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新型肺炎の経済への影響を考える上で重要な統計数値

2020年01月28日

SARS発生時程度の訪日中国人観光客数の減少が生じた場合

新型肺炎が日本あるいは世界経済に与える今後の影響を考える上で参考となる、幾つかの統計数値を確認しておきたい。

中国政府が1月27日から中国人の海外団体旅行を禁じたが、それが日本のインバウンド需要にかなりの悪影響を生じさせることは、もはや確定的だ。2002年に発生し、2003年に本格的に拡大したSARSの場合には、2003年5月の訪日中国人観光客は前年比で-69.9%まで減少した。現在、中国人観光客の3分の1程度は団体旅行で訪日していることから、海外団体旅行の禁止措置を受けて、訪日中国人観光客数は近いうちに少なくとも30%以上減少することになるだろう。さらに、個人旅行で訪日する中国人観光客のなかでも、旅行を控える動きがあったり、都市によっては飛行機での移動が制限されている人もいることから、訪日中国人観光客数が全体でSARS 発生時と同様に前年比で7割減まで落ち込む可能性も十分にある。ちなみにマカオなどでは、本土からの観光客数は既に前年比8割減となっている。

しかし、仮にSARS発生時と同程度の割合で訪日中国人観光客数が減少するとしても、日本経済に与える悪影響については、今回の方が格段に大きい。2002年と比べて2019年の訪日中国人観光客数は21倍にも膨れ上がっているためだ。統計はないが、訪日中国人観光客の一人当たりの日本での支出額もこの間増えただろう。

この点を考慮に入れて、仮にSARS発生時と同程度の割合で訪日中国人観光客数が減少した場合の日本のGDPへの影響について試算したが、その結果は、本コラムで既に示した通りである(「新型肺炎がインバウンド需要の減少を通じて日本経済に与える影響試算」、2020年1月27日)。


中国の成長率2%低下で世界の成長率0.33%、日本の成長率0.10%低下

日本及び世界経済への影響について、SARS発生時と今回とを比較する際には、世界経済に占める中国経済の規模の変化を考慮に入れておく必要がある。国際通貨基金(IMF)の統計によると、中国の名目GDPが世界のGDPに占める比率は、2002年の4.3%から2019年には16.3%へと4倍近くにまで高まっている。仮にSARS発生時と同程度、中国の成長率が低下した場合でも、世界の成長率の押し下げ効果は4倍近くとなる。

SARSの拡大が本格化した2003年4-6月期の中国の成長率は、前年同期比+9%程度と、前期の同+11%程度から2%ポイント程度低下した。また、IMFによると、SARSの流行が中国と香港の経済に与えた影響は、GDPの1%~3%だという。双方の数字から、仮に新型肺炎の影響で中国のGDPが2%押し下げられるとした場合、世界のGDPは0.33%押し下げられる計算となる。中国経済の悪化が他国に及ぼす影響も考慮すれば、その影響はさらに大きいはずだ。

ちなみに中国のGDPが2%低下し、世界のGDPは0.33%押し下げられた場合には、日本のGDPは1年目で0.10%押し下げられる計算となる(内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(2018 年版)」による)。


中国訪日観光客の「爆買い」は健在

次に訪日外国人観光客の中での中国人の消費の特徴を明らかにし、そこから訪日中国人観光客が大幅に減少した場合の日本経済、産業に与える影響について簡単に考察してみたい。

観光庁の統計によると、2019年の訪日中国人観光客数はおよそ960万人(9,594,300人)、訪日観光客数全体の30.1%の構成比だ。SARSが猛威を振るった2003年には、訪日中国人観光客の構成比は8.6%であったことから、この間に中国人観光客数の比率は3.5倍にも高まったことになる。ちなみに2003年当時は、韓国人観光客数の比率が28.0%と突出していた。

他方で、2019年の訪日外国人旅行消費額、いわゆるインバウンド需要は4兆8,113億円であったが、その中で中国人観光客の構成比は36.8%だった。訪日観光客数全体に占める中国人観光客の比率(30.1%)よりも大きいのは、中国人観光客一人当たりの日本での消費額が2019年で212,981円と、全体の平均158,458円よりもかなり高いためだ。

