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危機感を共有し、新成長戦略を軌道にのせる

2010年09月

GDP成長率は、いつまで上下動を繰り返すのだろう? 実際には、プラスに転じているのだが、マイナスの印象があるのは否めない。真に経済成長を実感できるようになるには、今、何をなすべきなのか。政府が発表した「新成長戦略」を軌道にのせるためには、まず何に取り組むべきなのか。民間人でありながら、役所の局長ポスト、大臣のご経験をもつ大田弘子氏に、日本が取り組むべき優先課題について語っていただいた。

語り手

政策研究大学院大学 副学長
大田 弘子氏

1996年 埼玉大学助教授。97年 政策研究大学院大学助教授。2001年に同大学教授就任。2002年内閣府参事官を経て2003年に内閣府大臣官房審議官。2004年内閣府政策統括官(経済財政分析担当)、2005年政策研究大学院大学教授、2006年内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、2008年8月政策研究大学院大学に復帰後、翌年4月に副学長就任。著書に「改革迷走」(2010年、日本経済新聞出版社)他多数。

聞き手

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員
大崎 貞和

1986年 野村総合研究所入社。1990年ロンドン大学法科大学院修了(LL.M)。99年資本市場研究室長。2008年4月より研究創発センター(現 未来創発センター)主席研究員。現在、早稲田大学客員教授、東京大学客員教授を兼務。金融庁・金融審議会臨時委員、経済産業省・産業構造審議会臨時委員などの公職も務める。

新成長戦略を実現するには

大崎:まず、経済の専門家として最近の日本経済の動向をどのように見ておられるか、教えていただけますか。
 世界金融危機ということが言われてからもう2年ぐらい経ちました。新興国の経済はだいぶ回復しているようですが、日本国内は停滞したままです。

大田:世界経済はまだリスクを抱えています。特に欧州の財政不安による部分は大きいですよね。日本については今年、来年と、アジアの回復に伴って緩やかな回復は続くと思います。私はこの回復期が非常に大事だと思っています。それは2つの理由からです。
 2002年から2007年は、アメリカの消費が世界経済を引っ張りました。今は次のステージができつつあります。アジアの存在感が一段と高まったり、環境技術がより重要になったり、新・新興国が生まれたり、いろいろな状況が起こってくると思います。日本経済は、そこをにらんでおかないと本当に取り残されてしまいます。それが1つです。
 もう1つ。こちらの方がより大きい理由です。私たちは今、消費が振るわないとか、地域経済が弱いとか、賃金が上がらないといった問題に直面しています。これらは、リーマン危機で起こったわけではありません。その前から続いていた。2002年から2007年のステージでは、電機や自動車などが日本経済を牽引したため、弱い部分が覆い隠されていましたが、弱い部分は前から弱かったんです。つまり、今の問題点の大半はリーマン危機の前から続いていた構造的な問題です。回復の過程で、この構造的な弱さを克服できるかどうかです。それを克服しないと新しいステージではもっと弱くなります。
 危機だからこそできる改革がありますから、この回復期はものすごく大事だと思います。

大崎:そのご指摘は非常に重要ですね。何となく「金融危機で経済が失速して、そこから脱却しなきゃいけない」という説明が分かりやすく聞こえます。しかし、実は問題は危機の前からあって、それが今、足を引っ張っているということなんですね。

