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リブラに対抗し中国が中銀デジタル通貨を発行へ

2019年08月30日

リブラが中国の中銀デジタル通貨発行計画を加速

主要国の中で初めて、本格的な中銀デジタル通貨の発行が、中国で実現する見通しとなってきた。中国人民銀行(中央銀行)は、既に2014年に中銀デジタル通貨の研究を始めていた。2017年には中国人民銀行デジタル通貨研究所も設立し、そこは多くのデジタル通貨技術関連の特許を出願している。

このように、中国人民銀行は以前から中銀デジタル通貨の発行に向けた準備を進めてきていたが、ここにきてその動きを加速させるきっかけとなったのは、2019年6月にフェイスブックが新デジタル通貨リブラの発行計画を発表したことだ。

リブラは、中国以外の地域でのグローバルな利用を想定した設計になっていると考えられるが、中国当局は、いずれは中国でもその利用が広がることを怖れ、いわば先手を打ってそれを打ち負かす独自の中銀デジタル通貨の発行を急いでいる可能性が考えられる。実際のところ、中国人民銀行はリブラを明らかにライバル視しており、リブラのホワイトペーパーが6月に発表された直後に、デジタル通貨の開発を加速する、と明言した。中国人民銀行の周小川前総裁は7月初旬に、「リブラは決済システムと国家通貨に対して脅威となる。そのため、中国政府は十分な準備をし、中国の元をより強い通貨にするべきである」と主張した。

また、中銀デジタル通貨の発行をきっかけに、海外でも人民元建ての決済が広がり、人民元の国際化が後押しされることを中国の当局は期待しているのではないか。

この中銀デジタル通貨が実際どのような仕組みになるかについては、未だ明らかにされていない。中国人民銀行の関係者らの断片的な発言から、それを類推するしかないのが現状だ。


中銀デジタル通貨は現金を代替することを想定

中国人民銀行の中銀デジタル通貨は、現金の機能を代替することを強く意識して設計されている模様だ。つまり、銀行預金という民間銀行が提供する決済手段を代替するものではないということだ。中銀デジタル通貨が銀行預金を大規模に代替してしまえば、銀行預金が減少し、銀行の経営に悪影響が及んでしまう。それを避ける狙いがあるのだろう。

中銀デジタル通貨が現金にとって代わっていく場合には、現金の発行・流通に伴う諸コストを節約することができるという利点がある。それは現金の製造、輸送、保管に関わるコストだ。その中にはATM(現金自動預け払い機)の設置、維持コストも含まれる。このように、キャッシュレス化を進めることによって、コストを削減し、経済の効率性を高めることができる。

さらに、長年当局の頭を悩ませている人民元紙幣の偽造への対応も、中銀デジタル通貨発行の狙いの一つだ。


銀行口座に依存しないデジタル通貨

他方、アリババ、テンセントが担う決済プラットフォームであるアリペイやウィーチャットペイなど、既に民間デジタル通貨、スマートフォン決済が広まっている中国で、中央銀行が中銀デジタル通貨を発行することでキャッシュレス化を進める必要があるのか、という疑問も出ている。

これに対して、中国人民銀行は、アリペイやウィーチャットペイの決済は最終的には銀行口座の中で決済がなされるのに対して、中国人民銀行が新たに発行する中銀デジタル通貨は、銀行口座に依存しないものになる、と両者の違いを説明している。銀行口座に依存せずに決済が完了すれば、現金に近いものとなる。まさに現金にとって代わるものを、中国人民銀行は新たに発行しようとしているのだ。

この点を、中国人民銀行決済精算司の穆長春副司長は、以下のように説明している。「一般の人々にとってみれば、基本的な決済機能については(アリペイやウィーチャットペイなど)電子決済と人民銀行のデジタル通貨との境界は相対的にあいまいだ。しかし、人民銀行がこれから投入するデジタル通貨はいくつかの機能に関して電子決済と大きな違いがある。これまで電子決済ツールにおける資金の移動は必ず従来の銀行口座を経なければ完了しなかったが、人民銀行のデジタル通貨は従来の銀行口座を離れて価値を移転させることができ、取引段階で口座への依存度が大幅に低下する。わかりやすく言えば、人民銀のデジタル通貨は現金と同じように流通が容易で、人民元の流通と国際化にとってプラスになる」。


個人は民間銀行などを通じて中銀デジタル通貨を入手する仕組み

また、穆長春氏が語ったところによると、人民銀行の中銀デジタル通貨は、「二層運営システム」を採用する。上層は中国人民銀行と民間銀行との取引、下層は民間銀行と消費者の取引となる。

つまり、民間銀行は、中央銀行に預け入れている中銀当座預金を取り崩し、それを従来通り、現金で受け取って顧客からの現金引き出しのニーズに応えるのに加えて、新たに中銀デジタル通貨で受け取ることも可能にする、ということなのだろう。そして、銀行の顧客は自身の銀行口座を取り崩して中銀デジタル通貨を受け取ることになる。まさに、個人が現金を入手するのと同じ手順で、中銀デジタル通貨を手に入れて、使うことができる。

個人は中国人民銀行から直接中銀デジタル通貨を入手するのではなく、民間組織を通じて入手することになる。その中には、中国工商銀行、中国銀行、中国農業銀行などの大手銀行、銀聯、そしてアリババ、テンセントも含まれるという。

