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日銀の黒田総裁の記者会見-静かな「総括検証」

2019年12月20日

はじめに

日銀は、今回(12月)の金融政策決定会合で、事前の予想通りに金融政策の現状維持を決定した。また、記者会見で黒田総裁は、米中摩擦やBrexitに関する不透明性の低下にも拘らず、海外経済の下方リスクは引続き大きいとして、国内経済への影響に関して警戒感を維持した。


経済の現状評価

今回(12月)の声明文に示された経済の現状評価には大きな変更がみられなかった。つまり、輸出や生産、企業センチメントの弱さを引続き指摘した一方で、自然災害の影響にも言及した。こうした影響は時間とともに、また政府の復興策の進捗とともに減衰していくことが期待される。

加えて、12月短観の結果が示唆したように、設備投資の底堅さを前向きに評価したほか、消費を含む国内での支出が消費税率引き上げの影響を受けるものの、極めて緩和的な金融環境や政府の経済対策によって下支えされるとの見方を示した。

その一方で、冒頭に述べたように、今回(12月)の声明文は海外経済の下方リスクに対する認識も変えていない。その背景についても、保護主義や新興国の動向、ITサイクル、Brexit、地政学リスク、これらによる国際金融市場への影響など、前回(10月)と同じ要素を挙げている。

実際、一部の記者による質問への回答の中で、黒田総裁も米中貿易摩擦の第一段階の合意や英国の下院総選挙の結果が、これら二つの主要なリスク要因に関する不透明性を減殺するとの見方には同意した。それでも、これら二つの要因に関しては、無視し得ない不透明性が残存しているとして、事態を注視する必要性を強調した。

他の一部の記者は、政府の経済対策によって経済見通しが顕著に改善する可能性を質した。これに対し黒田総裁は、短期的にはGDPギャップの一層の改善、中長期的には生産性の向上に繋がるとの期待を示した。もっとも、日銀にとって詳細な内容が不明な現段階では経済への影響を具体的に示すことはできないとして、次回(1月)の展望レポートにおいてインパクトを推計する方針を示した。


政策決定

今回(12月)のMPMは、市場の予想通りに金融政策の現状維持を決定したが、この間に国内金融市場では、今後の金融政策に対する見方が大きく変化した点が注目される。

そうした変化の背景には、米中貿易摩擦やBrexitの先行きに関する不透明性の低下があることは明らかである。しかも、そうした変化は、国際金融市場における最近のリスクアピタイトの強まりと整合的であるだけでなく、日本経済にとっての下方リスクの大きな部分が海外経済にあるという事実に照らしても合理的である。

加えて、そうした見方の変化は海外中央銀行による最近の政策運営にも裏打ちされているようだ。実際、ある記者は、今回(12月)のFOMCでFRBが政策金利の現状維持に転じ、ECBも今回(12月)の政策理事会が金融緩和パッケージの維持を決めたことが、 日銀の政策運営に与える影響を質した。

黒田総裁は各中央銀行は各々異なる経済状況の下で政策を運営している点を再度説明したが、市場では為替レートを介した金融政策の連動という理解も根強いようだ。

これに対し、今回(12月)の声明文と黒田総裁の説明の双方ともに、先に見たように先行きの下方リスクに対する警戒感を維持した訳である。MPMとしては、市場で早い段階から政策変更の思惑が生ずることは避けたいはずである。なぜなら、景気や物価の緩やかな上昇という前向きな見通しは、非常に緩和的な金融環境の維持が重要な前提条件だからである。

しかも、政府の経済対策によってGDPギャップがプラス方向にさらに拡大したとしても、インフレ率は依然として目標から遠いところにあるであろう。実際、黒田総裁は、今回(12月)の記者会見でも、インフレ目標の達成に向けて金融緩和を粘り強く続ける方針を再三確認した。


金融政策の枠組み

上記のようなMPMと市場とのコミュニケーションからは、いくつかの課題が浮かび上がる。

第一にフォワードガイダンスの運営である。前回(10月)のMPMで強化されたフォワードガイダンスには、本来は、金融政策の正常化に向けた早すぎる思惑が市場で生ずるのを抑制することが期待されているはずである。そうした効果が不十分であれば、運営を含めて見直すことが必要になるかもしれない。

第二に長期金利の急速な上昇が持つ意味合いである。黒田総裁は今回(12月)の記者会見で、国際金融市場におけるセンチメントの改善を理由として示唆した一方、個人的な見解としつつも、超長期ゾーンの金利水準はなお低すぎるとの見方も示唆した。

しかも黒田総裁は、9月のインタビュー以降、長期金利が過度に低いことによる家計のマインドへの副作用を度々指摘してきたほか、日銀の執行部は超長期ゾーンの国債買入れを顕著に縮小してきた訳である。こうした点を踏まえると、最近の長期金利の上昇には日銀の政策意図も少なからず寄与したとの理解も成り立つ。

第三にはマイナス金利の副作用である。今回(12月)の質疑応答では再び焦点となり、数名の記者が、大手銀行による預金口座の維持手数料の導入や、地方銀行における収益状況の一段の悪化に言及しつつ、この問題を再提起した。

黒田総裁は、前者については決済サービスの高度化や頑健性の強化に向けてコストが増加しているだけに、銀行がサービス提供に対して適切な手数料を要求することは、一般論としては合理的との見方を示した。後者に関しても、貸出の動向から見て、金融仲介機能は健全に維持されているとの理解を確認した。その上で、マイナス金利政策は政策パッケージ全体の中で効果とコストを比較すべきとした。

2020年の日本経済が、政府の経済対策の効果もあって、日銀の相応に前向きな見通しに沿って進むとすれば、金融政策の大きな変更は上下双方ともに不要となろう。その意味で来年は、次の局面に備えた政策手段やその運用に関するファインチューニングを進めておくのに適したチャンスとなる可能性がある。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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