大田:そうです。日本の状況を考える時は、世界経済の流れの中で考える必要があります。問題の起こりは90年代です。
 1つは、劇的にグローバル化が進んだことです。冷戦構造が終わり、EUが誕生し、さらにアジアで新興国が生まれてきた。加えて、IT革命も形をなしてきました。ITを使って世界規模でサプライチェーン・マネジメントをするようになった。これらの変化によって、ヒト・モノ・カネが簡単に国境を越える、企業の誘致合戦が起こる、という変化がありました。また、国内では高齢化が急速に進みます。90年の時点ではまだ、ヨーロッパ諸国より高齢化率は低かったんですが、90年代にそれを超えるほどに急速に進みました。
 90年代は、このような国内外の大変化に取り組むべき時期でしたが、最初はバブル、その崩壊後は不良債権処理にあまりに長い時間がかかってしまった。したがって、国内外の大きい変化への取り組みが遅れたまま、今に至っています。
 日本の成長率は2回、下方シフトしています。1回はオイルショックの後です。9%ぐらいの成長が4%になり、それがバブル崩壊以降ゼロから1%に落ちて、そのまま続いています。小泉内閣でやっと不良債権処理が終わって、マイナスがゼロになった。私はその後、大臣になっています。今度はゼロをプラスにする、成長できる経済にもっていくことが課題だと思っていましたから、すぐに成長戦略づくりに取りかかりました。ところが、国会の中は、「小泉改革が問題だった」の一色で、経済問題の中心は格差になっていました。その後、短期の首相交代などにより、そのままずるずる改革ができないまま、今に至っています。

大崎:今「成長戦略」とおっしゃいましたが、この6月に「新成長戦略」が出ました。これはどう見ておられますか。

大田:鳩山政権の最大の問題点は成長への危機感が弱いことでした。それと比べると、菅首相は危機感をもっておられるように見受けられます。実際、「新成長戦略」の中には、危機感が明確に示されています。例えば、自民党政権の中で、私もやりたくてできなかったことが幾つか盛り込まれています。法人税率の引き下げ、混合診療、海外から患者を受け入れて日本の高度な医療で治療をする国際医療交流、それから幼保一元化といった規制改革です。
 そういう点で評価していますが、問題は数値目標が2020年で、この3年間の取組みが明確ではありません。2020年ではあまりに遠過ぎます。
 その他、問題に感じているのは温暖化ガス25%削減との関係が触れられていない点です。
 グローバル化の視点が弱いところも問題です。特にFTAを急がなければいけません。このためには農業改革が不可欠です。グローバル化への取り組みは、真っ先に日本がやらなければならないことであり、かつ最も難しいことでもあります。

大崎:仮に成長戦略が軌道に乗って経済成長していくことになれば、それはそれで歓迎すべきことですが、一方で、そのためには相当な財政措置も講じなくてはなりません。しかし、財政は非常に厳しい状態にある。そこのところはいかがでしょう。消費税を上げる、上げないという議論もあります。

大田:「強い経済、強い財政、強い社会保障」と謳っていますが、これは至難の業だと思います。「強い経済」と「強い財政」の両立は当然目指していかなければいけませんが、そこに「強い社会保障」が入ると、これは多分無理です。
 菅首相は社会保障の充実という意味で「強い社会保障」と言っておられますが、ただでさえ年間1兆円以上増えていく社会保障をさらに拡大していけば、若い人の負担は相当重くなり、財政は弱くなるし、経済も弱くなります。

大崎:現政権はできると考えているんですよね。

大田:この3つの方程式を解く鍵をどう考えているかというと、「増税して成長する」という論理です。これが、消費税発言につながったのだと思います。増税して社会保障を充実すれば安心して消費が増える。それから、社会保障分野で雇用が増えるというシナリオ。この部分が成長戦略と財政戦略の両方にかかる部分です。しかし、増税によって成長するとは、私には到底思えません。
 「新成長戦略」でも、健康・介護で需要と雇用をつくると言いますが、単に政府が需要と雇用をつくっても成長につながるわけではありません。この分野での生産性を高め、民間の参入を促す改革がない限り、需要と雇用は本格的には増えません。
 政府の役割は、財政の拡大で直接的に需要をつくることではなく、むしろ、余計なことをしないこと。規制改革を進めたり、法人税率を引き下げたりして、阻害要因を取り除くことが重要だと思います。
 一方で、財政は財政で強くしていかないと、国債増発に対する金利感応度は高まっていますから、いずれ金利上昇につながって経済にマイナスの影響を及ぼします。したがって、成長戦略と併せて財政の中期的なプランをしっかりとつくって実行していくことが不可欠です。
 ところが、この間出た「財政運営戦略」はきわめて不十分です。2015年度と2020年度の目標があるだけで、この3年間をどうするかのプログラムがない。財政計画は、目標と、そのための歳出削減のプランと、足りない時の増税、この3つが不可欠です。そのいずれも明確でないまま、いきなり「消費税10%」という数字が出てきてしまった。これでは納得が得られるはずがありません。
 成長戦略も財政戦略も足元をどうするのかが見えないところが大きな問題です。

