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中銀デジタル通貨の発行には各国に様々な狙い

2020年01月24日

中銀デジタル通貨発行の狙いを整理

中国が主要国で初めてとなる中銀デジタル通貨、いわゆる「デジタル人民元」の発行準備を進めている中、日本銀行を含む6つの中央銀行(カナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、スウェーデン・リクスバンク、スイス国立銀行)と国際決済銀行(BIS)は、中銀デジタル通貨の活用可能性を評価するためのグループを設立することを、1月21日にそれぞれ声明文で明らかにした(本コラム「主要中央銀行が中銀デジタル通貨の知見の共有で連携」。2020年1月22日)。これをきっかけに日本において、日本銀行及び世界の中央銀行による中銀デジタル通貨の発行に関する関心が高まっている。

中銀デジタル通貨の発行の目的、狙いに関して十分に整理されていない議論も散見されることから、本稿では、この点について整理を試みた。主な狙いは以下の5点である。


1)民間デジタル通貨への対抗

中銀デジタル通貨発行の目的の第1は、民間デジタル通貨への対抗である。主要中銀では、2014年頃から中銀デジタル通貨発行が議論され始めたが、そのきっかけとなったのは、ビットコインだった。

ビットコインが支払いで広く利用されるようになると、中央銀行の業務に支障をもたらすなどの問題点が中央銀行の間で意識された。それへの対抗として中銀デジタル通貨発行が議論され始めた面がある。ところが、価格変動が激しいビットコインは、投機の対象とはなっても支払い手段としての利用は広がらないことが明らかになった。この時点で、中銀デジタル通貨発行の議論はややトーンダウンした面がある。

ところが、2019年6月にフェイスブックが主導するデジタル通貨・リブラの発行計画が出されると、中央銀行の危機感は再び高まった。リブラがグローバルに支払い手段として広く利用される設計となっていたためだ。

リブラなど民間デジタル通貨が広く支払いに使われるようになると、中央銀行の収入が減り業務に支障を生じさせる、金融政策の効果を低下させる、金融システムを不安定にさせる、マネーローンダリングなど犯罪に利用される、個人情報の流出のリスクがある、など様々な問題点が意識された。

中銀デジタル通貨であれば、こうした問題をよりコントロールすることができる。そこで、いわばリブラ潰しを狙って、中銀デジタル通貨発行が検討されるようになったのである。

中国の「デジタル人民元」、ユーロ圏の「デジタルユーロ」がその代表格となる。


2)ドル覇権への挑戦

中銀デジタル通貨発行の目的の第2は、ドル通貨覇権への挑戦だ。米国のドルは、国際決済通貨や準備通貨として圧倒的な影響力を持っている。さらに、国際間のドル建て銀行送金については、事実上米国が牛耳っており、関連する情報が米国に入ることで、安全保障政策にも利用される。また、この仕組みを使って、米国はテロ指定国等に対して、金融制裁を実施することができる。こうしたドル通貨覇権に対する挑戦として、中銀デジタル通貨の発行が検討されている。

その代表格が中国のデジタル人民元だ。リブラへの対抗よりも、こちらの狙いの方が重要である。中国は一帯一路国を中心に、新興国地域に経済圏を拡大させるとともに、同地域を人民元通貨圏としていくことを狙っているのではないか。それによって、世界の決済でドルに対して人民元を広げていく、いわゆる人民元国際化を目指しているのだろう。米国が牛耳る国際間のドル建て銀行送金システムとは別の、ブロックチェーン技術によるデジタル人民元を、人民元の国際化の起爆剤とし、ドル通貨覇権に風穴を開ける戦略があるのではないか。

ユーロ圏のデジタルユーロ構想にも、ドル通貨覇権への挑戦という要素があると見られる。トランプ政権が自らドル安に志向を強める中、ドル一極体制のリスクはより強まっている。ドルが大幅に下落するようなことになれば、ドル資産を大量に持つ世界の銀行に大きな打撃を与え、またドル表示で取引される原油やその他原材料の価格急騰を招き、消費者や企業の経済活動にも悪影響が及ぶ。ユーロのプレゼンスを高めていくことで、ドル一極体制のリスクを軽減する狙いも、デジタルユーロ構想にあるだろう。

イングランド銀行のカーニー総裁が昨年提唱した、主要通貨のバスケットから成る中央銀行デジタル通貨の構想にも、こうした狙いがある。


3)技術覇権・デジタル標準争い

中国は、ブロックチェーン技術で世界をリードすることを、国家戦略に掲げている。その中核を成すのがデジタル人民元だ。従って、デジタル人民元の発行には、米国など先進国を意識した技術覇権の確立という狙いもある。

