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ECBの6月政策理事会のAccount-Moving a goalpost

2019年07月12日

はじめに

ECBの6月政策理事会では、当然ではあるが、景気の展望に関してはFOMCと同様なポイントに焦点が当たっていた。その一方で、今後の政策運営に関しては従来よりも踏み込んだ内容の議論がなされたようだ。


金融市場の評価

景気や物価に関する議論に入る前に、金融市場の評価についていくつか興味深い議論に触れておきたい。

第一にクーレ理事は、この間の金融市場の不安定化について、一時的なFlight to Qualityというより、今後の景気や金融政策に対する見方の変化を映じたものとの理解を示し、その理由として、①イタリアを除く域内主要国の国債とドイツ国債との利回り格差が縮小した、②5年先スタートの5年物フォワード金利が顕著に低下した、③OISの利回りも顕著に低下した、といった点を挙げた。

第二に政策理事会メンバーからは、域内経済のファンダメンタルズの堅調さに比べて、金融市場の不安定性が顕著であることを確認した上で、市場関係者が、グローバル経済の不透明性が短期間には終わらないことを徐々に織り込み始めている可能性が指摘された。


景気の評価

今回が初登板となったレーン理事は、第1四半期の実質GDP成長率が予想外に高かったことを認めつつも、自動車の排気規制の強化による影響が一巡したことや、フランスでの暴動が沈静化したことなどによる家計支出の一時的な加速による面が大きいとの判断を示した。

その上でレーン理事は、企業経営者の間では先行きに対する懸念が強く、特に製造業のPMIが2014年8月以来の50割れとなるなど慎重さが明確になっただけに、製造業の弱さがサービス業に波及する可能性や、生産の抑制が設備投資の抑制に波及する可能性を指摘し、全体としてリスクが下方に傾いたと評価した。

これに対して、政策理事会メンバーも概ね同意し、足元では域外国との輸出が大きなウエイトを占める主要二か国(つまりドイツとイタリア)における景気の落ち込みが相対的に顕著であるが、いずれはサプライチェーンを通じてその他の国々にも影響が拡散していくとの指摘がなされた。


物価の判断

レーン理事は、総合インフレ率の足元での減速については、原油やサービスの価格の軟化(後者はイースターの期ズレも関連)といった一時的要因によるとしつつも、今後については慎重さを示した。加えてインフレ期待についても、サーベイベースは安定を維持しているものの、市場ベースは先にみたように明確に低下していることに懸念を示した。

政策理事会メンバーもこうした評価に概ね合意し、賃金上昇率は着実に高まっているのに物価に波及しにくいことについては、需要が強くない中での価格への転嫁が容易でないことや、企業部門が全体として豊富なキャッシュを抱えているだけに、ある程度まではマージンの圧縮を吸収しうることなどを指摘した。

一方で、市場ベースのインフレ期待の低下については、かねてからサーベイベースとの乖離が生じたことに言及したほか、他の指標との整合性にも問題がある点を指摘しつつも、今後も注視を続けるべきとの指摘がなされた。


政策判断

こうした評価をもとにレーン理事は、2%目標に向けた物価の持続的な動きを維持する観点から、①フォワードガイダンスの期間延長、②保有資産の再投資の維持、③TLTROの細部の決定による実施準備、の三点からなる金融緩和策の発動を提案した。

また、今後に状況が悪化した場合にはあらゆる政策手段を動員する用意がある点を強調するとともに、具体的な政策手段として、①フォワードガイダンスの更なる期間延長、②資産買い入れの再開、③政策金利の更なる引き下げ、の三つを挙げた。

一方、前回(5月)の政策理事会での合意に基づいて実施したマイナス金利政策の副作用の分析に関しても、少なくとも現時点では政策効果の方が金融仲介に対する副作用を上回っているとの判断を示した。ただし、ECBとしては副作用の評価や対応策の必要性について、今後も監視を続けることも付言した。

政策理事会メンバーも、こうした提案や評価に概ね合意し、今回の対応を講ずることによって、必要であればすべての政策手段を動員する意思を断固として示すことが必要との主張が示された。また、今回の金融緩和については、ドラギ総裁が記者会見で説明した通り全会一致であったようだ。

その上で、フォワードガイダンスの期間延長については、漸進的なアプローチであり適当との評価を示した一方、カレンダーベースの場合には、金融市場が既に利上げ予想を後ずれさせている下では、政策効果が減殺される可能性も指摘された。これに対し、経済状況に紐付けられている場合には、景気が後退するにつれて政策金利の予想パスが低下することで、いわば自動的に金融緩和が強化される点も確認された。

マイナス金利の副作用をめぐる評価についても、政策理事会メンバーはレーン機関収益への影響は、全体としてはさほど明確でないとの理解も示された。


政策運営の枠組み

なお、政策理事会メンバーからは、政策運営の枠組み自体についても戦略的な検討が必要との意見も示された。具体的には、現在のインフレ目標(2%未満で2%に近いインフレ率)から、FRBのように上下対称な目標に移行することや、インフレ目標の達成を中期的な視点から目指すことを明記することが挙げられた。

前者はオーバーシュートの許容を意味し、インフレ期待の軟化を阻止することが趣旨と思われる。後者は他の暗黙の目標(経済成長など)とのバランスを重視したアプローチを含意し、両者は必ずしも整合的ではない。また、一部のメンバーが指摘するように、恣意的に「ゴールポスト」を移動すれば信認の喪失につながる。

それでも、政策理事会で政策運営の枠組み自体について議論が始まったことは興味深く、FRBで進行中の議論と合わせて、他の主要国の中央銀行にも無視しえない影響を与えることになろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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