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ECBのドラギ総裁の記者会見-Materialization of risks

2019年07月26日

はじめに

今回(7月)の政策理事会は、今後の利下げの可能性を声明文に明示するとともに、具体的な緩和手段や副作用の軽減策について執行部に検討を指示するなど、概ね事前の予想に沿った対応を講じた。それにも関わらず、記者会見の途中でユーロ相場や株価が反転するという興味深い反応がみられた理由も考えながら、いつものように内容を検討したい。


政策判断の背景

政策決定の内容について議論する前に、その背景について確認しておきたい。

ドラギ総裁は、冒頭説明や質疑応答の中で、労働市場は引続き堅調であり、雇用や純資産の増加を背景に個人消費は底堅いとの判断を維持した。また、企業活動についても、サービス業や建設業では拡大が続いているとの評価を維持した。従って、一部の記者から示されたリセッションのリスクについては、現時点では明確に否定した。

一方で、製造業の落ち込みには歯止めがかからず、製造業への依存度の高いドイツやイタリアで景気後退が目立つことを認めたほか、そうした影響が他国に波及しつつあることを指摘した。その上で、こうした動きは、貿易摩擦の長期化、海外経済の成長鈍化、no-deal Brexitといったリスクが顕現化しつつあることを示すものと評価した。

加えて今回(7月)の声明文は、実際のインフレ率とインフレ期待の双方が長期にわたって低位に推移していることへの警戒感を強調したほか、ドラギ総裁は、政策理事会がそうした状態は望ましくない("we don’t like it")との判断で一致したことを強調した。

なお、前回(6月)の政策理事会の議事要旨や、6月のSintraでのドラギ総裁の講演と同じく、今回の声明文もインフレ目標に対して上下対称に対応する姿勢を強調したため、ECBが現在の目標(2%未満で2%に近いインフレ率)を変えたのかどうかを問う質問が多くの記者から示された。

これに対しドラギ総裁は、インフレ目標を変えたわけではないとしつつも、インフレ率が目標を上回る場合と下回る場合とで、同程度の決意を持って目標達成に努めることを意味すると説明した。あくまで印象論であるが、ドラギ総裁自身は、インフレ期待をアンカーさせる目的で、インフレ率のオーバーシュートを活用したいと考えているようだが、現時点では政策理事会のコンセンサスが成立していないように見える。


政策判断の内容

今回(7月)の政策理事会が具体的に決定したのは、従来から声明文に示されているフォワードガイダンスの修正である。つまり、 2020年の前半までは「現状の」政策金利を維持するという従来の内容を、「現状またはより低い」政策金利を維持することに置き換えた訳である。

その上で声明文には執行部への「検討指示」が明記されているほか、ドラギ総裁が記者会見の中で、次回(9月)の政策理事会で具体的な内容を決定すると再三言及したことで、9月に追加緩和が行われるとのECBの方針が印象付けられた。

この点に関しては、市場の一部にも議論があったように、なぜ9月まで待つのかという質問が記者から示された。これに対してドラギ総裁は、ユーロ圏の景気鈍化が急に顕在化しただけに、次回(9月)の政策理事会で景気や物価の見通しをreviewした上で、また、執行部に対する「検討指示」の結果を踏まえた上で、金融緩和の内容を決定するのが適切との考え方を説明した。

なお、この「検討指示」について、声明文は金融緩和のオプションを検討するよう求めるものであるとし、①フォワードガイダンスの強化、②当座預金に対するマイナス金利のtieringのような副作用の抑制策、③新たな資産買入れの規模や構成、をポイントとして例示している。

これに対し複数の記者は、今回(7月)の政策理事会で緩和手段の選択や優先度について議論があったかどうかを質したが、 ドラギ総裁は否定し、今回は景気や物価の見通しをアップデートした上で、インフレ率やインフレ期待が長期にわたって低水準で推移するのは望ましくなく、何らかの対応が求められることと、従って政策オプションについて執行部に「検討指示」を行うべきことまでしか議論していないと説明した。

一方でドラギ総裁は、reversal rateのリスクに言及しつつマイナス金利政策の深堀りに懸念を示す複数の記者に対し、Sintraでの講演と同じく、副作用の抑制策と一体であれば、利下げの余地は残っているとの理解を確認した。資産買入れについても、主要国の国債のような優良資産は市場で枯渇しているとして発動余地に懐疑的な複数の記者に対して、前回の条件を適切に見直すことで余地は十分確保しうるとの考えを強調した。

なお、後者の点に関しては、一部の記者がこれまで買入れたことのない資産も対象になりうるかどうか質したのに対し、ドラギ総裁は、そうした可能性も排除しないとしつつも。まずは過去に経験のある資産の買入れを優先する考えも示唆した。


政策効果の波及

レーン理事は、総合インフレ率の足元での減速については、原油やサービスの価格の軟化(後者はイースターの期ズレも関連)といった一時的要因によるとしつつも、今後については慎重さを示した。加えてインフレ期待についても、サーベイベースは安定を維持しているものの、市場ベースは先にみたように明確に低下していることに懸念を示した。

政策理事会メンバーもこうした評価に概ね合意し、賃金上昇率は着実に高まっているのに物価に波及しにくいことについては、需要が強くない中での価格への転嫁が容易でないことや、企業部門が全体として豊富なキャッシュを抱えているだけに、ある程度まではマージンの圧縮を吸収しうることなどを指摘した。

一方で、市場ベースのインフレ期待の低下については、かねてからサーベイベースとの乖離が生じたことに言及したほか、他の指標との整合性にも問題がある点を指摘しつつも、今後も注視を続けるべきとの指摘がなされた。


政策判断

今回(7月)の会見で興味深かったのは、少なからぬ記者が金融緩和の波及効果に懐疑的な見方を示した点である。記者の間からは、金利を下げても支出行動が積極化しないリスクが指摘されたほか、トランプ大統領が再三にわたって「ユーロ安政策」を批判しているに言及しつつ、為替市場を通じた効果にも懸念が示された。

これに対しドラギ総裁は、金利が低下すれば企業や家計の建設ニーズは高まると回答したが、これがむしろ設備投資への効果に懐疑的であるような印象を与えた面もある。また、為替市場に関しても、金融緩和は物価目標の達成を目指して発動するものであり、競争的な切り下げに与しないというG20の合意を遵守すると回答したが、インフレ率を押し上げる意味でもユーロ安が望ましいことは否定できない事実である。

ドラギ総裁が別な質問への回答で強調したように、達成が難しいという理由で中央銀行が物価安定の目標を免除されることにはならないとしても、記者の間には、長期にわたって金融緩和を続けた後の金融緩和がdiminishing returnに直面するのではないかという漠然とした不安が存在するようだ。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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