大崎:政府の役割は余計なことはしないこととおっしゃいました。その意味では、規制緩和がまだまだ大事だというお考えだと思うんです。

大田:はい、大事です。

大崎:中には、「規制緩和が行き過ぎたので、世の中の格差が広がった」とか「社会問題が出てきた」という主張をする人もいます。ここは、どう見ておられますか。

大田:私は、その意見には反対です。規制緩和そのものが悪かったのではなく、規制緩和の不十分さによって問題が起こっています。
 つまり、事前に企業の活動を縛ってきた規制を緩和するときは、併せて事後の規制を強化しなければいけません。ところが、日本の役所は業界ごとの縦割りの組織になっていますから、産業振興と消費者保護を同じところがやっている。そうすると、どうしても業界を守る姿勢が出てきてしまい、事後規制のほうはおろそかになりがちです。
 例えば、数年前に、耐震偽装問題がありました。本来、建築基準を緩めたのなら、違法があった場合には、事後規制として違法建築があった場合の建築業者側の賠償がなされる保険制度が整備されていなくてはならないのに、それはできなかった。結果として、規制緩和が問題だったということになり、建築基準法が改正され事前規制が強化されました。
 派遣法の問題もそうです。派遣法を緩和した時に、派遣労働者を保険に入れるといった事後的なセーフティーネットを準備しなくてはいけなかったのに、その議論はなされなかった。

大崎:セットになっていないということなんですね。

大田:なっていないんです。その結果、何か問題が起こると、規制改革そのものが悪いという情緒的な議論が起こり、思考停止になってしまう。
 冒頭に申し上げたように、グローバル化とか人口減少でこれだけ経済構造が変わっているんです。規制も見直していかなければいけない。日本型雇用だって崩れざるを得ない。経済構造が変わる過程ではいろいろ歪ひずみも起こります。それを、「小泉改革が悪かったのだから。元に戻せばいい」という議論になったために、本質的な解決策を探す議論に入らずにきてしまいました。

大崎:元へ戻すのではなくて、改革に欠けていたものをプラスしていく、そういう姿勢が必要だということですね。

大田:そうです。新しい形をつくっていかなければいけません。
 どの国だって、構造改革なんかやりたくないですよ。しかし、冷戦構造が終わり、新興国が登場する中で、どの国も、新しい世界経済の中でいかに成長し、雇用機会をつくっていくかを考え、自国の経済構造を変革していかざるを得ません。
 新しい世界構造のステージに向かって変えるべきは変えていかなければいけないんです。しかし、どうしても日本では既得権を崩せない。何だか、変わらずに済む方法を探しているようにみえます。

役人の能力を引き出すのは政治家の力量

大崎:それを変えていくには、やはり政策の力あるいは政治的なリーダーシップが重要だと思うんです。現政権は、政治家と官僚の関係を変えていくという強い信念を持っています。
 大田先生は、民間のエコノミストでありながら、役所の課長クラス、局長クラスのポストもやられ、それから大臣もやられました。民間出身の大臣の中でも異色の経歴だと思います。いわば官僚組織の中から見た視点と外から見た視点と両方を複眼的にお持ちになっています。そういうご経験を踏まえて、今の役所と政治家の関係をどうご覧になりますか。

大田:役人には2つの側面があります。1つは、政策のエキスパートであること。非常に優秀な人が揃っていることは事実です。もう1つは、役所の職員ということです。職員であるという立場上、先輩の職は守らねばならない、予算は取ってこなければならない。これは職員としては当然のことですが、問題はこちらの側面にあります。彼らは、政策を作ったり、予算を動かしたりする立場にある。つまり税金を使う立場にあります。そこに、「職員」という立場が出てくると、天下りなどの弊害が起こってくるわけです。

