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ECBの政策再評価と中央銀行の新たな役割の議論

2020年01月24日

ECBが「政策再評価」に着手

欧州中央銀行(ECB)は23日に定例理事会を開き、金融政策の現状維持を決めた。市場の関心は、政策変更の有無よりも、ECBが検討している「政策再評価」の内容に集中していた。この点についてラガルド総裁は、記者会見で次のように説明している。

「われわれは多くの問題について見直しを行う。それはわれわれがどのように実施するのか、どのように評価するのか、どのような手段を用いるのか、どのように意思疎通するのかについてだ。意思決定や公表、使用する文言、到達範囲、あらゆる利害関係者とのエンゲージメントなど意思疎通に関するすべての方法を網羅するだろう。これらすべてが戦略の要であり、そのため、広範囲な見直しになる」(ロイター通信による)。

あまりに具体性のない説明に、金融市場は失望したことだろう。それは、理事会内部での意見が依然として分かれていることを意味していよう。あるいは理事会で決定する前に総裁としての見解を示すことに慎重な、前任とは対称的なラガルド総裁の調整型スタイルを反映している面もある。

ラガルド総裁は、この政策再評価の議論の期間を年末までとしているが、ずれ込む可能性もあると指摘し、特定の期限を設けない考えを示している。


進む物価目標の見直し議論

政策再評価の議論の中で中核のとなる第1のテーマは、物価目標の見直しだ。ECBは創立時の1998年に、物価目標を「2%を下回る水準」と設定した。その後2003年に見直し、「中期的に2%を下回るが、2%に近い水準」という現在の表現に改めている。

物価目標の見直しが議論されている背景には、実際の物価上昇率がECBの目標を下回り続ける中、予想物価上昇率(期待インフレ率)がさらに下振れ、いわゆる日本化が進むことへの警戒である。

この物価見通し修正議論で第1のポイントとなるのは、目標を上下対称とするか否かだ。現在の目標では、2%が上限のように理解され、それが予想物価上昇率の上昇を阻んでいる、との意見が理事会内で多い。理事会メンバーのビルロワドガロー仏中銀総裁は、物価目標は上下に対称的で弾力性を持つ必要がある、という考えを示している。

この議論は、米連邦準備制度理事会(FRB)が進めている「金政策の枠組見直し」と近いものであり、ECBの政策再評価はFRBの「金政策の枠組見直し」をモデルとしていることは明らかだ。

物価見通し修正の第2のポイントは、表現の曖昧性への対応だ。現在の物価目標の表現は曖昧である。それが、金融政策が予想物価上昇率に与える影響を低下させているとの指摘もある。

第1、第2の双方の議論を踏まえると、物価目標及びその表現は、よりシンプルに「(中期的に)2%」等へと最終的に修正される可能性が考えられる。

ただし、物価目標やその表現を如何に修正しようと、それが予想物価上昇率あるいは実際の物価上昇率に与える影響は限られる、と筆者は考えている。


前ドラギ総裁への強い反発から生じた議論

政策再評価の議論の第2のテーマは、政策決定プロセスの透明性向上や情報発信の在り方である。

具体的には、金融政策を決める際に正式な投票を行うこと、総裁が政策変更の考えについて事前に言及することを禁じる規定を設けること、等であると見られる。前ドラギ総裁が、退任直前の昨年9月の理事会で、一部のメンバーの反対を押し切って、政策金利引下げ、資産買入れ再開などの緩和策のパッケージを決めたことを受けて、総裁の権限を低下させる狙いから、ドイツ、オランダ、オーストリアなどの中央銀行がこうした主張をしている。

ラガルド総裁は以前に、「私は独裁的なトップではない。すべての総裁に意見を表明し共有する時間と場所が与えられているが、最終的には声明を取りまとめ、金融政策に関する決定事項を発表しなければならない」と述べており、情報発信の見直しに理解を示している。

こうした議論は、「ドラギ体制からの脱却」とも表現できるのではないか。ドラギ前総裁は、金融危機対応などで手腕を発揮する一方、物価目標の達成には失敗した。この点が、第1のテーマの問題意識を高めている。まさに、ドラギ体制からの脱却こそが、政策再評価の大きな狙いなのである。


中央銀行が気候変動問題にどう対応するかという重いテーマ

第3のテーマは、気候問題などへの対応である。ラガルド総裁は、気候変動への対策、企業のESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みに、ECBが関与することに前向きだ。理事会後の記者会見でラガルド総裁は、「気候変動が金融安定への脅威になるという国際決済銀行(BIS)の報告に反論することは容易ではないだろう。さらに多くの場合、こうした脅威やリスクは評価されたことも検討されたこともほとんどない。(気候変動を巡る)BISの行動や提案、英中銀のカーニー総裁ら中銀が提言した行動は正当だ」(ロイター通信による)と発言している。

ラガルド総裁は、それ以前にも、「何もしないこともリスクになる。挑戦を怠るということは失敗と同じだ」と語り、またECBが買い取りを行う債券の発行体がESGの規則に合致しているがどうかをECBが判断する可能性もあると指摘した。

他方で、気候変動を政策に取り入れた場合、物価目標の安定といった中銀の責務が損なわれ、また、政府による問題への取り組み意識が薄れる恐れがある、といった問題点も併せて指摘している。

ドイツなどでは、気候変動対策は政府の役割であり、中銀が積極的に関与すべきでないとの声が根強い。ドイツ出身のECB理事シュナーベル氏は、「物価を押し上げる狙いで導入した資産買い入れプラグラムを気候変動対策の資金調達として利用した場合、仮に今後計画を停止したい場合、手立てがなくなる可能性がある。ECBが資産買い入れプラグラムでグリーン債を優遇したら問題だと思う」と語り、また、融資の受け入れ担保や銀行のリスク評価の基準においてもグリーン資産を優遇すべきでないとし、優遇措置を講じた場合は金融システムが不安定になるとしている。

筆者も気候問題への対応や企業のESG対応は政府の役割であり、中央銀行が金融政策を用いてそれに関与するのは、中央銀行の責務を不明確にさせ、弊害が大きいと考えている。

ECBの政策再評価の中で中核のとなる上記3つのテーマのうち、第3のテーマが最も重いものであろう。これに関するECB内での今後の議論は、中央銀行の機能、守備範囲、あるいはそれが時代と共に変化しうるかなど、極めて重要な問題を、世界に投げかけることになろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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