1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. SNBによる9月の政策判断-Rooms for maneuv…

SNBによる9月の政策判断-Rooms for maneuver

2019年09月20日

はじめに

スイス国立銀行(SNB)は今回(9月)、政策金利の現状維持を決定した。市場には意外感も窺われるが、SNBが同時にマイナス金利政策の枠組みを修正したことは意味があり、かつ、現時点で適切な対応であったと思われる。


景気と物価の判断

本コラムの執筆時点(9月20日)では四半期報が未公表であるため、 SNBの最新の公式見解を知る手がかりは声明文に限られるが、それによれば、前回(6月)に比べて景気見通しを相応に引き下げたことが窺われる。つまり、2019年の実質GDP成長率見通しは、前回(9月)は+1.5%程度とされていたが、今回の声明文には+0.5~+1.0%に減速するとの記述がみられる。

理由は言うまでもなく海外経済の減速とされており、スイスにとっては、輸出の減少と先行きの不透明性を映じた設備投資の下押しという影響が生ずるという構図である。筆者が7月にスイスを訪問した際には、第2四半期までのデータをもとに、医薬品等の高付加価値品を中心とする輸出の底堅さへの指摘も見られたが、そうした状況には既に変調が生じたようだ。

一方で、今回(9月)の声明文は、雇用の強さが維持されている点を挙げて内需の堅調さも示唆しており、スイス経済が上記のように減速はするが緩やかな成長を続けるとの見方は維持した。また、海外経済に関しても、足許は下方リスクの方が大きいものの、その後は成長率が回復するとの見方を維持した。

このような経済成長見通しに照らすと当然ではあるが、SNBはインフレ見通しも相応に引き下げた。具体的には、今回(9月)の2019~21年のインフレ率見通しは、+0.4%→+0.2%→+0.6%となり、前回(6月)に比べて全期間で下方修正となり、その幅も0.2pp→0.5pp→0.5ppと大きなものになっている。

こうした下方修正の理由について、SNBが景気の停滞とともにスイスフランの増価を掲げている点に注意する必要があろう。つまり、スイスフランが中期的にもインフレ抑制の要因として意識されているということは、スイスフランの増価が継続するリスクを認識していることを示唆しているからである。


政策金利の維持

景気や物価に関するこうした見方を踏まえると、今回(9月)の時点で追加利下げを決定しても良いと考えることは可能であり、だからこそ、市場には事前にそうした期待が存在した訳である。

それでも現状維持を決定した理由を探る上では、まず、SNBに固有の要素を考慮する必要があろう。SNBは、物価目標の下で政策を運営している点では他の主要な中央銀行と同じであるが、為替相場の安定をその波及経路として明示的に位置づけている。

実際、SNBは足許でも為替介入を随時行っており、外貨準備をSNBが保有する枠組みであるため、その点はSNBの資産規模の推移によって(少なくとも事後的には)明らかである。その上でSNBは、今回(9月)の声明文の冒頭で、必要に応じて為替介入を続ける姿勢を明言しており、いわば、いつでも機動的に追加緩和が実施される枠組みが備わっている訳である。

トランプ政権がECBの金融緩和に対して為替誘導との批判を高めている中で、SNBの明示的な為替介入も政治的に持続可能なのかという懸念があるかもしれない。ただ、スイスの経常黒字はGDPとの対比で大きくないし、何よりも対米貿易黒字が小さいことが幸いしているように見える。言うまでもなく、スイスにとっての貿易問題はユーロ圏を中心とする対欧州である。

その意味では、ECBが金融緩和パッケージを決定したことで、スイスフランの対ユーロ相場に増価懸念が生じたことの方がSNBにとって重要であり、その意味では筆者自身もSNBによる追加利下げ-つまり、ECBに対する追随緩和-の可能性があると予想していた。それでも現状維持としたのは、SNBが内需を中心とした緩やかな成長シナリオを維持したというファンダメンタルな理由に加え、ECBによる政策決定が結果的に一方的なユーロ相場の軟化をもたらさなかったことも関係しているかもしれない。


マイナス金利政策の枠組みの修正

冒頭に見たように、SNBは今回(9月)は政策金利を現状のまま維持したが、マイナス金利政策の枠組みを変更した。具体的には、当座預金のうちで金融機関の保有分を対象に、マイナス金利の適用除外部分の大きさをこれまでの所要準備の20倍から、25倍へと拡大することを決定した(11月1日から適用)。加えて、この倍数を毎月見直すことができるようにした。

SNBの場合には、階層構造の導入を先日決定したECBと同じく、適用除外部分を各金融機関の所要準備に基づいて決めているので日銀とは枠組みが異なるが、日銀のイメージに即して言えば、「マクロバランス」を拡大したのと同じである。SNBは為替介入を断続的に実施しているので、金融機関の当座預金はその分増加し続け、従ってマイナス金利の適用額も増加していた訳であるが、今回の措置によってそうした負担は軽減することになる。

もちろん、SNBは銀行収益の下支えを主眼にこのような修正を行った訳ではない。実際、今回(9月)の声明文は、SNBがマイナス金利政策の活用(maneuver)の余地を確保するために、上記の倍率を定期的に見直す方針が明記されている。つまり、必要に応じてマイナス金利の深堀りが可能となるように、枠組みを修正したことが示唆されている。

そうした判断の背景は、世界経済の停滞の長期化とそれに伴う低金利環境の長期化の可能性の高まりであり、SNBとして金融緩和の長期に亘る継続が必要になっているとの認識が、今回(9月)の声明文に示されている。結局のところ、SNBによるマイナス金利の枠組みの修正は金融緩和の持続力や柔軟性の強化を目指したものであり、ECBによる当座預金の階層構造の導入と共通の発想である。

筆者がスイスを訪問する際に常に再認識することは、中小金融機関はともかく、大銀行に対する厳しい世論が根強い点である。 SNBがマイナス金利の枠組みを修正したことは、政策の発動余地を確保しつつ、銀行貸出を通じた政策効果の波及メカニズムへの負荷を抑制することが主眼であるが、国民や政治家からは銀行収益への過度な配慮と見える面もあろう。SNBのコミュニケーションは、対市場だけでなく、対国民の面でも配慮が必要となる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

注目ワード : マイナス金利

このページを見た人はこんなページも見ています