「二層運営システム」とすることについて穆長春氏は、「中国は教育やネットの普及具合、リテラシーに差がある。格差が大きい中、中央銀行が直接国民にデジタル通貨を発行するのはリスクが大きい」と説明している。


匿名性を高めることで利用を促す狙い

さらに、アリペイやウィーチャットペイなど民間デジタル通貨とこの中銀デジタル通貨との違いに関連して、中国人民銀行は、その匿名性を中銀デジタル通貨の特長に挙げている。アリペイやウィーチャットペイで個人が店舗で商品を購入する場合、誰が、いつ、どこで、何を買ったのかといった取引履歴がアリペイやウィーチャットペイに蓄積される。そのデータを利用してアリペイやウィーチャットペイ、あるいはそれらの親会社に当たるアリババ、テンセントは利益を挙げているのが現状だ。

しかし、中国においても、個人データが利用されることに抵抗を持つ個人も少なくはない。それが、デジタル通貨の普及の妨げになっているとの認識が、中国政府、中国人民銀行にあるのではないか。中国人民銀行は、現在の銀行カードやスマートフォン決済などでは、利用者が望んでいる匿名性が十分に確保されていない、と説明している。

そこで、新たに発行する中銀デジタル通貨では、この匿名性の高さに重きが置かれた設計となっている。この点でも、誰が使ったのか記録が残らない現金を代替することが意図されているのである。

中銀デジタル通貨の匿名性がどのように確保される仕組みとなるのかは、明らかではない。中銀デジタル通貨の取引については、通常であれば取引履歴が残るが、そのデータに誰もアクセスできないような仕組みを作るのかもしれない。

あるいは、中銀デジタル通貨は口座で管理されるのではなく、個々の利用者のスマートフォンなど端末に価値が移転、蓄積されるような仕組みであるかもしれない。一般にデジタル通貨は、口座で管理されるタイプと持ち運びされるタイプとに大きく分類されるが、そのうち後者のタイプとなるのかもしれない。その場合は、電子マネーに近い存在となるだろう。個人が店舗で買い物をして、中銀デジタル通貨で支払った場合、その取引の情報は店舗に記録されるが、利用者は特定されないようにできるだろう。

匿名性を高めることで、中銀デジタル通貨の利用を拡大させることが可能となるかもしれないが、他方で、この匿名性の高さは、資金洗浄(マネーロンダリング)など犯罪の温床になってしまう、という問題点が残される。


金融政策の効果を高める狙いも

また、中国人民銀行研究局・通貨金銀局の王信局長は、「人民銀行のデジタル通貨は人民銀行の通貨決済機能を最適化し、人民銀行の金融をめぐる地位と金融政策の有効性を向上させる上でプラスになる」との見方を示している。中国銀聯の邵伏軍会長も、「人民元による法定のデジタル通貨は、金融の運営コントロールの効率を引き上げ、金融政策の手段をより豊富にすることができる」との見方を示している。

こうした発言から、中銀デジタル通貨発行の目的の一つは、金融政策の効果を高めることであることが考えられる。具体的な内容は不明であるが、可能性の一つとして考えられるのは、中銀デジタル通貨に金利を付け、これを中国人民銀行が操作することだ。

政策金利の変更を通じて民間銀行の資金調達コストに影響を与え、銀行がそれに対応して貸出金利や貸出姿勢を変化させることで、間接的に経済をコントロールする、というのが通常の金融政策だ。

中銀デジタル通貨に金利を付けて、これを変動させれば、個人の消費行動を直接的にコントロールすることが可能となり、金融政策の効果を高めることができる。例えば、中銀デジタル通貨の金利を引き下げれば、個人が中銀デジタル通貨を金融資産の一種として持ち続けるインセンティブが低下し、それを消費に使うようになる、といった具合だ。


人民元の国際化の起爆剤に

冒頭でも述べたが、中国政府、中国人民銀行は、リブラに対抗して中国の中銀デジタル通貨の発行計画を前倒ししようとしているが、中国以外の国でも、その利用拡大を視野に入れているのだろう。

この中銀デジタル通貨は人民元建てであることから、中国国内と海外との間で人民元建ての送金がなされるような場合には、迅速で低コスト、さらに中央銀行の高い信頼性が担保された新たな決済手段を提供することができるだろう。この高い利便性を背景に、人民元建ての国際決済取引が世界で広まるようになれば、それは人民元の国際化に貢献する。この点で、中国の中銀デジタル通貨を人民元の国際化の起爆剤とすることを、中国政府、中国人民銀行は考えているのかもしれない。

また、銀行システムを通じた海外送金では、米国の影響力が現在のところ非常に高いことから、それを回避するために、銀行システムではないシステムを通じて海外送金を可能にすることを、中国は狙っているのかもしれない。

いずれにしても、米中の通貨覇権争いの一角として理解できるのが、この中国での中銀デジタル通貨の発行計画なのである。

人民銀行の穆長春氏は、8月中旬のイベントで、中銀デジタル通貨の完成は間近であると述べている。中銀デジタル通貨の発行時期が近づいていることは確かであり、年内にもそれは実現するかもしれない。実際に発行されれば、主要国としては初めての中銀デジタル通貨の発行となる。

中国以外の国を視野に入れている新デジタル通貨リブラの発行計画を受けて、中国の当局が最も早くそれに対応しようとしているというのも興味深い点だ。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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