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米国のドル売り為替介入はあり得るか

2019年08月14日

トランプ政権はドル売り為替介入を選択肢に

トランプ政権が8月5日に中国を為替操作国に認定したことは、米中貿易戦争がさらにエスカレートしたことを意味するだけでなく、トランプ政権がドル安志向を一段と強めたことを意味するだろう。その結果、中国以外の国も巻き込んだ通貨戦争のリスクが浮上し始めている。

トランプ大統領は、貿易相手国が不当に通貨を切り下げた結果、ドルが歴史的高水準にまで押し上げられ、これが米国に巨額の貿易赤字をもたらしていると信じている。そして、日・欧など中国以外の国でも、金融緩和を通じた事実上の通貨安政策が採用されている、との疑念を強めている。

今後は、日・欧などに対しても、通貨切り上げを求め、通貨安につながる金融緩和の実施を控えることを要求する可能性がある。また、トランプ大統領は、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げを通じて、他国の通貨切り下げ分を押し戻す、ドル安誘導を狙ってきた。トランプ政権はその戦略を当面維持するだろう。

それでも思う通りにドル安誘導ができない場合、トランプ政権が単独でドル安を狙った為替介入を実施する可能性も出てくるだろう。先月には、ピーター・ナバロ大統領補佐官が、ドル安介入を通じてドルを10%切り下げる提案をした。これに対して側近は強く反対し、トランプ大統領はこの案を却下した。しかしトランプ大統領は、「実施しないと言ったわけではない」と発言し、引き続き選択肢とする考えを示唆している。

1985年のプラザ合意以降のドル高修正は、米国と主要国とが協調して実施された、協調介入であった。しかし今回実施される場合には、トランプ大統領は他国が不当に通貨を切り下げたことに対する一種の報復として実施するため、米国の単独介入となるだろう。


米国では財務省とFRBが為替介入を決定

米国は、1970年代から1980年代にかけては、頻繁にドル売り・ドル買い介入の双方を実施したが、それ以降、頻度は大きく減少している。2011年の東日本大震災発生後の円急騰を受けて、G7(主要7か国)が協調介入して以降、米国による為替介入は行われていない。その際は、ドル買い介入だった。米国がドル安誘導を狙ったドル売り介入を実施する場合には、2000年に実施されたユーロ相場下支えのための日米欧協調介入以来のこととなる。

為替介入の決定と執行をどの機関が担うかは、国によって制度が異なる。日本では為替介入は財務省が決定し、日本銀行が財務省の委託で介入業務を行う。ユーロ圏では、為替介入の決定は欧州中央銀行(ECB)、実施はECBと各国中央銀行が行う。これに対して米国では、財務省とFRBの協議を通じて為替介入の決定がなされ、実施はFRB(ニューヨーク連銀)が行う。今までの実績では、米財務省とFRBが介入資金を折半して負担してきた。

米財務省の為替介入資金は、「為替安定化基金(ESF)」から賄われる。ドル買い介入の場合には、この基金で保有される外貨が利用される。また、ドル売り介入の場合には、財務省証券の形で保有されているドル資金が充てられる。

ESFで保有される米財務省証券は、2019年5月末時点で225億ドルだ。他方、ESFが保有する国際通貨基金(IMF)のSDR(特別引き出し権)の505億ドルもドル売り介入の原資になるとされる。両者合計すれば、約730億ドル、7.7兆円程度が米財務省のドル売り介入の原資となる。

仮に100億ドル規模の介入がなされ、その資金が米財務省とFRBとで折半される場合のお金の流れを確認してみよう。この場合、政府がFRBの中銀当座預金に保有する公的資金が、50億ドル分減少する。そしてFRBは100億ドル分の外貨を民間銀行から購入し、その代金100億ドルをその銀行が保有する中銀当座預金の口座に入金する。


為替介入にもトランプリスク

この一連の動きで、FRBのバランシート上では、資産側で外貨の保有が100億ドル増加し、負債側では中銀当座預金が100億ドル増加する。他方、民間銀行では、資産側の100億ドルの外貨が100億ドルの中銀当座預金に置き換えられる。その後、FRBは公開市場操作で100億ドルの資金を吸収し、中銀当座預金の水準を基に戻す操作(為替介入の不胎化)を実施する可能性がある。

介入資金は米財務省とFRBで折半されるというルールが維持される限り、米国が為替介入に用いることができる資金は、最大で、ESFの中の730億ドルの2倍、つまり1,460億ドル程度となる。為替市場の規模が5兆ドルに達することを踏まえると、これは、為替市場の需給に決定的な影響を与える規模とは言えない。

しかし、米国が単独でドル安誘導を狙ったドル売り介入を実施する場合、そのアナウンスメント効果は絶大であり、為替市場に少なくとも一時的には大きな影響を与えるだろう。

他方、それは非常にリスクの高い政策でもある。トランプ政権が単独介入を通じて力づくでドル安誘導を図る際には、ドル暴落のリスクが生じ得る。その際、米国からの資産逃避の動きが生じ、急速なドル安と共に株安傾向が強まり、世界の金融市場を大きく混乱させるリスクがあるだろう。

この点を正確に理解すれば、トランプ政権は為替介入に踏み切れない、と考えるのが常識的な判断であるかもしれない。実際、FRBもそれに強く反対することは必至だ。

しかし、そうした常識的な判断に基づく多くの見通しをことごとく覆す決定を、トランプ政権は既に多くしてきている。そのため、トランプ政権がFRBなどの強い反対を押し切って、米国のドル売り為替介入を実施することは、金融市場では決して無視できないリスクだ。

9月にはECBが金融緩和策を実施することが予想されるが、その際に、トランプ大統領は通貨安を狙った政策として強く批判するだろう。このタイミングで、米国の為替介入のリスクは、再び、金融市場で意識されるのではないか。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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