訪日外国人旅行客の消費額の内訳を見ると、およそ3分の1(34.6%)が買物代、約3割(29.4%)が宿泊費、約2割が飲食費(21.6%)という構成である。ところが中国人観光客の場合には、買物代が52.9%と実に半分以上を占めている。宿泊料金は20.5%、飲食費は16.7%だ。娯楽などサービス費は3.1%に過ぎない。インバウンド需要は「モノ消費」から「コト消費」に変化してきていると言われるが、少なくとも中国人観光客については、「モノ消費」が依然として中心だ。

ところで、以上の数字から、訪日外国人旅行客は質素なホテルに泊まり、飲食を切り詰めて買物代に充てていると考えるのは、必ずしも正しくないだろう。注目すべきは、日本での宿泊日数だ。平均泊数は訪日外国人旅行客全体では8.8泊であるのに対して、中国人観光客は7.4泊と短い。同じアジアでも、ベトナムは36.6泊、フィリピンは21.0泊と長めだ。また、欧米やオーストラリアからの観光客の平均泊数は、いずれも10泊を超えている。

中国人観光客は日本での滞在日数が相対的に短いが、その短期間のうちに、買物に時間とお金をかなりかけているのである。中国人観光客の一人当たりの平均買物代は10.9万円と訪日外国人旅行客の一人当たりの平均買物代の5.3万円の2倍以上と突出している。

中国人観光客の「爆買い」は決して過去のものではない。そのため、新型肺炎による中国人観光客は、百貨店、ドラッグストア、家電量販店などの小売業の販売に特に大きな打撃となりやすい。


百貨店、ドラッグストアに大きな打撃か

さらに、中国人観光客による買物代の内訳を見ると(以下の数字は2019年10-12月期)、旅行消費額に占める構成比で第1位は「化粧品・香水」の21.0%である。宿泊、飲食なども含めた日本での消費額全体のうち実に5分の1は「化粧品・香水」の購入に充てているのである。外国人観光客全体では、同比率は9.7%とその半分以下だ。構成比で2番目以下は「衣類」の7.3%、「靴・かばん・革製品」の6.7%、「医薬品」の5.8%、「菓子類」の3.7%である。これらは概ね違和感のない順位である。「電気製品」の比率は2.2%と思ったよりも小さめだが、以前はもっと大きかったのだろう。それでも、外国人観光客全体の1.5%よりは高めの比率だ。

これらの内訳からは、訪日中国人観光客が今後減少した場合、百貨店での「化粧品・香水」、「衣類」、「靴・かばん・革製品」、ドラックストアでの「医薬品」、「化粧品・香水」、「菓子類」の売り上げにかなりの打撃となることがイメージされる。

True Data社によると、2019年9月のドラッグストアによるインバウンド消費の売上個数の上位30を見ると、化粧品が16商品と過半数を占めている。第1位はDHCの薬用リップクリーム、第2位は花王の保湿フェイスクリーム、第3位はPDCの酒粕パック、第4位は江崎グリコのキャンディ、第5位は花王の乳液であったという。


ナイトタイムエコノミーにも注目

最後に、中国人観光客のサービス消費の特徴についても見ておきたい。既に述べたように、中国人観光客のサービス費は買物代と比べて割合が小さいのが、他国からの訪日観光客と比べた場合の特徴だ。それでも、詳細に見ると中国人観光客の影響力が大きい分野もある。

注目したいのが「ナイトエンターテイメント」である。これは、夜間のショーやライブ、夜間に入れる美術館、博物館などである。JTBによる15か国の調査(2019年)によれば、訪日中に「ナイトエンターテイメント」を経験したと回答した外国人を国別に見ると、トップは40%の中国である。2位以下は、タイ(25.5%)、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどである。他方、欧米やオーストラリアからの訪日客では、その割合は2割前後にとどまっている。

今後、東京五輪に向けてインバウンド需要を一層掘り起こしていく上では、まだ十分に認知されていない「ナイトエンターテイメント」は重要な新規開拓分野となる。また将来的には、政府が内需拡大戦略の一環と位置付けるカジノもその一つである。

新型肺炎の影響で中国人訪日観光客が大幅に減少し、また長期化すれば、こうした政府の成長政策にも狂いが生じてくるかもしれない。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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