他方、中国が主要国で初めて中銀デジタル通貨を発行すれば、その技術や設計が世界の中銀デジタル通貨の標準(スタンダード)となってしまうことを警戒しているのが欧州だ。デジタルユーロ構想には中国が中銀デジタル通貨のスタンダードになることを防ぐ狙いもあるのだ。


4)金融包摂の助長

スウェーデンの中央銀行リクスバンクは、2016年からかなり具体的に中銀デジタル通貨「e-クローナ」の検討を進めてきた。中国のデジタル人民元構想が出るまでは、スウェーデンが主要国で初めて中銀デジタル通貨を発行する国になる、と多くの人は考えていたのである。

リクスバンクが中銀デジタル通貨の発行を検討し始めるきっかけとなったのは、急速なキャッシュレスの進行だ。GDPに占める現金発行残高の比率は1%程度まで低下している。その場合、銀行口座を持たない低所得者やスマホ決済を利用しない高齢者など、現金で支払いを行う一部の人々に支障が生じる。この問題を回避する狙いが中銀デジタル通貨の発行にはある。これは、多くの人が低コスで利便性の高い金融サービスを利用できるようにする、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)を後押しするものだ。

カンボジアでの中銀デジタル通貨発行の狙いもこの金融包摂にある。また、銀行口座を持たない人もスマートフォンで送金ができるようになるという社会的な意義をアピールしているのが、フェイスブックのリブラ構想である。


5)キャッシュレス化の推進

他方、日本で中銀デジタル通貨の発行が議論される場合には、それがキャッシュレス化を推進し、ひいては経済の効率を高める、との観点が主流であった。日本はGDPに占める現金発行残高の比率が2割程度と、主要国中最も高く、キャッシュレス化は遅れている。近年はスマートフォン決済の利用は広がってきたが、必ずしも裾野は広がっていないのではないか。

そこで、システム面やデジタル通貨の換金性などの観点から民間と比べて信用度が高い中央銀行が自らデジタル通貨を発行すれば、スマートフォン決済などの形でデジタル通貨を利用する人の割合は高まる可能性がある。スマートフォン決済の利用拡大などを入り口に、国民がよりデジタルサービスに慣れていき、デジタル経済が拡大することも期待できるだろう。

既に中銀デジタル通貨を発行したウルグアイでも、その狙いは経済の効率性向上にあった。


デジタル人民元、リブラへの危機感は共有

こうした目的以外にも、偽札対策、脱税対策なども中銀デジタル通貨発行の狙いである。

このように、中銀デジタル通貨の発行を検討すると一口に言っても、国によってその狙いは様々である。そして冒頭で述べた中央銀行のグループにしても、中銀デジタル通貨の発行に向けた姿勢には、かなりの温度差がある。この点を踏まえると、グループに加わった各国・地域の中央銀行が、近い将来、足並みを揃えて中央銀行デジタル通貨の発行に向かうと考えるのは、正しくはないだろう。

しかし、中銀デジタル通貨の分野で中国に覇権、世界標準を握られることへの警戒心は、各中央銀行ともに強いことは確かだ。そして、各中央銀行がそれぞれ中銀デジタル通貨を発行し、国内で流通するとしても、国際送金の分野では、グローバル通貨のリブラに対して十分な競争力を持てない。こうした観点から、中銀間の協力が非常に重要であるとの認識が、今回のグループ創設の背景にあることは疑いがない。

米国は、現在のドル支配体制の維持が望ましいと考えており、中銀デジタル通貨の発行には否定的だ。仮に米国が中銀デジタル通貨を発行すると、それは海外で急速に利用されることになるだろうが、これは米国にとっては必ずしも望ましいことではない。海外でのドル利用のさらなる拡大は、米国にとっては負担となるからだ。例えば、米国での金融政策変更などに対して、海外からの批判がより強まることにもなるだろう。米国にとっては、あくまでも現状が望ましいのである。

しかし、仮にデジタル人民元の利用が拡大し、米国が将来的にドルの覇権が揺るがされることを警戒するようになれば、中銀デジタル通貨、いわゆるデジタルドルの発行も検討する可能性があるだろう。その場合には、日本でも中銀デジタル通貨の発行をより真剣に検討する必要が出てくる。

このように、現状では中銀デジタル通貨の発行に最も慎重な米国の姿勢の変化が、世界の中銀デジタル通貨の議論とって、大きなゲームチェンジャ―となり得るだろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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