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FRBのパウエル議長の記者会見-Mid-cycle adjustment

2019年08月01日

はじめに

今回(7月)のFOMCは、政策金利の25bp引下げを決定したほか、バランスシートの縮小停止についても、当初の予定(9月末)から8月1日に繰り上げることを決定した。しかし、パウエル議長の記者会見中に米国の株価は大きく下落した。その理由も考えつつ、政策決定と記者会見の内容を検討したい。


利下げの背景

パウエル議長は、冒頭説明の中で、国内の景気は消費を中心に堅調に推移していることを確認した上で、欧州と中国を中心に海外経済が減速しているほか、貿易摩擦の不透明性が高まるなど、主として海外発のリスクが高まっている点を強調した。

また、米国内に関してもインフレ率が停滞している点に懸念を示す一方、これまでのFOMCの中で中立金利に対する見方を若干引き下げたことで、同じ政策金利の下でも政策スタンスがややタイト化したとの理解を示した。

その上で、これらの点を考慮して、国内景気の拡大をできるだけ長く維持することが、今回の利下げの理由であると説明した。

これに対して数名の記者は、国内の景気が堅調である下での利下げの妥当性を問うとともに、保険的な利下げの趣旨を確認する質問を示した。実際、今回の利下げに対しては、FOMCでもカンザスシティ連銀のジョージ総裁とボストン連銀のローゼングレン総裁の2名が、政策金利の据え置きを主張して反対票を投じた。

パウエル議長は、グローバルなサプライチェーンに関わる製造業には影響がみられるほか、貿易摩擦の不透明性が高まったために企業の設備投資が慎重化している点を指摘し、これに対して景気拡大を維持することが趣旨であると説明した。

なかでも貿易摩擦の影響についてパウエル議長は、このように広範な展開は前例が乏しいだけに対応策も「learning by doing」とならざるを得ないと指摘した上で、米国経済にとって、追加関税の直接的な影響は軽微だが、上記のような企業行動の慎重化に伴う影響は決して小さくないとの理解を示した。

また、一部の記者は、昨年12月の利上げが設備投資の抑制に繋がったという意味で不適切だったのではないかとの批判を示したが、パウエル議長は、設備投資の抑制は需要の不確実性が主因であり、金利水準の問題ではないと反論した。ただ、この点は今回の利下げには景気を支えるかという疑問との関係が微妙である。

さらに一部の記者は、トランプ大統領による金融緩和要求についてFOMCでどのような議論があったかを質したが、当然ながらパウエル議議長は、FOMCはそうした点を全く考慮せず、独立した立場で利下げを決定した点を強調した。


利下げの位置付け

こうした利下げの妥当性を巡る質疑の延長として、多くの記者が今回の利下げの位置付けを取り上げた。

今回の声明文は、今回の利下げが景気の持続的な拡大に資するとしつつも、景気見通しに対する不確実性は残存しているとも明記して、今後の対応に含みを持たせている。その上で、今後の政策金利のパスを判断する上では、いわゆるdata dependentによるという原則を確認している訳である。

パウエル議長も、当然ながらこうした線に沿った回答を行った。ただ、data dependentの理解が、記者との間で適切に共有されたか、否かには疑問も残った。なぜなら、記者の間には、data dependentの原則は、国内の景気指標が良好な下で利下げを行うことと矛盾するとの疑問が窺われたからである。FRBの考え方は、dataが意味する中長期的な意味合いを読み取ることにあるが、市場がより短期的に考えている可能性である。

その上で多くの記者は、保険的な利下げは今回で十分と考えるかどうか質した。パウエル議長は、景気拡大を維持する上で利下げを1回限りに止めるとは述べていないとした一方、米国経済はリセッションにはなく、従って、連続的な利下げプロセスに入った訳ではないと明言した。

その上でパウエル議長は、今回の利下げは景気拡大局面の途上での政策金利の調整(mid-cycle adjustment)であると指摘し、前例はあると説明した。さらに、過去には、利上げサイクルを止めて利下げした後、再び利上げサイクルに戻る場合もあったと説明した。本コラムの冒頭で述べた米国市場の反応は、おそらく、パウエル議長によるこの発言に対する面が大きかったと思われる。

国内経済が堅調である限り、FOMCも連続的な利下げは不要と考えるであろうし、それを伝えることは必要かつ適切である。ただし、声明文が当面の緩和バイアスを示唆しており、パウエル議長も保険的利下げが1回限りではない可能性を示唆しただけに、短期的には政策スタンスがわかりにくくなったことも事実である。

今回はあまり取り上げられなかったが、今回のFOMCが利下げの理由としてインフレの停滞を持ち出したことも、筆者としては気になる。なぜなら、商品価格などの影響を除いたインフレの基調が2%を安定的にクリアできないことは中期的な事象だからである。従って、この点を強調しすぎると、FRBには連続利下げが必要という推論に繋がりやすい。市場がこの点も考慮して利下げの継続を期待するのであれば、それはむしろもっともである。

もう一点、個人的に残念なのはバランスシート調整の見直しについての質問がほとんどなかったことである。唯一の質問に対して、パウエル議長は政策運営の単純化や整合性の観点から決定したとだけ回答したように、FRBとしては曖昧にしておきたい面があるかもしれない。

なぜなら、FRBがバランスシート削減を今年9月末という当初の予定より早めに終了する本質的な理由は、負債側(銀行券や当座預金)に対する需要が想定以上に強いという技術的な面にあったからである。一方で、上記のように「整合性」を理由として終了時期をさらに前倒しするという説明は、バランスシートの削減も金融政策の一環であったとの印象を与えることになる。

バランスシート運営の今回の変更は、削減の終了時期を実質的に2ヶ月前倒ししたに過ぎない点で、本質的なインパクトは小さい。それでもFRBがこうした調整を行ったことは、むしろ逆に、「量的縮小」に強く批判的であったトランプ大統領への配慮を想起させる面もある。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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