを正当化するのか」なんて言う人もいるでしょう。ほかに食べていく手段が全くない人は、生活保護等で支援するという前提ですか。

森信:生活保護との役割分担もありますが、年金制度には、生活に困窮する高齢者をつくらないという哲学も入っています。しかし、そこにばかり焦点を当て過ぎると、勤労世代に過大な負担がいきます。老後の生活は基本的には自分で支えるという形で制度をつくっていかないと、「無年金でも、生活保護がもらえるなら、そのほうがいい」というモラルハザードを生むわけです。セーフティーネットを張り巡らせ過ぎて国家がつぶれそうになったのがイギリスです。それでサッチャー政権に代わったわけですから。

大崎:そういう観点から、森信先生は日本版IRAの導入を提案されているわけですね。

森信:国と企業と個人の自助努力で自分の老後を形成していく。国家は必要最小限の税制を優遇する。実は日本版401k(個人型確定拠出年金)の導入も、そういう思想にたっていた訳です。しかし、導入から10年経っても、加入者はそれほど増えていません。

大崎:企業型は普及したけれども個人型は普及していないですね。少額しか積み立てられないため、メリットを感じられないという指摘があります。

森信:これは、税制に問題があるからです。401kの税制は、積立時は所得控除、給付時は公的年金等控除ということで、入り口・出口ともに非課税になっている。税制優遇し過ぎているわけです。

大崎:優遇し過ぎて逆に、積立額を制限しなくてはいけなくなってしまった、ということですね。

森信:これは、ある意味では不幸というか、パラドックス、本末転倒のような話です。
 1つの方法としては、日本版401kの税制を変えて、入り口か出口のどちらかを課税するようにすれば、もっと商品として大きくなる可能性はあります。

大崎:そうであれば、税収は減らなくて済みます。

森信:しかし、それでは3階建ての年金税制として、他の年金と整合性が取れなくなるという問題が出てくる。
 そこで、提案したいのが、公的年金、企業年金を飛び越えた個人年金の整備です。入り口か出口かどちらかで課税するような個人年金をつくる。それが我々の提案する「日本版IRA」(個人型年金積立金非課税制度)というものです。
 これは、アメリカの個人貯蓄年金であるIRAをモデルにしているので、日本版IRAと呼んでいます。アメリカのIRAは、積立時は非課税で引き出す時に課税されます。一方、積み立て時は課税で、引き出し時は非課税というロスIRAもあります。
 入り口と出口のどちらかで課税するわけですが、私は入り口で課税したほうが、シンプルな商品になると考えています。税務当局としても最初に課税しているので減税規模がすぐに拡大することがない、というメリットがあります。

大崎:積み立てる時は所得があるわけですから、積み立てる時は課税、引き出す時は非課税のほうが合理的な感じがします。

森信:日本版IRAは、確定拠出型年金です。その中でいろんな金融商品に投資できるようにして、金融所得一体課税と組み合わせていけば、金融市場の活性化につながります。これは、財源がほとんど要らない経済対策としても期待できますので、そういった観点からも意義があると思っています。

大崎:日本版IRA実現の見通しはいかがですか。

森信:これはまだスタートしたばかりの議論です。私としては、今から始まる税・社会保障一体改革の時に、この話をもっと取り上げてもらう努力をしていきたいと思っています。一応、金融庁の金融税制調査会で自分の考え方を示していますので、金融庁のホームページにも載っています。
 アメリカの例では、IRAの導入後、間接金融から直接金融へ、あるいは投資信託の活性化につながったという歴史的事実があります。金融機関の方にもぜひ支援していただきたいと思います。

大崎:賦課方式での給付額を減らしていく、あるいは伸びを抑制していき、同時に日本版IRAのような仕組みで積み立てを奨励していく。うまくやらないと軟着陸が難しいですね。
 森信先生には今までにもいろいろお話は伺っておりますが、改めて全体構想がわかったと同時に、税・社会保障一体改革の難しさを感じました。
 本日は、ありがとうございました。

(文中敬称略)

注目ワード : 金融所得一体課税

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