大崎:確かに、全員が60歳まで役所に残るというわけにはいかないですから、どうしても天下りということになってしまいます。

大田:国の官庁では完璧な年功序列が維持されてきましたから、事務次官というトップを残して他の同期は50代半ばで役所を出ていく。これを早期勧奨退職といいますが、早期に退職させるのですから再就職を斡旋するしかない。そういうことが今まで起こっていたわけです。これらを解決するのは、公務員制度改革の実行です。
 ただし、前者の政策のエキスパートについては、生かしていかなければいけません。それを生かせるか否かは、大臣にかかっています。

大崎:役所側の問題というよりは政治家側ということですか。

大田:大臣が役人に指示をしっかりと出して、役人から出てきた案をチェックできなければいけません。単に官を遠ざけたら、何もできません。政策は細部が難しいし歴史的な経緯もありますから、エキスパートの力を最大限に生かすべきです。

大崎:政治家に求められているのは、細部にわたる知識ではないですからね。

大田:そこは役人に力を発揮してもらわなくてはなりません。
 ただ、もう1つ。私が役人、大臣をやっていた時はいずれも自民党政権です。ここでは官僚主導と政治主導はコインの裏と表でした。官僚主導と政治主導は同じ意味だといってもいいぐらいです。
 自民党政権の下では「族議員」とよばれる人達が政策を主導していました。役人は時間をかけてこの族議員と関係を築き、族議員を通して自分たちの政策を実現させようとします。大臣は、旅人みたいなもので、いずれいなくなりますから。
 そうして「鉄の三角形」ができていたわけです。業界と族議員と官僚の密接な関係がつくる三角形です。業界は票と献金で族議員に働きかける。族議員は官僚に圧力をかける。官僚は業界とつながることで天下り先を確保する。この三角形がつくる政策決定のプロセスでは、政治主導と官僚主導は表裏一体です。小泉総理がやろうとした官邸主導・総理主導は、これらを崩す仕組みでした。だから、族議員も官僚も嫌がった。総理主導の政策決定は、鉄の三角形にとっては邪魔ですから。
 政権交代で鉄の三角形は崩れたのですから、文字通り、総理主導が実現するはずなんですね。総理が決断し、明確にリーダーシップを発揮すれば、役人は聞き入れます。本来の政治主導が実現するかどうかは、ひとえに内閣の力です。

若者を社会の中心に押し出す

大崎:一方で、「政治主導」という声が出てきますと、役所の中では「士気が下がる」とか「有望な若手が入ってこなくなる」という声もあったりします。
 政策研究大学院大学は、学生の3分の2が留学生で、国の数は50カ国にも及ぶと聞いています。また留学生は政府の役人や、中央銀行の方々が多いと聞いています。海外の役人をいっぱいご覧になっているわけですが、日本の役人と海外の役人に何か違いはありますか。

大田:海外から来ている若い役人は元気です。エネルギーが充満しています。

大崎:これは、役人に限らず、日本の国全体のことかもしれないですね。

大田:かもしれませんね。
 大学で国内外の全学生が一堂に会するようなフォーラムを開いたりしますが、質問はほとんど海外の留学生から。彼らは、奇妙な質問も平気でしてきます。日本人からの質問はきわめて少ない。

大崎:でも、こちらの大学ですと、日本人といっても、それこそ中央省庁の役人とか地方公務員の方々ですよね。

大田:そうです。エリートと言っていいです。

大崎:それでも、発言がないんですか。

大田:エリートだから、逆に周りを見てしまう、ということだと思います。手を上げて発言した内容が、隣の人にどう思われたかを気にしてしまうんでしょうね。非常に牽制し合っています。
 日本社会自体が、頭が重い社会であるということも、若い人の元気を引き出せていないのだと思います。30代は社会の中心になっていてもおかしくありません。海外から来る留学生は、20代後半から30歳で、社会の中心になりつつあります。だから、自分たちが国を引っ張っていかなければいけないという責任感がすごくあるんです。けれども、日本での30代はまだ先が長い、50になってもなかなか前面に出られない。もっともっと30代、40代が役所でも企業の中でも前面に出てこないといけません。前面に出せば、彼らは元気を出しますよ。

