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いつになく注目を集める財政検証

2019年08月27日

公表が大幅に後ずれした財政検証

厚生労働省は8月27日に、公的年金の将来の給付水準などを示す「財政検証」を発表した。財政検証は、100年先までの人口構成や経済情勢を仮定したうえで、公的年金の給付水準の見通しを示し、年金制度の健全性を点検するいわば健康診断だ。

この財政検証は5年に1度実施される。前回は2014年6月3日に公表されたが、今回はそれよりも3か月近くも後ずれした。これは、先行きの年金給付水準の低下見通しが7月の参院選挙に悪影響を与えることを政府が当初から警戒していたうえに、「老後に夫婦で二千万円の蓄えが必要」などとした6月の金融庁審議会の報告書によって国民の間で年金制度への不安が高まったことで、政府が早期の公表により慎重になったことが背景にあると考えられる。

こうした経緯を踏まえれば、今回の財政検証に対する国民の注目度は、いつになく高いものとなっているはずだ。とりわけ国民が関心を持つのが年金給付の将来水準である。それを判断する際に指標となるのが「所得代替率」だ。これは、現役世代の手取り収入に対する夫婦2人世帯のモデル(夫が厚生年金に加入し妻が専業主婦の世帯)の年金額の割合を示したものである。長期にわたってこの所得代替率を50%以上に保つのが政府の目標であり、5年以内に50%を下回ると見込まれる場合は、給付減額や保険料率の引き上げなど抜本的な見直しを検討することが義務づけられている。


財政検証の複雑さに課題

前回の財政検証(2014年)では、所得代替率は62.7%であった。さらに、マイナス成長が続くという低成長シナリオのもとでは、2050年代に所得代替率は30%台まで低下する見通しが示されていた。今回、足もとの2019年度の所得代替率は61.7%と一段と低下した。ただし、5年後となる2024年度の所得代替率は60%~69%と一定程度の健全性を維持する結果となった。

財政検証では、人口見通し、経済成長率見通しなどの各種前提の組み合わせによって、極めて多くのシナリオがあり、そのもとで年金収支、所得代替率の試算値が示されている。財政検証の目的が年金制度の健全性を多角的に点検することであることを踏まえると、こうしたアプローチは正しいのだろう。

しかし、将来の年金給付に強い関心を持つ国民の視点に立てば、財政検証の結果は余りにも複雑である。経済成長の前提については前回の8つから今回は6つへと簡素化されたが、それでも複雑さは残る。特に今回は、財政検証の結果に新たに注目する人が多いことを踏まえれば、そのような印象を持つ人は格段に増えるのではないか。

金融庁審議会の報告書によって国民の間で年金制度への不安が高まったことの背景には、年金制度自体に加えて、将来見通しの複雑さがあり、それが制度や政府の政策に対する不信感あるいは誤解につながっている面もあるだろう。この点から、一般国民がより理解しやすい形で財政検証を提示する工夫も今後は必要となるのではないか。


オプション試算が示す先行きの年金制度改革

ところで、財政検証は年金制度改革の起点ともなる。5年に一度のこの健康診断で年金制度の健全性を点検したうえで、健全性の維持に必要な改革を実施することになる。改革の方向性を考える上で注目されるのが、財政検証の中のオプション試算と呼ばれるものだ。これは、既存の制度を修正した場合に、年金収支等にどのような影響が生じるかを試算するものだ。この試算の前提となる制度の修正内容こそが、将来の年金制度改革の概要を先取りしたものとなっているのである。

この点から、来年の通常国会に関連法の改正案が示される年金制度改革のポイントは3つとなろう。第1は、パートら短時間労働者への厚生年金の適用拡大、第2は、在職老齢年金制度の廃止・縮小、第3は受給開始時期を繰り下げられる制度の期間拡大である。

第1は、非正規社員で厚生年金に入っていない人を制度に取り込むものだ。高齢者や主婦らだけでなく、不安定な就労環境にある就職氷河期世代のサポートも意図されている。

第2の在職老齢年金制度とは、60歳以上の人が厚生年金を受給しながら働き、賃金と年金の合計が基準額を上回ると、年金が減額されたり、支給停止されたりするというものだ。この制度が高齢者の働く意欲をそいでいる、という指摘は以前からなされてきた。

これら第1、第2は、いわば労働市場と年金制度を一体に捉えた改革である。これらが実現すれば、高齢になっても働きたい、短時間働きたいと考える人が増え、経済全体では労働供給の拡大に貢献する。同時に、そうした人の年金の受け取りが充実する。また、保険料を払う働き手が増えることで年金財政収支にも好影響が及ぶのである。こうした点から、いずれの改革も妥当なものと考えられる。


さらなる改革には国民の理解と支持が必要

他方で、第3の改革は、年金受給者の選択の幅を広げるものだ。公的年金の受給開始時期は、現在でも60~70歳の間で個人が選択できるが、これを75歳まで拡大する方向で検討される。受給時期を繰り下げれば、受給額が増える仕組みとなる。75歳まで繰り下げれば、65歳から受給を始める標準ケースと比べて年金月額が1.84倍になるという。

しかし、受給時期を75歳まで繰り下げる人がどれだけ出るかは不確実だろう。現行の選択制度の下でも、70歳で受け取る選択をする人の割合は、基礎年金で1.5%、厚生年金で1.2%程度に過ぎないという。減額と増額の割合は、平均余命まで生きた場合に受給する総額が同じ程度になるように設定されているが、「長生きできなければ、生涯の受給の総額が少なくなってしまう」といった不安から、制度利用は進んでいない模様だ。

こうしたもとで、受給時期を75歳まで繰り下げることができる制度を新たに導入しても、ほとんど利用されない可能性がある。その利用を促すためには、制度の周知を図るだけでは不十分であり、増額の割合を高める措置が必要となるだろう。

ただし、その場合には、年金財政をむしろ悪化させてしまうことになってしまう。受給時期の繰り下げ選択制度は、その利用が進めば当面の年金財政収支を一時的に改善させるものの、給付を将来に先送りするに過ぎない。政府は、65歳の年金支給開始という原則を変えないことを国民に強調する一方、この措置により当面の年金収支改善を狙っているのではないか。

しかし、年金財政の健全性を維持するためには、労働者の退職年齢の引き上げと連動させた形で、65歳の標準年金支給開始時期の後ずらしという大きな改革がいずれは必要となるのではないか。その際には、ごまかすことなく、また逃げることなく、国民にその必要性を正面から訴え、受け入れてもらう必要がある。

その時期までに、年金制度、年金政策に対する国民の信頼感をしっかりと取り戻しておくことが必要となるだろう。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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