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スウェーデンのe-クローナはいつ発行されるのか(2)

2020年01月15日

金融包摂という視点

当コラムで既に見たように(「スウェーデンのe-クローナはいつ発行されるのか(1)」、2020年1月14日)、スウェーデンでは、若い世代だけではなく幅広い世代の人々がキャッシュレスで支払いを済ませるようになっている。しかし、それでも現金を使い続ける人々は存在する。銀行に口座を持たない人や、クレジットカードやスマートフォン決済を使うことに不安や抵抗を感じる高齢者などである。銀行では現金を扱う支店の数が減るばかりでなく、支店の数そのものが減り、さらにATMの数まで減少することで、そうした人々は現金を手に入れるのが難しくなっている。

こうした人々を救済することが、リクスバンク(スウェーデンの中央銀行)がe-クローナの発行を検討する大きなきっかけだ。つまり、e-クローナ発行の目的には、すべての人が金融サービスを受けることができるようにする金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の促進がある。

そのため、e-クローナの基本方針としては、銀行口座を持たない人も利用できる設計、高齢者がスウィッシュ(銀行が提供するスマートフォン決済サービス)よりも容易に利用できるスマートフォン決済の設計、現金を急激に減少させずに現金と共存できる仕組み、などが重視されているものと推察される。


決済システムの安定性、信頼性

こうした金融包摂という視点に加えて、決済システムの安定性、信頼性を確保するという観点も、リクスバンクがe-クローナの発行を検討するきっかけとなっている。

クレジットカード決済、デビッドカード決済、スウィッシュなどモバイル決済は、民間事業者によって担われている。そしてそれらは、銀行預金によって最終的に決済されるのである。表示は法定通貨のクローナ建てであっても、銀行預金は民間銀行が供給するマネーである。それらの決済手段が、リクスバンクが発行するマネーである現金による決済を代替し、現金を減少させていく場合、リクスバンクが発行するマネーは民間銀行に供給する中銀当座預金だけになってしまう。

このように、民間の決済手段の利用が拡大することで、中央銀行が発行するマネーが減少してしまうことに、リクスバンクは懸念を持っているのである。それは、政府・中央銀行の通貨主権が脅かされるという懸念でもあるのではないか。

さらに、民間が提供する決済手段は、中央銀行が提供する決済手段と比べて、安全性、信頼性の面で劣っているとリクスバンクは考えている。例えば、クレジットカードを運営する組織や銀行の経営に不安が生じれば、利用者はそれらが提供する決済手段を安心して使えなくなってしまう。中央銀行が発行するデジタル通貨であれば、そうした心配はない。

さらに、民間の決済手段は不測の事態に際して脆弱であることも考えられる。インターネットに依存するモバイル決済は、停電やシステム障害、災害、あるいは戦争が起きた場合に対する備えが十分とは言えず、そのような状況になれば大きな混乱状態に陥る可能性がある。

ちなみに、不測の事態への対策に責任を負う民生緊急事態庁は2018年に、万が一の事態に備えていくらかの現金を手元に用意しておくべきという勧告を国民に発した。

リクスバンクも、現金の利用は引き続き必要であると考えており、仮にe-クローナを発行しても、現金に完全に取って代わるとの考えはない。


民間決済の代替手段との発想

他国では、フェイスブックが主導するリブラなど、民間のデジタル通貨の利用拡大を阻む目的で、中央銀行が中銀デジタル通貨の発行を検討している。

スウェーデンでも、民間が提供するキャッシュレスの決済手段の問題を軽減するという観点からe-クローナの発行が検討されていることは確かではあるが、民間の決済手段の利用拡大を阻むことは意図されていないようだ。既にみたように、キャッシュレス決済をしない人が、現金での支払いに支障が生じている事態を緩和する目的、あるいは不測の事態の際にも安全に決済ができる環境を整える観点から、e-クローナの発行が検討されているのである。リクスバンクは、民間のキャッシュレス決済と現金決済の代替手段の一つとしてe-クローナの発行を検討しているのであろう。

さらにリクスバンクは、e-クローナは中央銀行が関与する形であれば、民間組織によって発行されても良いと考えている。その場合の条件として、その民間組織が発行するe-クローナの支払い準備を100%、中銀当座預金で持つことを義務付けることだという。それは、中央銀行の高い信用力を民間の発行・運営組織に付与することに他ならない。その場合、e-クローナは中央銀行と民間組織の双方が関与するハイブリッド型となる。


取り巻く環境は急速に変化

リクスバンクはe-クローナの詳細については未だ明らかにしていないが、国民全体がリクスバンクに口座を持ち、そこからe-クローナを取得する方式と、国民が銀行預金などからスマートフォンにe-クローナをチャージして使う方式の大きく2つの方式を検討している。

前者の場合には、法改正が必要になるという。リクスバンクはe-クローナの発行に伴う技術的な側面、法的な側面などを慎重に検討しているのである。

しかし、そのように時間をかけているうちに、中国が主要国で初めて中銀デジタル通貨の発行を実現させつつある。その場合、中国が中銀デジタル通貨の国際標準の地位を得る可能性もあるだろう。

また、リブラがスウェーデン国内で利用される場合の対応も考えなくてはならなくなった。さらに、欧州中央銀行(ECB)も2020年前半をめどに中銀デジタル通貨「デジタル・ユーロ」発行の是非を検討することになった。スウェーデンはユーロ圏に属していないが、仮にデジタル・ユーロが創設される場合、リクスバンクはe-クローナの計画を止めてデジタル・ユーロの計画に加わるのか、あるいはe-クローナを発行した上で、デジタル・ユーロを国内で受け入れるのか、そうしないのか、などといった非常に複雑な問題も生じてしまう。

このように、リクスバンクがe-クローナの発行を何年も慎重に検討を重ねている間に、外部の環境は急速に変化を遂げており、その結果、e-クローナの発行に際して検討しなければならない課題がどんどん積み重なっているのが現状だろう。

現金が急速に減少している現状に鑑みれば、リクスバンクがいずれはe-クローナの発行に踏み切る可能性は高いように思えるが、その時期に関しては依然として不透明だ。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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