大崎:それこそ民主党政権では議員の当選回数が少ないこともあって、割と若い議員が閣僚になったり副大臣になったりしていますね。

大田:ええ。私は、民主党政権で非常にいいなと思うのは、政務官も前面に出ていることです。
 自分で政策を担いで、記者会見をし、国会の質問にさらされるのは全然重さが違います。若いときにその経験をするのはすごくいいと思います。

大崎:役所の方はいかがでしょう。この間の人事では、国交省の事務次官が、4人連続同期というのが話題になったりしましたが。

大田:安倍内閣での公務員制度改革で、一番問題だった省庁の再就職斡旋は変えましたが、これをスタートとして人事の全体を変えなければいけないんです。天下りの部分だけ変えても、若手はやる気が出ません。生涯所得で帳尻を合わせる仕組みができ上がっていたのを、出口の部分だけ崩してしまったら士気はあがりません。

大崎:割が合わない仕事になるわけですからね。

 

「危機感を共有できれば、日本は驚くほどの強みを発揮するし、柔軟性を発揮します。」( 大田氏)

 

大田:しかも、国のために寝食を削って仕事をしているのに、あたかも役人は、悪いことをしているかのような報道がなされる。ですから、公務員制度の全体像を変えなければいけません。
 公務員制度改革をスタートさせた時に描いていたのは回転ドアのような仕組みです。途中で民間に出てまた役所に戻る。民間企業の人も途中で役人になる、という仕組みです。若い時に政策形成の現場を知り、さらに民間企業での経験を積んで、もう一度、今度は役所の幹部として戻ってくる。そういう仕組みが望ましいと思います。
 しかし、これまでの日本の役人で評価の対象になってきたのは調整能力、政治家や他省庁との水面下の調整能力です。民間でも役に立つような能力はなかなか身に付けられなかった。

大崎:鉄の三角形が崩れると、役人に期待されるものも変わってきますね。

大田:政策のエキスパートとして、一段と磨きをかけることが期待されてくると思います。役所で政策を立案して実行していく能力は民間企業でも必ず通用します。それによって国際性も磨かれるはずです。そういう役人をつくる仕組みになれば、回転ドアも機能し、役所にいたことがキャリアになると思うんです。
 日本は今、いろんな仕組みが変わる過程にあります。「元に戻せ」とか、悪いところだけを挙げて、耳に心地よい言葉で、変わらずに済むようにするのではなくて、政治家は先の姿を描きながら「ここはきついけど、こんな社会をつくっていこう」というメッセージを出しながらやっていかなければいけません。

足下をしっかり見据えた財政計画を

大崎:そのメッセージが、いまひとつ見えていないので、みんなは不安になってしまうんですかね。例えば、増税にしても、それによってどういう社会ができるかについてみんなが共通の絵を持っていれば、「それなら賛成」と受け入れられると思うんです。

大田:増税は、人の懐に手を突っ込んでお金を持っていく話です。何にどれだけ使うかを示さないで、消費税の税率引上げだけを言ったのはよくなかったですね。使い道も言わずに、いきなり「ギリシャのようになっていいのか」というのは乱暴です。

大崎:確かに間あいだが抜けてしまっていますね。
 一方で、ギリシャのようになるかもしれないというのも、ある意味、現実性を持ってきました。日本が、妙な破綻の状態に陥らないようにするには、何を真っ先にやるべきなんでしょうか。

大田:この3年間がものすごく大事です。まず、2012年に「団塊」世代が65歳になり始めます。年金の本格的な受給世代に入るんです。そうなると、社会保障制度改革はすごく難しくなります。
 それから、中国でも2012年に、「十八大」と呼ばれる中国共産党全国代表大会が開かれる予定です。アメリカ型の経済を勉強した第5世代の人達たちが中核に座ってリーダー層になるでしょう。
 そして、もう少し先の2015年に、ASEANでは関税が完全にゼロになります。ASEAN域内でオープンスカイ協定が結ばれ、完全な航空自由化も2015年までに実現する方向で動いています。
 ですからここから3年間は国内外で非常に大事な変化が起こると思うんです。この3年間の経済と財政プランを明確に出すことが、今やるべきことです。
 まず第1に、社会保障制度改革の絵をしっかり示すこと。第2に、この3年の財政のプランをどうすべきかを示すこと。明確な目標の設定、目標実現のための歳出削減計画と増税のプランです。
 第3に、「新成長戦略」に書かれている法人税率引き下げや、混合診療などの規制改革、農業改革といったむずかしい制度改革の具体的な進め方についてプランを出すことが必要です。

