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香港から逃げ出す資金

2019年08月29日

香港ドルは対米ドル変動許容レンジ内の下限に

香港で海外への資金逃避の動きが始まった、との指摘が増えてきた。そのきっかけとなったのは、米中貿易戦争と長期化する香港のデモである。それらが、香港のカレンシーボード制、ドルペッグ制という通貨制度と、中国の一国二制度という政治制度への信頼感を同時に低下させている。

狭い変動幅で香港ドルを米ドルに連動させるドルペッグ制度は、1983年に導入されたものだが、その持続性に少なからず不安が生じている。ドルペッグ制度を維持するために、香港は独自の金融政策を放棄して、政策金利を米国の政策金利と連動させることが求められる。香港の経済情勢が米国と連動する場合には、こうした金融政策に大きな問題は生じないが、香港経済が中国本土経済の影響をより大きく受けるようになるに従って、問題が深刻化することは避けられない。

米国経済が堅調を維持し、米国の政策金利が上昇する一方で、中国本土の経済が減速し、香港経済がその悪影響を受ける局面でも、香港の当局は米国に連動させて政策金利を引上げることが求められる。これは、国内経済を犠牲にしてしまう面がある。2005年以来、1米ドル=7.75~7.85香港ドルのレンジでの変動が容認されてきたが、このような難しい局面ではレンジ内で香港ドル安が進みやすい。

米国で政策金利引き上げが進む一方、中国経済に弱さが見られ始めた2017年から2018年にかけて、香港ドルは変動レンジの上限である1ドル=7.75近辺から、下限である1ドル=7.85近辺へと水準を大きく切り下げた。現時点でも、香港ドルはその下限に近い水準にある。


通貨切り下げ観測も

足もとでは、米国での金融緩和観測から、米国での1年物銀行間金利が低下し、香港の1年物銀行間金利の水準を下回っている。そうしたなかでも、対米ドルで香港ドル安傾向となっているのは、一つには、為替介入の影響があるだろう。事実上の中央銀行にあたる香港金融管理局(HKMA)は、香港ドル安を食い止めるために、米ドル売り香港ドル買い介入を実施している。これは、市中銀行から香港ドルを吸収することになるため、資金ひっ迫傾向を生じさせ、金利を押し上げているのである。2018年4月以来、香港ドルを支えるための介入は今年3月の数回を含め数十回行われ、その総額は160億米ドルに上るという。

他方、米国と香港との間での金利差は、市場が織り込む為替リスクを反映しているという側面もある。現在のドルペッグ制度が維持できなくなり、例えば中国人民元ペッグ制度、主要通貨のバスケットにペッグする制度へ移行する、あるいはドルペッグ制度は維持されるが、許容変動レンジを切り下げるなどの観測が生じれば、香港ドルの対ドル下落リスク分だけ、米国と香港の金利差は拡大することになる。

現在のドルペッグ制度が見直されることで、香港ドルの対ドルレートが切り下がるとの観測が、香港から海外への資金逃避を促し、これが香港ドル安や香港での金利上昇を生んでいるという面もあるだろう。


国際金融センターの地位にも懸念

海外への資金逃避は、こうした通貨政策に対する不確実性とともに、デモによる香港の混乱や一国二制度の持続性に対する不安によっても促されていよう。ブルームバーグ社によると、香港では、善良な市民であることを示すカードの交付を受ける申請が、8月の最初の2週間で前年比1.5倍に増加したという。同カードは、海外渡航や海外居住を申請するのに必要な書類となる。これは、多くの香港市民が海外渡航や海外居住の可能性を意識し、その事態に備えていることの表れだろう。

同様に資金についても、香港市民は海外に逃避させ始めている可能性がある。この点は公式統計ではまだ明確に確認できないが、個人・小企業向けの国際銀行送金を主に手がける英トランスファーワイズは、抗議デモの発生以来、香港から外国に向かう資金が大幅に増えた、と指摘している。8月には、海外から香港に国際送金された金額に対して、香港から海外に送金された金額が2.6倍以上だった。香港からの送金先は、英国、米国、シンガポール、オーストラリア、ユーロ圏諸国の銀行口座が多いという(注)。

長らく、国際金融センターという香港の地位を支えてきた香港のカレンシーボード制、ドルペッグ制がそう簡単に放棄されることはないだろう。しかし、その持続性に対する不信感はより強まり、香港の政治情勢あるいは治安の悪化と相まって、さらなる資金の海外流出を招く可能性は十分に考えられるところだ。その場合、香港の金融市場は大きく混乱する事態も考えられる。香港が、世界の金融市場の動揺の火種の一つとなってきたのではないか。

また、通貨政策・制度の見直し観測とともに国際金融センターという香港の地位に対する長期的な懸念が高まる事態となれば、グローバルな金融ビジネスにも大きな影響が及ぶだろう。


(注)"Worried Hong Kong Residents Are Moving Money Out as Protests Escalate", Wall Street Journal, August 19, 2019

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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