1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 木内登英のGlobal Economy & Policy I…
  5. 新通貨リブラの功罪を考える

新通貨リブラの功罪を考える

2019年07月01日

リブラに当局は強い懸念

米フェイスブックは6月18日、デジタル通貨「リブラ(Libra)」についての概要、いわゆるホワイトペーパーを公表した。2020年にサービスを開始する予定だ。ジュネーブに創設するその運営組織「リブラ協会」には、現時点で27の企業・団体が参加を表明している。

これに対して、国際機関や各国の金融当局あるいは米国議会などからは、一斉に強い懸念が示された。その背景にあるのは、第1に、リブラが、現在流通している仮想通貨(暗号資産)とはけた違いに、小口決済手段としてグローバルに利用される可能性があることを、多くの人が一瞬で見抜いたことだろう。それゆえに、この新通貨が金融システムを不安定化させるリスク、金融政策の有効性を低下させるリスク、マネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪に利用されるリスク等が大きいことが認識された。

第2は、この構想を設計し、また少なくとも当面の運営をリードするのが、大規模な個人データ流出問題を引き起こし、世界中で強い批判を浴びたフェイスブックだったという点だ。

この点を考えると、リブラが現在の設計のもとで、予定通りに2020年にサービス開始できる可能性は高くはないのではないか。


既存の仮想通貨とは全く異なる存在

このリブラは、既存の仮想通貨(暗号資産)とは全く異なるものだという点を、まず理解しておく必要がある。仮想通貨(暗号資産)は投資対象としては関心を集める一方、決済手段としての利用はかなり限られている。これは、仮想通貨(暗号資産)の価格のボラティリティ(変動率)が非常に高いことによる。そして、そのボラティリティの高さは、仮想通貨(暗号資産)が本源的な価値を持っていないことに起因するところが大きいと筆者は考えている。

一方で、このリブラは、投資手段、価値貯蔵手段としては意図されておらず、もっぱら決済手段としての利用のみが意図されたマネーだ。そのため、価格の安定性に最大限配慮した設計となっているのが特徴である。

リブラの価値は、主要国の法定通貨や短期国債など安全資産のバスケットで裏付けられる。利用者は、これらの安全資産をリブラ協会に渡すことと交換で、リブラを手にすることができる。リブラ協会はこれらの安全資産を「リブラ・リザーブ」として保持する。そのため、リブラの価値は比較的安定するとともに、常に安全資産と換金することを保証されるため高い信用力が与えられる。

リブラ協会は、かつての兌換制度下の中央銀行に近い役割を果たすことになるのだろう。この点でも、リブラは既存の仮想通貨(暗号資産)とは大きく異なる存在となる。ビットコインなどは、既存の政府、中央銀行、銀行制度などを否定し、マネーを人々の手に取り戻すという思想の下に生み出されたものだ。そのため、中央管理者はいない。

しかし、リブラはリブラ協会という中央管理者を持つのである。通貨が中央銀行や民間銀行の債務であるように、リブラはリブラ協会の債務だ。他方、仮想通貨(暗号資産)は誰の債務でもなく、単に資産である。この点から、リブラは決済手段に使われる電子マネーに近いものと言えるのではないか。

さらに、リブラ協会は、リブラ・リザーブを銀行預金や国債の形で保有することから、既存の金融システムとも結びついている。既存の金融制度を否定し、そこから遊離している仮想通貨(暗号資産)とは異なるのである。


金融包摂という社会的意義を掲げるフェイスブック

フェイスブックがホワイトペーパーでことさら強調しているのは、リブラが金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の問題への対応に役立つ、という社会貢献的意義である。他方、こうした説明を、フェイスブックが自らの勢力圏拡大の意図を覆い隠すものであり、偽善的で胡散臭い、と考える向きも多いだろう。

フェイスブックは、世界中で17億人の銀行を利用できない人に、リブラは決済手段を提供できると主張する。また、貧しい人の決済コストを軽減するにも役立つとしている。

今の決済システムは、多くの人、とりわけ貧困層にとってコストが高い面があることは否定できない。世界銀行によると、新興国の出稼ぎ労働者は、本国への送金に平均6.9%の手数料を支払っているという。また、米ピュー慈善財団の2014年の報告書によると、銀行口座のない米国人はプリペイドカードの使用に毎月10~30ドルの手数料を支払っている場合があるという。


匿名性に大きな懸念

金融包摂という大義名分をかざされると、金融当局はフェイスブックの計画のすべてを批判することはできない。しかし、一方で、強く警戒しているのは、フェイスブックが白書の中で、「ブロックチェーン技術に基づく仮想通貨には『匿名性』があり利用者は身元を明かさずに利用できる」としている点だ。このもとでは、本人確認が確実になされず、リブラがマネーロンダリングなど犯罪に利用されるリスクが懸念される。

他方、フェイスブックがリブラの主な利用者として想定している低所得者に本人確認を義務付けることは、容易ではない。貧困層はパスポート、定まった住所や公共料金の請求書などで身元を証明できないことが多いためだ。そこで、本人確認を義務付ければ、リブラが主に想定している貧困層の利用者は増えず、金融包摂や格差対策というリブラの理念は失われてしまうのである。


リブラが既存の銀行預金を広範囲に代替することはない

リブラは、銀行にアクセスできない低所得者の間で、あるいは自国通貨の信認が低い新興国などで、その利用が一定程度広がる可能性は十分にあるだろう。しかし、インターネットにアクセスできない人が世界に依然多いということが、その利用を制限してしまうのではないか。世界銀行によれば、金融システムから排除された17億人のうち、実に4分の3はインターネットにアクセスできないからだ。

リブラが新たな小口決済手段として現金を代替していけば、現金発行は減少する。これは、中央銀行の利子収入(シニョレッジ)を減少させ、その業務に支障をきたす可能性がある。また、リブラが銀行預金も代替していけば、銀行預金の減少が銀行の貸出抑制に繋がり、経済活動に悪影響が及ぶ、あるいは銀行制度を通じた伝統的な金融政策の効果を低下させてしまう可能性があるかもしれない。ただし、リブラの発行はリブラ協会が保有する銀行預金の増加をもたらすことから、実際に生じるのは世界の銀行預金総量の減少ではなく、銀行預金が特定国、特定銀行に偏るという偏在の問題であるかもしれない。

しかし、世界の人々が、低いコストの決済手段も提供している現金や銀行預金を通じた決済すべてを、一気にリブラに切り替えることは考えにくい。また、中央銀行が発行する現金と同様に、リブラの保有者に利子は支払われないことから、利子が付く銀行預金の大半をリブラに置き換えるインセンティブを人々が持つことはないだろう。

さらに、当局によって現在のリブラの設計も今後大きく見直される可能性が十分にある点を踏まえると、リブラが金融政策の有効性や金融制度に大きな影響を与え、金融リスクを大きく高めてしまうと考えるのは、悲観的過ぎるのではないか。

それよりも、金融包摂という問題を改めて世界に投げかけた、という点において、リブラ計画は最も評価されるべきかもしれない。

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

この執筆者の他の記事

木内登英の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています