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物価安定のモメンタムとは一体何か

2019年10月31日

記者会見では追加緩和に向けた緊迫感が後退

政策金利のフォワードガイダンス(政策方針)変更を決めた10月31日の金融政策決定会合後に、黒田総裁は記者会見に臨んだ。

過去2回の記者会見で総裁は、円高牽制を狙って追加緩和に前のめりな姿勢を敢えて演出していた。しかし今回の記者会見では、今回追加緩和を実施しなかったことの説明、いわば防戦に終始した。その結果、追加緩和実施に向けた緊迫感が、前回までと比べてかなり後退した感がある。今の経済・金融環境の下では、12月の次回会合でも追加緩和は見送られそうだ。

今回、「物価安定のモメンタムが損なわれる惧れが高まったとは判断しなかった」ことの説明の中で、個人消費、設備投資、公共投資といった内需の安定を総裁は強調していた。海外経済情勢については引き続き警戒的な判断を示したものの、前回会合までは経済・物価の下方リスクをことさら強調していたことと比べて、説明の連続性、一貫性にやや問題を感じた。

他方、政策金利のフォワードガイダンス(政策方針)変更の背景についての説明は、若干印象的だった。「来年春頃」といった比較的近い将来に政策金利が引上げられる環境ではない、との判断が変更の理由の一つだという。

さらに、従来のフォワードガイダンスに問題があるから変更した、という説明はやや驚いた。従来のフォワードガイダンスは、カレンダーベースと呼ばれる時間軸に基づくものであった。これに対して新たに示されたフォワードガイダンスは経済条件に結び付いたものだ。

しかし、今回、フォワードガイダンスから時間軸が取り除かれた最大の理由は、フォワードガイダンスの重点を、政策金利の引き上げ時期から政策金利の引き下げに移したことにあるのではないか。政策金利の引き下げの時期を示すことは困難であるためだ。


追加緩和をしないことの言い訳として導入

今回の決定会合で日本銀行は、「『物価安定の目標』に向けたモメンタムの評価」と題する資料を公表した。それを読んでもなお、モメンタムとは何なのかは良く分からないままだが、日本銀行がこうした資料を後付けで作成しなければならなくなった背景には、「モメンタム」という言葉をしっかりと定義せずに使ってきたことの付けが回ってきたことにあると思う。

日本銀行がこの言葉を使い始めたのは、2016年9月の総括的検証の発表、イールドカーブコントロールの導入の時だ。それ以前は、日本銀行が展望レポートで先行きの物価見通しを下方修正するたびに、金融市場では追加緩和観測が強まっていた。実際、物価見通しの下方修正のタイミングに合わせて、「物価目標達成に向けた日本銀行の強い意志が疑われないように」との説明で、日本銀行は2回の追加緩和策を決めていた。

しかし、物価上昇率はなかなか高まらず、他方で追加緩和措置の弊害と限界も意識されてきた。そこで、2%の物価目標の達成には時間がかかると認めたうえで、しかし、「物価安定のモメンタム」が維持されている限りは、展望レポートで物価見通しを下方修正しても追加緩和は実施する必要がない、との考えを日本銀行は新たに打ち出したのである。

日本銀行は本音では追加緩和を実施したくなく、「物価安定のモメンタム」が維持されているとの説明は、物価上昇率が思ったように高まらない場合でも追加緩和は実施しないことの言い訳、と市場では広く受け止められた。「物価安定のモメンタム」についての明確な説明は日本銀行からなされなかったが、日本銀行の意を汲んだ金融市場は、それ以上の説明を日本銀行に求めなかったのである。


モメンタムの説明は引き続き不明確

ところが、追加緩和観測がにわかに強まってくると、物価安定のモメンタムの意味について、金融市場は関心を一気に強めた。それが損なわれる惧れがあることが、追加緩和のきっかけと日本銀行が説明し始めたためである。

そこで、今まで明確に定義してこなかった「物価安定のモメンタム」について、今回、後付けで説明することを日本銀行は余儀なくされたのである。

「『物価安定の目標』に向けたモメンタムの評価」では、モメンタム自体については議論されない一方、それを評価する際の主な要因として、「マクロ的な需給ギャップ」と「中長期的な予想物価上昇率」について議論され、また厚い背景説明資料も付せられた。

問題は前者の「マクロ的な需給ギャップ」だ。需給ギャップは景気の局面、即ち循環的要因によって決まる側面が強い。他方で、物価安定の目標とは、こうした循環的要因を排除した中長期の概念なのである。つまり、日本銀行が目指す2%の物価安定目標は、景気循環を均して中長期的に物価上昇率が平均で2%程度になることを目指すものなのである。

その目標に向けたモメンタムを議論する際に、需給ギャップが改善しているからモメンタムは維持されている、あるいは需給ギャップが悪化したからモメンタムが失われた、などと評価するのは全くの誤りだ。

このように、物価安定のモメンタムを巡る日本銀行の説明は引き続き不明確なままであり、この点から市場との対話は依然混迷を続けている。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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