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部分合意で米中対立の焦点は貿易から人権問題へ

2019年12月16日

追加関税率の一部引き下げで米国は譲歩

米中両政府は12月13日、貿易協議で第1段階の合意、いわゆる部分合意に達したことを明らかにした。2020年1月第1週の署名を目指しているという。

合意には、米国が中国に課した追加関税率を一部引き下げる措置も含まれる。合意によって貿易などを巡る米中間の対立が解消に向かうとは考えられないが、2018年以来の両国間の激しい貿易摩擦はここで局面転換を迎え、一種の休戦状態に入ることになるだろう。それは、世界経済及び金融市場の安定にとってプラス要因であることは間違いない。年末に向けて、金融市場の楽観論を一段と後押しするものとなろう。

合意内容の詳細は明らかにされていないが、中国政府の発表によると、合意文書は知的財産権、技術移転、食品・農産物、金融サービス、為替レート、貿易の拡大など9項目から構成される。その中で最も重要なのは、農産物の輸入拡大であり、米政府によると中国政府は、米国からの農産物の輸入額を年400億ドルに増やすことに合意したという。これは、米中間での貿易摩擦が激化する前の2017年の240億ドルの2倍近い水準だ。また、米国からの輸入全体を中国は2年間で2,000億ドル増加することに合意したという。ただし、中国政府は具体的な数値を示しておらず、両国間に認識の相違が残されている可能性がある。

米国政府は、対中追加関税第1弾から第3弾での合計2,500億ドル相当の輸入品に対する25%の関税率は据え置く。他方で、12月15日に予定されていた第4弾の一部であるスマートフォンなど1,600億ドル相当分への15%の追加関税率適用を見送るほか、同じ第4弾で既に追加関税率を適用しているスマートウォッチなど、1,200億ドル分の税率については現行15%を7.5%に引き下げる。制裁措置の緩和は、米中貿易摩擦が激化した2018年7月以来では初めてのことだ。実際の引き下げは、第1段階の合意の署名から30日後だという。

新たな追加関税の適用見送りは想定されたことだが、既存の追加関税率の引き下げはやや意外であり、中国政府の要求を一部受け入れ、米国政府側が譲歩したとの印象がある。


選挙に向け政治的成果をアピールしたいトランプ政権

最後まで部分合意を阻んでいたのは、中国政府が米国側に過去の追加関税すべての撤廃を求める一方、米国政府が実現不可能な規模での農産物の輸入拡大を中国側に求めていたことにあったとみられる。ただし、米国政府が過去の追加関税をすべて撤廃することはそもそも考えにくいことから、米国に一部の税率引き下げを受け入れさせただけでも、中国政府にとっては大きな成果である。

中国政府は米中貿易摩擦が生じた当初から、米国からの農産物の輸入拡大を受け入れる方針を表明しており、この点から新たな大幅譲歩とは必ずしも言えないだろう。

今回の部分合意は、自国経済への悪影響を懸念する中国政府と、同じく自国経済への悪影響、そして来年の大統領選挙を睨んで農産物の輸出拡大という成果を農家にアピールしたいトランプ政権との間の利害の一致によって、実現したものだ。米国の対中追加関税第4弾では、対象となる輸入品に消費財の比率が高いことから、米国の消費者からの批判をかわすという国内事情もあって、トランプ政権は追加関税適用の見送りと、既に実施した追加関税の関税率引き下げを決めたという側面もあるだろう。

政治生命がかっているという分だけ、トランプ大統領の方が合意成立により前向きだったのではないか。


第2段階の合意に向けた協議は進まない

トランプ大統領は、「第2段階の協議は、大統領選挙を待たずにすぐに始める」と説明した。しかし、実際には、大統領選挙の前に第2段階の協議が本格化する可能性は比較的低いのではないか。

協議を本格化すれば再び対立は避けられず、その場合トランプ大統領にとっては、第1弾の合意という政治成果を台無しにしてしまう可能性がある。

米中協議を通じて、トランプ政権にとって最大の狙いは、中国の「国家資本主義」の変革だった。国有企業、巨額の産業補助金などに代表される中国の「国家資本主義」は、米国の経済、産業、技術、安全保障上の優位を揺るがせかねない脅威、と考えられている。しかし、「国家資本主義」の変革は政治体制の変革にもつながり、指導者層がその地位を失うきっかけとなる可能性もあることから、中国政府としては、それは決して受け入れられない。

トランプ政権が国有企業、巨額の産業補助金などの改革を含む全面的な米中協議の完全合意を断念し、今回部分合意を目指したのは、「国家資本主義」の修正を巡る中国政府の抵抗が非常に強いことを、協議を通じて理解したからに他ならない。

他方、中国政府は、大統領選挙でのトランプ大統領の敗北を期待して、今後は貿易分野でのさらなる譲歩を見合わせ、時間稼ぎをするだろう。その結果、大統領選挙までは、米中間で第2段階の合意に向けた協議は進まない可能性が高いのである。

しかし、米国議会には党派を超えて強い反中論がある。この点でトランプ政権は、対中政策で「パンドラの箱」を開けてしまったのではないか。米議会は現在、香港での民主化デモへの対応やウイグル人弾圧問題などで中国政府を強く批判している。米中対立は、その比重を貿易分野から人権分野に移している感がある。

この人権分野で中国政府と米国議会との対立が一層激化すれば、トランプ政権が再び貿易面での対中制裁強化の実施を余儀なくされ、第2段階の合意どころか、大統領選挙を前に貿易摩擦が再び激化してしまう可能性もある。それは、トランプ大統領にとっては、選挙戦略を狂わせてしまう大きなリスクであろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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