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日銀の黒田総裁の記者会見-New statement

2019年09月19日

はじめに

今回(9月)のMPMは金融緩和の現状維持を決定した。もっとも、声明文には新たな一節が付加され、次回(10月)の会合において、海外経済の下方リスクの高まりに伴って物価のモメンタムが損なわれるリスクを点検することが明記された。


景気と物価の判断

今回の声明文に示された景気判断は、ほとんどの部分で前回(7月)と同様である。記者会見でも黒田総裁が説明したように、国内では所得から支出への循環メカニズムが維持され、海外経済の緩やかな回復にも支えられ、経済活動は堅調との評価である。

海外経済に関するリスク要因のリストにも変更はなかったが、今回(9月)の声明文では、海外経済の下方リスクが高まりつつあり、それが国内の企業や家計のマインドに与える影響を注視すべきとの認識が明記された。

こうした認識も日経による今月初のインタビューで既に示されたので、声明文の内容としては新しいが、市場にとっては周知の内容であったといえる。もっとも、こうした動きに伴う国内物価への影響は新たな議論である。

つまり、今回の声明文には最後に一節が加えられ、物価の目標に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、MPMとして、より注意が必要な情勢になりつつあるとの判断を明記した。その上で、こうした判断を念頭に置きつつ、次回のMPMでは経済・物価動向を改めて点検する方針も明記した。

このため、今回(9月)の記者会見では、声明文にこうした一節を加えた理由や次回(10月)のMPMでの具体的な検討内容に関する質問が数多く示された。黒田総裁は、今回(9月)のMPM時点では景気や物価に対する前向きな見方を維持している点を確認した上で、海外経済の下方リスクが高まりつつあるとの認識も強調した。加えて、米国は家計に支えられて堅調である一方、ユーロ圏は減速が続き、中国は回復が遅れているとの理解を示した。

もっとも、黒田総裁も次回(10月)に行う検討の内容について具体的に言及することは避けるとともに、MPMにとって四半期ごとの経済見通しのレビューに際して、上記のような海外経済のリスクに伴う国内への影響に焦点を当てることを示唆した。


政策決定への意味合い

今回(9月)の記者会見では、さらに、声明文のこうした変更が追加緩和を意味するのかどうかを質す向きも多かった。この点は、新たな声明文の構造から見て、もっともな面がある。

前回(7月)までの声明文の場合、最後の節はMPMによる様々なコミットメントを確認する意味合いを有している。具体的には、MPMとして、いわゆるオーバーシュート・コミットメントやフォワードガイダンスを堅持することを明記するとともに、物価のモメンタムが損なわれる惧れが高まった場合には、躊躇なく追加緩和に踏み切る用意が示されている。

興味深いことに、今回追加された一節はこの直後に置かれた。従って、二つの節を通して読めば、MPMとしてはモメンタム低下の惧れが「閾値」に近づく形で高まっていると判断しており、次回(10月)の会合でこの点が確認されれば、「躊躇なく」追加緩和に踏み切ると言っているように見える訳である。

しかし、今回(9月)の記者会見で黒田総裁は、緩和予告を意味するのかという多くの記者の質問に否定的な回答を示した。つまり、次回(10月)MPMでの政策決定について具体的な言及を避けた一方、政策運営の考え方を明らかにするとの説明に止めた。また、以前のような政策の枠組みに関する「包括検証」を再度行う可能性も否定した。

その上で黒田総裁は、追加緩和を行う場合には4つのオプションないしその組み合わせになるという、従来からの考えを確認した。この点も先に見た日経のインタビューを含め、最近のコメントなどと同じ内容である。加えて黒田総裁は、これらの手段の有効性と今後の発動の余地も改めて強調した。

ただし、これらの政策手段の優先順位に関する記者の質問に対しても、黒田総裁は具体的な回答を避けるとともに、政策手段の組み合わせは実際に発動する際の景気や物価の状況に即して決まるとして、アプリオリな議論は適切でないとの見方を示した。

さらに黒田総裁は、マイナス金利の深堀りがオプションに含まれる点も力強く確認した。記者の質問に答える形で副作用の存在は認めたものの、いかなる政策決定を行う上でも効果と副作用の比較考量を行うのが当然であるとして、効果が相対的に重要と判断されれば、副作用があってもマイナス金利の深堀りに踏み切る考えを示唆した。

その一方で、黒田総裁は長期国債の利回りの顕著な低下に伴う副作用に対し、より大きな注意を払っている印象を与えた。実際、上記の日経のインタビューの際には、長期国債の利回りの過度な低下が、保険や年金の運用利回りに対する懸念を通じて、家計のマインドを毀損するリスクを指摘した訳である。

今回(9月)の記者会見でも、足許の長期国債の利回り低下が、ファンダメンタルズや海外市場からの波及といった要因に影響されている点を認めつつ、黒田総裁は、過度な利回りの低下を避けるため、国債買入れに必要な調整を続ける方針を確認した。


次回(10月)MPMへの意味合い

黒田総裁の今回(9月)の記者会見における説明内容やスタンスを踏まえると、声明文に付加された新たな一節も、次回(10月)のMPMにおける政策変更の具体的な予告ではないし、仮に追加緩和が行われたとしても、四半期ごとの景気や物価の見通しのレビューに当たっているだけに、結果的には文字通りdata-dependentな決定であったということになる。

一方で、今回(9月)に付加された声明文の一節が示唆するように、MPMによる海外経済の下方リスクへの評価は顕著に慎重になったことも事実である。従って、次回(10月)MPMの時点で、そうしたリスクが実際に減退するか、減退する見通しが立たない場合には、声明文の前節に示されたコミットメントに沿って、躊躇なく追加緩和に踏み切ることが整合的であることも事実である。

そうしたシナリオでの課題は、黒田総裁が説明したように効果と副作用の比較考量であり、この点が次回(10月)MPMまでの宿題となるように見える。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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