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消費税率引き上げ前夜、消費者行動は合理的か

2019年09月30日

駆け込み購入の動きは前回比弱め

10月1日の消費税率引き上げがいよいよ目前に迫ってきた。軽減税率の適用商品の範囲を巡る混乱、小店舗でのレジ対応の遅れなどの問題は見られるものの、前回2014年4月の税率引き上げ前と比べて駆け込み購入の動きが弱いなど、消費者側には比較的落ち着いた行動が目立っている。

前回の税率引き上げ時には、その半年程度前には自動車、住宅の駆け込み購入が顕著に見られたが、今回はほぼ生じていない。他方、数か月前からは、高級衣料品、エアコン、大型テレビ、パソコンなど高額品に駆け込み購入の動きが見られ始めている。大型テレビについては、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、パソコンについては、米マイクロソフト社の基本ソフト「ウィンドウズ7」のサポートが2020年1月に終了すること、がそれぞれ駆け込み購入の追い風となっている。

9月下旬に入ると、駆け込み購入の対象は、トイレットペーパーなど身近な日用品や軽減税率の対象とならない酒類などへと移っている。駆け込み購入の全容が分かるようになるまでなお時間がかかるが、報道記事の数から、2014年の税率引き上げ前の状況と比較してみよう。具体的には日経テレコムで「消費税」と「駆け込み」の2つのキーワードを含む記事の検索数を集計するというものだ。

2019年9月(9月1日~29日)では、記事の総数は1,334件と2014年3月(3月1日~29日)と比べて55%減、つまり半分以下となっている。これは、駆け込み購入の動きが前回よりも小さめであること、あるいは駆け込み購入への人々の関心が弱めであることを示唆しているのだろう。


駆け込み購入の弱さは消費者の合理的行動の反映か

駆け込み購入の動きが前回の税率引き上げ前よりも弱い背景については、税率の引き上げ幅が2%と小さめであること、一部の商品に軽減税率が適用される(税率が上がらない)ことに加えて、キャッシュレスのポイント還元、住宅、自動車については減税措置が導入され、それぞれ税率引き上げ前に買う方が得になるとは限らないこと、などが考えられる。

この点から、駆け込み購入の弱さは、消費者が合理的な行動をしていることの反映、という側面があると言えるだろう。

さらに、10月1日後の商品の価格に対する不確実性も、駆け込み購入を抑制している面があるのではないか。税率は2%分上昇するが、商品によっては需給関係で2%程度の価格変動は頻繁に生じるものも少なくない。税率引き上げ後の需要鈍化を受けて、増税分の2%を上回る値下げを実施する小売店が出てくるだろう。

ある商品に駆け込み購入が多く生じ、その結果、税率引き上げ後の売上が大きく減ると、企業側は増税分の2%を上回る幅での値下げを実施し、その結果、消費者は増税後により低い価格でその商品を買うことができるケースもある。そう考える消費者は、駆け込み購入を控えるだろう。ただし、そうした消費者が多ければ、駆け込み購入とその後の反動減は小さくなり、結局、大幅値引きはされなくなることも考えられる。


今回は税率引き上げ後の値引き販売は実施されやすい

税率引き上げ後の値引き販売は、前回よりも実施されやすい環境にある。前回2014年の税率引き上げ後には、増税分が確実に商品の価格に転嫁されるように政府が目を光らせた上に、「消費税還元セール」を謳った値引きを禁じた。これは、通常の安売りを禁じるものではなかったが、小売店はやや過剰に反応して、駆け込み購入の反動が生じても値下げに慎重であった。

今回も「消費税還元セール」は認められないものの、「2%値下げ」などの広告は問題ないと政府は説明しており、前回よりも税率引き上げ後の値下げが実施されやすい。その結果、消費者にとって、税率引き上げ後の商品価格の不確実性はより高まっているのである。

他方、需給要因で価格が容易に変動しない、つまり消費税率引き上げ後の価格の不確実性が小さい代表的な商品の一つが、鉄道運賃である。そのため、9月中に通勤定期の購入を急ぐ人も多い。こうした面を踏まえても、税率引き上げを前に消費者は比較的合理的な行動をしているように見える。


税率引き上げ前に割高な買い物をする消費者も

しかし一方で、そうとも言えない面も指摘できる。例えば、自動車については、環境性能が高いエコカーであれば、消費税率引き上げ後の方が安く買えるものがある一方で、スポーツカーや大排気量車などであれば、消費税率引き上げ後の方が高くなる。このように、自動車の種類によって、消費税率引き上げ前に買うのが得か、引き上げ後に買うのが得かは変わってくる。

ところが、自動車については車種に関わらず、一律、駆け込み購入は生じていないようだ。これは、減税措置が講じられる自動車については、消費税率引き上げ前に購入するのが必ずしも有利ではない、という報道などの影響を消費者が受けて購入全般を見合わせる一方、税制変更が複雑であるため、細かい車種まで消費者が合理的に損得を計算していないことの表れなのではないか。

もう一つ注目したいのが、金券ショップでの駆け込み購入の動きだ。9月29日の日本経済新聞の報道によれば、金券店で新幹線チケットが値上がりしているという。東京都内では27日時点で東京―新大阪の普通車指定席が1万3,500~1万3,620円となり、1か月前に比べ4~5%も上昇している。さらに回数券の定価は6枚つづりで8万2,140円、1枚あたりで計算すると1万3,690円とほぼ定価に近い水準だという。通常よりもむしろ割高な価格で、消費者は金券ショップで新幹線チケットを購入しているのである。


消費税率引き上げの景気への悪影響は大きくないが

金券ショップで鉄道チケットの価格が上昇しているのは、明らかに駆け込み購入の増加で需給がひっ迫しているためだ。既に見たように鉄道運賃は需給要因で変動しにくいが、金券ショップで販売される鉄道チケットはそうではない。消費税率引き上げ後には需給は一気に緩み、金券ショップでのチケットの価格は増税の影響を加味しても下がる可能性は高いのではないか。この点を理解していれば、金券ショップで鉄道チケットを割高な価格で購入する消費者はいないはずだ。実際にそうした消費者がいるのは、消費者の行動が必ずしも合理的ではないからだ。

このように、消費税率引き上げ前夜の消費者の行動は、合理性と非合理性が入り混じった状態にある。

その是非は別としても、2兆円規模の消費税対策が実施されることなどで、消費税率引き上げ後も家計の実質所得は概ね変化しない。また、駆け込み購入が総じて弱めであることから、大きな反動減が生じないはずである。その結果、消費税率引き上げが景気腰折れのきっかけになるような大きな悪影響を生じさせる可能性は低いと考えられる。

ただし、消費税率引き上げ前夜の消費者の行動にこのように非合理的な面があることを踏まえれば、消費税率引き上げ後の消費者の行動も合理的であることが保証される訳ではない。

可能性は大きくないと思われるが、こうした点から、税率引き上げ後の消費者心理が思いのほか悪化するリスクについても、一定程度配慮をしておく必要があるだろう。


Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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