大崎:最近はむしろ、「ここの3年間は先送り」という議論が多くなっているように思うんです。それは非常にまずいということですね。

大田:まずいです。
 菅総理は、非常に政治的直感の優れた方なので、危機感の所在もよくつかみ、「新成長戦略」も「財政運営戦略」も出しました。ですので、足元をどうするかについても示してほしいですね。
 国会がねじれになったのは、実はよかったなと思っています。民主党政権になってから、どこで何が決まるのか、よく分からなくなっていたんです。郵政改革法案も、ほとんど議論もないまま、法案が出て、衆議院も通ってしまった。あのように大事なものが議論もないまま通るよりは、ねじれ国会の中で大いに意見を戦わせてほしいです。
 ねじれというのは、国会そのものが超党派の検討会議になることを意味します。したがって、どの党も国民を納得させられるような議論を出せば国民に評価されるチャンスが来るわけです。
  「消費税10%」も、なんで「10」なのかを議論する。社会保障もどうするかをもっと地に足が着いた議論をする。「新成長戦略」も、これまでできなかった制度改革に踏み込んで議論していく。
 国会での議論は、本当に時間がかかりますが、日本はもう先がないですから、真剣に議論してほしいです。
 それから、日本の場合はマスコミがどうしてもポピュリズムに走りやすい。時の政権をたたくだけになりがちです。

大崎:国会のねじれは、そういったポピュリズムの改革も促すことになるでしょうか。

大田:記者クラブの記者が頻繁に変わることもあって、簡単な対立軸をつくって記事にしてしまう傾向があります。

大崎:専門家になりきれていないから、分かりやすい対立軸を設けようとするわけですね。

大田:「法人税率を上げるか下げるか」「公共事業費の削減は何%か」と、とにかく単純です。しかし、政策は簡単ではありません。利点も難点もあるなかで最適解を探していかねばなりません。
 これからはマスコミも時の政権だけを批判すれば済むというものではなくなり、個々の政策を評価せねばならない。マスコミも力量が試されます。
 したがって、ねじれによって、国会もマスコミもきちんと政策志向に向かう可能性があります。現実には、混迷に次ぐ混迷で、また不毛な1年、2年が過ぎるかもしれません。ですが、少なくとも「新成長戦略」に書かれた制度改革だけでも実行してもらいたいですね。
 日本経済を再生するための構造改革ができるかどうかは、ひとえに危機感を共有できるかどうかです。日本は危機をばねにできる国です。オイルショックの時もそうでした。危機だと認識されれば、驚くほどの強みを発揮するし、柔軟性を発揮します。阪神・淡路大震災の時も、略奪一つ起こらずに兵庫県民が助け合い、海外の国を驚かせました。危機だと分かれば、非常にいい面を発揮します。
 しかし、今起こっている人口減少は、見えない危機、じわじわと進む危機です。また、日本の外でグローバル化がどれだけ速いスピードで進んでいるかは、海外とビジネスをしている人はよく分かりますが、そうでないとなかなか分からない。したがって、なかなか危機感を共有できない環境です。
 ただ、今回の参議院選挙を見ていると、前より危機感が浸透してきたようには感じます。中国は確実に日本のGDPを抜きますから、だんだん「日本はこれでいいのか」という不安が大きくなってきている。遅まきながら、少し危機感が共有されてきたと思います。そういう意味では、このねじれの状態も、プラスに転化できるといいですね。

大崎:今日はありがとうございました。大変示唆に富むお話をいただきました。

(文中敬称略)

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