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ラガルドに多くの宿題を残して去るドラギ総裁

2019年07月26日

ドラギ総裁の景気判断に市場は戸惑いも

7月25日に開かれた欧州中央銀行(ECB)政策理事会では、追加緩和策の実施が見送られる一方、次回9月の会合での追加緩和実施が強く示唆された。それ自体は、金融市場の事前予想通りであったが、実際にはドラギ総裁が示した情報は思いのほか複雑であり、市場はそれを十分に咀嚼できていない感がある。

また、10月に退任するドラギ総裁は、退任直前に金融緩和に道筋を付けたうえで、ラガルド新総裁にバトンを渡すが、実際には多くの宿題を彼女に残す形となりそうだ。

ドラギ総裁は「(ユーロ圏経済の)見通しは特に製造業で悪くなる一方だ」として、先行きの景気情勢に厳しい見通しを示す一方、「リセッション(景気後退)の可能性はかなり低い」との判断を示しており、市場がその意味を測りかねた面がある。

これは、9月の追加緩和実施を強く示唆する一方、FRBが検討している追加緩和策と同様に予防的措置であることをアピールする狙いがあるのかもしれない。予防的緩和によってリセッションが回避できる、という見通しの表明である。仮に、本格的な景気後退入りの見通しを示せば、金融市場が大幅な金融緩和の実施を織り込んでしまい、そうした市場の期待によってECBの政策が縛られてしまうことを恐れているのかもしれない。


階層型中銀当座預金の導入では異論も

現時点では、9月の理事会においてマイナスの中銀預金金利を引き下げる措置が実施される可能性が高い。これについては理事会内でも、強いコンセンサスが得られている模様だ。しかし、それ以外の政策手段の実施についてはなお意見が分かれており、実施の有無、内容、時期について不確実性が高い状況だ。

ドラギ総裁は、中銀預金金利を引き下げる際には、金融機関の収益への悪影響を緩和する措置を同時に実施するとの考えを示した。これは、スイスと日本で採用されている、階層型中銀当座預金の導入を意味していよう。実際にこれが導入されれば、ユーロ圏内で中銀当座預金を多く保有する銀行に有利に働く。それは経営不振に陥っているドイツ銀行を含む、ドイツの銀行となるだろう。しかし、マイナス金利の影響を緩和する手段として、階層型中銀当座預金の導入が最適であるかどうかについては、理事会内ではコンセンサスが得られていないと報じられている。

また、国債買い入れの再開も追加緩和の一環として検討されているが、その場合、階層型中銀当座預金制度の導入との整合性についても、慎重に考える必要がある。階層型中銀当座預金制度では、一部にマイナス金利、それ以外にゼロあるいはプラスの金利が適用されるのだろう。その場合、日本の経験に照らしても、銀行はマイナス金利の適用を回避するために、中銀当座預金の中の超過準備を削減するインセンティブを持つ。その結果、銀行は、ECBの求めに応じて、保有する国債などの資産をECBに売却することを抑制する行動をとるだろう。それは、中銀当座預金を増やすことになるからだ。こうした点から、階層型中銀当座預金制度の導入は、資産買入れ策の再開と矛盾することにもなってしまうのである。


物価目標政策の見直しも検討

インフレ率については、ECBは中期的に2%に近いがこれを下回る水準を目標としているが、ECBは今回の声明の中で、インフレ率を中期的に「2%弱」とすることを目指すという文言を削除して、「インフレ目標のシンメトリー(対称性)にコミットする」と表明した。ECBが2%を上限とする政策を実施しているとの観測が、インフレ期待を目標値以下に下振れさせる要因になっている、との懸念が背景にあるのだろう。今後も、物価目標政策の見直しの具体策が、ECB内で議論されよう。

このように、現時点でほぼ決定的なのは、9月の次回会合で中銀預金金利を引き下げることだけだ。それ以外の、階層型中銀当座預金制度の導入、資産買入れ策再開、フォワードガイダンス見直し、インフレ目標政策の見直しについては、いずれも議論は続いており、意見の集約はできていない模様だ。退任直前のドラギ総裁がややレームダック化していることも、その一因であるかもしれない。その結果、こうした多くの選択肢の議論は、ラガルド新総裁に引き継がれることになるだろう。

ところで、米連邦準備制度理事会(FRB)の7月の利下げ、ECBの9月の利下げは既定路線であり、その実施が日本銀行の政策判断に直接影響を与えることはないだろう。ECBの先行きの政策の選択が複雑であり、不確実性が高まっていることが今回明らかになったことは、日本銀行の追加緩和措置の実施を、当面、より慎重にさせるかもしれない。日本銀行は追加緩和を温存し、来週の会合では追加緩和の実施を見送る可能性が高い。為替市場を中心に金融市場が安定を維持するもとでは、フォワードガイダンスの時間軸延長という時間稼ぎの施策も見送られるのではないか。日本銀行の追加緩和措置の可能性が浮上するのは、今年10月以降と見ておきたい。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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